第20話 大富豪からの依頼

 事務所を開設して丸一年、二回目の五月に、初めて外国人からの依頼があったよ。

 何でも王族の宝物が盗まれたので、犯人を捕まえ、宝物を取り返してほしいという依頼だ。


 王族と言うのは某中東の産油大国の王族だ。

 宝物は、19世紀半ばから王家に伝わるアレキサンドライト(太陽光下では青緑、夜の人工照明下では赤へと色変化)の宝珠(長径14ミリの宝玉がペンダント仕様になっている)で、代々6月生まれの王子に渡されるものらしい。


 盗んだのは王宮直属武官であったハキーム・アル・ハジムと推定されているが定かではないようだ。

 王族であるマートフ王子の訪日に際して警護武官として同行、王子一行が大使公邸に宿泊中の5月8日、王子の寝室内の簡易金庫にあった宝珠が盗まれ、同日ハキームが消息を絶ったらしい


 ハキームは、今のところ日本国外には出ていない模様だが、発見が遅いと人手に渡る恐れが高い。

 仮に闇で売買されれば二度と出てこないだろうという話だ。


 因みにこのマートフ王子は6月生まれの王子で、著名な国際投資家であり、とんでもない資産を有する大富豪なんだ。

 面白いのは5月中に宝物を取り戻してくれれば、マートフ王子が所有するヨットを譲るという。


 ここで言うヨットとは普通の帆船じゃないぜ。

 いわゆる『メガヨット』と呼ばれる大型のクルーザーで、船内にプールがあったり、ヘリポートがついているようなドデカい船だ。


 以前、俺が見たネット情報では、マートフ王子の持っているメガヨットは2025年製のもので、お値段は確か300億円越えの筈だった。

 小金持ちの俺でも買えないし、仮にそいつを貰っても維持費が大変なことになる。


 で、受けるにしても報酬にヨットは困りますと言ったら、交渉に来ていた者が王子に電話をかけて確認したところ、じゃぁ、ヨットを買える金額を成功報酬にしようと言われたよ。

 うん、大富豪の金銭感覚ってどうなっているのかね。


 これ、所得といってもなぁ・・・。

 税金で半分以上は持って行かれるぜ。


 累進課税だけれど、国内での所得なら四千万円以上で45%の税に加えて、地方所得税が10%ほど掛けられるから、概ね55%が取られると思ってよいはずだ。

 仮に百億円のメガヨットとしても、手取りで45億円?


 300億円の報酬なら、概ね135億円が手に入る?

 思わずゴクリとのどがなってしまう金額だよな。


 俺の資産が一気に二倍以上に増えるかもしんない。

 但し、5月内に宝珠が戻らなければ、通常報酬のみになるという条件付きだ。


 今現在は月半ばなんだけれど、通常報酬であればどんなに頑張っても20万円前後、多くても30万円を超えることは無いだろう。

 なにこれ、一万倍近い差が出るの?


 今月中に限っている事情は、何でも来月の半ばに生まれる王家の子が居るらしく、生まれる前から、男の子が生まれるとわかっているようだ。

 6月に生まれた男の子にはこのアレキサンドライトをお守りとして渡すのが王家のならわしになっているのだとか。


 だから生まれた子に渡せなければ、宝珠のお守りとしての意味合いが無くなるんだそうだ。

 まぁ、しょうがないよね。


 その条件で受けることにして、ちょっと変わった契約書を作成しました。

 アラビア語と日本語の二つで二つの正本契約書を作成しました。


 因みに彼らの国語はアラビア語だけれど、依頼に来ていた大使館の参事官に守護霊のようなものがいていたので、その守護霊に即製教育をしてもらい、アフロ・アジア語族のセム語に属するアラビア語を教えてもらいました。

