第22話 祟り? その二
危険なんだけれど下見でちょっと探りを入れてみた。
俺は、敷地に面した公道に居て、問題の家の敷地から30mほど離れているはずなのに、いきなり霊とご対面だよ。
但し、まぁ、左程、怖くは無いね。
20歳前後の妙齢のお嬢さん風だが、血だらけの白いドレスを着ていて、とにかくものすごい怒気を発しているな。
俺に向かっていきなり怒鳴ったぜ。
怒鳴るって言っても声じゃないぜ。
でも思念の声がデカいんだ。
『あなた、私が見えるのでしょう。
見えるんだったら何とかしなさいよ。
私、死んだのよね。
それなのになんで、意識があるの?
誰に話しかけても知らん振りをするし。
私が良くわからない力をふるうと、倒れちゃうし。
パパやママは、一緒に居たはずなのにいつの間にかいなくなっちゃうんだもの。
独りぼっちは嫌よ。
私はどうすればいいのよぉ。』
『あのね、僕も良くは分からないけれど、お迎えみたいなものは来なかったかなぁ。
普通に亡くなると多分あの世に行くんだろうね。
僕は見たことが無いからあの世があるかどうかもわからない。
でも今君が居るところは、現世とあの世の狭間みたいなところなんだ。
あんまりそこに長居するのはお勧めできないけれど、ひょっとして君が塩崎紀子さんなら、もう六年以上も前に亡くなっているはずだよね。』
『私はあんたを知らないけれど、誰なの?』
「僕は、明石大吾、探偵さ。
たまたま様子を見に来たら君と鉢合わせなんだけれど、君ってお屋敷から遠くへも離れられるの?』
『大吾さんね。
私も良くは知らないのだけれど・・・。
死んで暫くは、私の部屋から出られなかった。
パパとママが消える前に私のところに会いに来てから、少し部屋の外に出られるようになった。
その範囲が徐々に増えて、今では私の部屋から半径40m前後の範囲ならば動けるわ。
たまたま変な感じがしてこっちに来たら貴方が居た。
おまけにしっかりと私に目を合わせて来たから・・・。
ねぇ、貴方なら私を何とかできないの?
よくわからないこの状態で中途半端なままじゃ嫌なのよ。』
『うん、君の言うことはよくわかるけれどねぇ。
以前、除霊師が来なかった?』
『除霊師って、もしかしたら妙な白い和服を着たお婆さん?
よくわからないけれど、呪文を唱えて何かを発動したら、その何かが私に向かってきたから、無意識の内にそれを跳ね返したら、そのお婆さん気を失っていたわね。』
『僕も良くわからないけれど、そいつが除霊のための力だったんだろう。
でも君が跳ね返したから、そのお婆さんは病気になって死んだみたいだ。』
『あら。死んじゃったの?
それは気の毒だけど・・・。
私が悪いわけじゃないでしょう?
変なことしてくる方が悪いんだから・・・。』
『同じことをもう一回していない?』
『え?
ウーン、そういえば、その暫く後で、スーツを着た中年のおじさんが同じようなことをしてきたわね。
でも、何もしないうちに跳ね返していたみたいよ。
私は力も込めていないもの。』
『なるほど呪い返しのようなものなのかな?
まぁ、危害を加えられようとしたのに反撃しただけだから正当防衛の
そもそも今の君に、人の法律は適用できないけどね。』
『でも、大吾さんが何とかできないの。
その成仏させるとか・・・。』
『成仏ねぇ・・・。
生憎と俺にその力はないな。
陰陽術で言うところの調伏はしたことがあるけれど・・・。」
『なに、それ、調伏されたら、成仏できるの?』
『いや、調伏というのは言うことを聞かない霊を従属させるための方法だ。
『仮に私が大吾さんに従属したらどうなるの?』
『ウーン、君の場合に該当するかどうかはわからないけれど、もしかすると僕の蔵の中に入れるかもしれない。
そうなれば、僕と一緒に色々なところに行くことができるかな?』
『蔵って何?