 おかげさんで参事官とは支障なく会話ができています。


 最初は、参事官さんがつたない英語で話していたんだけれどね。

 俺がアラビア語で、「お国の言葉でどうぞ」といったら、機関銃のようにしゃべりだしたよ。


 で、事情を聞いてから受けることにしたわけなんだけれど、何でマートフ王子や参事官がしがない探偵に過ぎない俺のことを知っているのかって云うと、どうもUCLAにマートフ王子の娘さんが留学しているらしく、例の父親が殺し屋に依頼してロスアンゼルス留学中の娘を誘拐して殺害した事件を解決したのが俺だということを娘さんから聞いていたようだ。

 一方、アレキサンドライト盗難事件については、一応警視庁にも盗難届を出して捜査をお願いし、ハキームの行方についての捜索手配もしてもらってはいるんだが、実は大使館や大使公邸というのは治外法権の場所だから、日本の官憲が本来自由に出入りできるところじゃないわけよ。


 だからどうしても警察自体が及び腰なんだよね。

 某国の秘密警察も動いてはいるけれど、そっちは日本国内に足場も協力者も少ないから捜査活動そのものが難しいみたい。


 で、苦肉の策として、私立探偵の俺に白羽の矢を立てたという訳よ。

 俺は、取り敢えず、某国大使公邸の中へお邪魔して、念のため保管されていた場所や寝室等を確認させてもらいました。


 そうしてそこにも居ましたよ。

 アラジンの魔法のランプに出てきそうな魔人さんが。


 ディズニーの映画で出てきたのは確か大男の青い魔人だったはずだけれど、大使公邸に居たのは、どっちかというと幼女のような精霊だな。

 彼女の名前は、マナール。


 家付きの精霊のようだ。

 彼女から聞いたら、やっぱりハキーム・アル・ハジムが金庫から宝珠を盗み出した犯人に間違いないようだ。


 生憎と彼女は大使公邸から離れられないので、ハキームの逃走先や居場所は知らないようだ。

 最後に公邸を出て行ったのは、5月9日の午前二時ころで監視カメラの無い裏口に近い塀を乗り越えていったようだ。


 そこからは俺の仕事で追跡を開始。

 大使公邸の裏口近くで情報収集。


 夜中に塀を乗り越えてくる奴は滅多にないことだから、結構、精霊や霊たちも覚えている。

 ハキームのおっさんは、道路に出ると待機していた車に乗って移動したらしい。


 そこでエレックさんに頼んで、車のナンバーから所有者の住所を割り出して追跡、北区の東十条駅近辺に来たよ。

 ここはイスラム系の人も住んでいる地区で、中でも〇キスタンの人が多いと聞いている。


 途中色々あった者の最終的に辿り着いたのは袋小路にある古いマンションだった。

 周囲で確認したが、ハキームらしき人物がマンションの中に入っていった後は、その姿が見かけられていない。


 ン、ということは消されたか?

 じゃあ、宝珠は?


 おう、あるみたいだな。

 三階の一室にあるクローゼットに押し込まれているのが分かった。


 まぁ、アレキサンドライトはダイアモンドよりも高いらしいからな。

 数カラットもあるアレキサンドライトを簡単には処分はできないんだろう。


 で、肝心のハキームの奴は?

 あ、やっぱり殺されているね。


 その辺の情報に詳しい奴(精霊)が居たので確認すると、宝珠を盗んでその足でこのアジトに来たようだが、どうやらハキームは故国の家族を人質に取られて言うことを聞かざるを得なかったようだ。