私そんなところに閉じ込められちゃうの?』
『いや、別に閉じ込めちゃうわけじゃないんだけれど・・・。
ヨーロッパに言った時にね。
あっちの色んな霊が僕についてきて、そいつらが蔵の中にいるみたい。
僕は「蔵」って言っているけれど、彼らに言わせると特殊な空間みたいでね。
居心地が良いんだって。
目には見えない亜空間のようなものなのかもしれないね。
結構な数の霊魂や霊魂まがいのものが入っているけれど、競合しているわけじゃないみたいだね。
呼べば出て来るのもいるけれど、大概代償を求められるからあまり呼び出しはしていない。』
『ふーん、大概ということは代償を求めないのもいるということ?』
『ああ。いるよ。
代償を求められない分、呼び寄せやすいよね。』
『じゃぁ、あたしもそれにしてよ。
というより、自由に出てくることもできるの?』
『あぁ、まぁ、代償を求めない奴は、割合自由に出歩いているね。
但し、そう言った奴らは現世に生きている人たちに迷惑をかけない奴だね。』
『私も迷惑をかけないから、お願い。
その中に入れてよ。
ダメだったら、出て行けるんでしょう?』
『あぁ、まぁ、そうだな。
お試しでやってダメだったら元に戻るか?
でも、あんたのお陰で近所の人が迷惑をしているみたいだぞ。
お隣りのジェームズさんところなんか家族ぐるみでホテルに避難してるだろう?』
『あ。そうなんだ。
お隣の外人さんがいなくなったのは気づいていたけれど、私の所為だったの?
だって別に何もしていないよ?』
『あのね、今の君の姿は白のドレスで血まみれなの。
霊感の強い人なら多分それが垣間見えるか、若しくは君の怒りを感じてしまうんだろうね。
だから子供さんが怖がってるし、奥さんが情緒不安定になっている。
家にお化けが出れば誰だって嫌でしょう。
アニメに出てくるような愛嬌のあるお化けならともかく、ブラッディ・マリーのような君の姿じゃ誰もが怖がるだろうね。
その恰好どうにかならないの?」
『うーん、家には着替えはあるけれど、どれも手に取れないし、私が着ることもできないの。』
『そうか・・・。
君が亡くなった時のまんまなんだね。
せめてシャワーぐらい浴びれればもう少し見映えが良くなるだろうに・・・・。』
『そんなにひどいの?
私の姿、鏡に向かっても見えないのよね。』
『あ、なるほど鏡にも映らないわけか。
ちょっと時間をくれるかな。
もしかするとウチの居候で何かできる奴が居るかもしれない。』
『うん、・・・・。
でもお願いだから早くしてよ。
私、ボッチに慣れていないから辛いんだ。
一人は嫌だよぉ。』
『わかった。
できるだけ迅速に動く。』
泣きべそをかいている塩崎紀子嬢(の霊?)を置いて、俺は一旦事務所に戻った。
ご本人が気づいていないから姿の方は放置しても構わないのだけれど、仮に彼女が俺の「蔵」に入るならば、外目も改善してあげたいよね。
オランダで拾った元テーラーのハボット君がもしかしたら霊魂の洋服なんぞ作れるかもしれない。
それと、スイスの元美容師エレーナさんがメイクをしてくれるかも。
どっちも代償は求められるけれど、左程困った要求はしてこない。
ハボットさんは針と糸、エレーナさんは化粧品を要求してくるんだ。
まぁ、どちらも特殊なものじゃなくても良いらしく、俺でも普通に購入できる代物だ。
さて、W不動産との交渉だけれど、一応向こうは50億円までの更なる損金は覚悟しているわけなんで、いっそのこと十億円程度を出して俺が購入するというのも一つの手だな。
問題は税金対策かな。
価値あるものを不当に安く貰って利すると、譲渡税が掛けられる可能性があるんだ。
例えば1億円の価値あるものをタダで貰ったとすれば、その1億円が不労所得と見做されて課税対象になるということだ。
普通はタダで貰えば税金はかからないんだけれど、それにも限度があるということだ。
俺が親戚の子にやったお小遣いは常識的な範囲なら課税対象には入らないが、仮に一千万円を小遣いとしてあげたなら、それには税金がかかるということだ。
年間で確か百万円程度が限度だった筈。
子供などは養育義務との兼ね合いで意外とその辺があいまいなところもあるんだが、これが第三者なら余計に課税対象になるだろう。
土地の公示価格で言えば七分の一か、八分の一程度なんで、この問題の家屋敷は多分20億円弱の価値があると見做されるだろう。
従って、50億円を貰って20億円で家屋敷を購入すれば、50億円の所得税だけで済むかもしれない。
そんなことに詳しい税理事務所に行って相談し、最終的に除霊ができるかどうかを試すことにした。
期限は一か月にする。
おそらくは紀子嬢を蔵に入れるのは、従属してしまえば問題は無い。
但し、そこが不満で彼女が飛び出せば元の木阿弥になりかねない。
だからその期限を一か月として、その間に支障が無ければ彼女を契約で縛ることにする。
陰陽術なのか黒魔術なのかよくわからないが、カリブ海に行った時に知り合いになったブードゥ教の呪術師から教わったもので、俺なりに修正したものだ。
これが無ければ欧州の危ない霊魂を抑えることは難しかったかもな。
いずれにせよ、W不動産の長野某さんと交渉し、1か月の猶予を貰い、その間に彼女を従属させ、ハボット君とエレーナさんに動いてもらって紀子嬢の見映えを良くしたよ。
それから一か月近くの猶予期間を置いて紀子嬢と契約、無事に除霊に成功した。
その少し前に松濤にある
50億円の除霊をしてから購入するという方法は諦めた。
除霊したなら、W不動産は少なくとも百億円以上で売り出すつもりと分かったからで、それなら10億円で俺が購入した方が良い。
W不動産としてはそれまでの損金がおよそ2億円、80億円で購入したものが10億円で売却できたので70億円のほどの損害を被ったことになる。
然しながら、周囲の土地や邸への被害を防げただけでも大きな利益になったはずである。
一応ウィン・ウィンな関係の筈だけれどどうなのかな?
長野さんは結構渋い顔をしていたけれどね。
問題が片付いたんだから良かったでしょう?
という訳で俺は広尾のマンションから引っ越して、松濤のお屋敷に移り住むことになりました。
因みに壁と車庫の一部についてはすぐにも修理したし、リフォーム業者を入れて、6年以上も放置されていた邸をフルリノベーションしたよ。
その費用が三千万円弱かかったね。
元々このお屋敷って2020年ころに新築した豪邸だったし、造りはしっかりしているから今後30年以上は大丈夫と知り合いの一級建築士が太鼓判を押してくれたよ。
邸は地下一階、地上二階の延べ床面積が650平米を超える建物で、8LDKもある大きなお屋敷だよ。
地下の車庫には四台までの車が入れられるんだぜ。
ちょっと探偵風情の小金持ちには贅沢すぎるかもしれないな。
何か広すぎて管理も大変だから、バトラーとメイドを雇わなければならないかもしれない。
あぁ因みに、この年4月からは妹が俺の家に転がり込んでいたからな。
引っ越しを面倒くさがっていたけれど、実際に現物を見せたら喜んで移転したぜ。
全く現金な奴だ。
弁護士資格を取得して、将来的に探偵を始めようと思った時には、そんな気は無かったんだが、何となく私生活が浮世離れしてきたな。
因みに塩崎紀子嬢も喜んでいる。
自分の住み慣れた家がそのままあり、部屋もきれいにしてもらったので、すっかりその部屋に居ついているね。
まぁ、一般の人には見えないようになっているんだけれど、感情が高ぶったりすると見えちゃったりするから要注意ではある。
ハボットさんに色々仕立ててもらった衣装を着てご本人はご満悦だ。
俺にくっついて、時折街なんかへも出かけるんだぜ。
生理的欲求(食欲や性欲等)は無いらしいが、知的好奇心はとても旺盛で俺の仕事にも興味を示しているようだ。
それと、同居している妹は未だ塩崎紀子嬢を認知していないな。
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