 で、宝珠を渡した途端に背後から鈍器で殴られ昏倒、風呂場に運ばれてとどめを刺され、そこで解体処分をされた。


 バラされるのは魚じゃねぇんだが、その解体シーンをしっかりと見せられちまったよ。

 グロいなんてもんじゃねぇよな。


 思念での映像転写は、時間的に短い上に強烈なインパクトで脳内に残るんだ。

 遺体は結局小分けにバラされて、小さなビニール袋に鉛のおもりと一緒に入れられて、港区台○公園の北西及び南西側の海中に分散して捨てられた。


 人気の無い雨の日を狙って捨てているな。

 生きている人で目撃者は居ないはずだ。


 但し、当該海域は浅いからな。

 発見しようと思えばすぐに見つかる場所ではある。


 おれも詳細はよくわからんのだが、二十人近く居る某国王家の王子の中でもマーキフ王子と反目している勢力があるらしい。

 どうもその一派が、マーキフ王子の失態を狙って、今回の犯行を計画したらしく、アレキサンドライトを売却するためではなくって、新たに生まれる子にお守りを継がせないための計画だったようだ。


 本来次代に渡すべき王家の宝を紛失したとなれば、それだけで王子の失態となるようだ。

 ある意味でお家騒動なのかな?


 さて、どうすべぇか。

 参事官とマーキフ王子にお会いして、調査結果を一応報告した。


 そうして今後の措置について、日本の警察に任せるか否かを尋ねた。

 そもそも俺は、捜査権限を持っているわけじゃないから、犯人を捕まえることも、証拠のアレキサンドライトを取り戻すこともできないんだ。


 王家に仕える秘密警察は、日本国内ではほとんどと言って良いほど権限が無い。

 逆に治外法権のある大使館等の敷地以外の日本国内で彼らが司法権を行使したなら、下手をすると日本の警察に捕まることにもなりかねない。


 従って、東十条駅近くのアジトには王子たちが合法的に手を出すことはできないわけだ。

 最終的に日本の警察による捜査に委ねることになったが、それでも、犯人たちの氏名等の情報は大使館で欲しがったので、教えたよ。


 次いで、大山さんを通じてホシの所在地である北区の警察と、死体の投棄場所である港区の警察に手配をしてもらった。

 最初に警察が動いたのはお台○だ。


 台○公園の浅瀬にダイバーが潜って底に沈んでいた遺体の断片を回収、次いで匿名情報に基づいて捜索差押令状を請求して、東十条駅近くのマンションの一室をガサ入れ。

 凶器の包丁、某国大使公邸から盗まれた宝珠を押収して、その場にいた連中を任意同行(その日のうちに殺人の疑いで逮捕)した。


 依頼を受けた宝珠については、無事にマートフ王子の元に戻ったわけである。

 宝珠が戻ったことで、当然報酬の話になったわけだが、マートフ王子のメガヨットは実のところ作ったときには2億2千万ドル程度だったらしいが、その後、ガスタービンエンジンに換装する等の大工事をした結果、ヨットの時価は約2億8千万ドル相当になっていたらしい。


 某国最大の○△銀行振出の小切手が報酬として俺に渡された。

 金額は281,290,000$だった。


 余りに桁が多いからね、桁を数えてようやく認識したのが約2億8千万円?

 いや、いや、単位がドルだから、2億8千万ドル越えで、日本円換算で約410億円になったぜ。


 こいつは請け負う時に、一応の契約書を交わしていたんで、そのまま俺の探偵報酬として収益に計上できるはずだ。

 うん、今年は間違いなく黒字になるな。


 俺が専属契約を結んでいる某会計事務所も、ようやくまともに税金を納めることのできる仕事になりそうだ。

 何せ、昨年は概ね三千万円の赤字決算だからね。


 ま、それでも、事業をやっている以上は、青色申告をしなけりゃならないので、領収書の類は小室さんに整理してもらって、それこそ沢山事務所に持ち込んだけれどね。

 これまでは最初っから、赤字で税金はかけられないと分かっているだけに、気が楽だった。


 でも今年は納税額が大きくなるからね。

 会計事務所も手数料がしっかりと入る分喜ぶんじゃないかな。


 うん、来年の高額納税者の一覧にきっと俺の名前が載るんだろうな

 何せ納税額は間違いなく200億円を超えるからな。


 尤も、次年以降は期待するなよ。

 そんなに、そんなに、大富豪からの依頼が来るはずもないんだ。


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