第28話 最後まで付き合ってもらうからな
ぼくへの遠藤さんたちからの追及はそれ以上なく、ぼくと靖菜は、
「午後11時以降は出歩かないこと。一応ね、補導時間ってあるから」
と遠藤さんに苦笑しながら言われた後、視聴覚室から解放された。ぼくと靖菜は授業中のため人気が無い廊下を並んで歩く。そして視聴覚室から十分離れたころ。ぼくの中の張り詰めた緊張の糸はゆるみにゆるみきった。
「っぁあああ……なんとか耐えきった」
「千昭、お疲れ様」
「ほんと、ありがとう。嫌な役だったのに」
「気にしないで。上手くいってよかった」
靖菜はアドレナリンが出尽くして震えるぼくの背をさすってくれる。ちくしょう、なんて気遣いのできる猛虎なんだ。
「とりあえず、作戦成功だね」
落ち着いた靖菜の声を聞いて、ぼくは自分の高ぶった気持ちが落ち着いていくのを感じた。
靖菜がぼくが警察から事情聴取される未来を視てすぐ、ぼくたちは――というより靖菜が作戦を立てた。聴取に来る警察官が誰かは靖菜が『次回予告』のなかで視たから分かっていた。だから賭けた。知った顔であるぼくたちとの関係で、遠藤さんたちが追及を妥協することを。もちろん、人情に訴えるだけでは警察官は動かない。だから靖菜の受けた被害も開示し、勢いと少しの脅迫でこの局面を乗り切ることにしたのだ。この流れを考えて、怒れる市民を演じきった靖菜には頭が上がらない。
「ケガも突っ込まれなくてよかったぁ」
ぼくの莉桜に殴られた痕は靖菜や史音から化粧品を借りてなんとか隠した。血も幸いこの数日で止まってくれている。
「莉桜が千昭にしたこと、私はまだ許せてないけど」
「まあ莉桜さんから見れば、ぼくたちが怪しい奴に見えただろうし。しょうがないよ」
それでも少し納得していない靖菜に、ぼくは言いたいことがあった。
「あのさ、萩野先生殺しの捜査について話したいことがあるんだ」
「実は私も」
この流れはぼくたちにとってお約束になりつつある。だから、ぼくたちは相手を信じ切って同時に口を開いた。
「捜査、やめよう」「捜査、続けるよね」
中止を提案したのはぼくで、逆は靖菜だ。こういう時、靖菜とはいつも意見が合っていた。だからお互いに違うことを言ったことに、ぼくは少なからず驚いた。靖菜も同じようで、ちょっと困ったような顔をしてから言う。
「あー……千昭の話から聞きたいな」
「ありがとう。やっぱり愛宕先輩が死んだこと、ぼくたちにも責任があると思うんだ」
ぼくは愛宕先輩に与するような発言をしたが、靖菜は怒らずに話の続きを促してくれた。
「情報が無かったし、史音のためという事情はあった。愛宕先輩があの日の夜学校にいた理由も分からない。でも、ぼくたちが事件に深入りしなければ、愛宕先輩を追い詰めてしまうこともなかったのかもしれないって思うんだ」
遠藤さんですら勘違いしているように、愛宕先輩の死が、萩野先生殺しの犯人と同一人物による他殺とみる人もいなくはない。素人が首を突っ込んだばかりに、事態をよりややこしくしてしまったのだ。
「だから、やめよう。まだ引き返せるうちに」
ぼくと靖菜にはまだ解決しなきゃいけない問題もある。ぼくが靖菜を殺してしまう未来を変えなきゃいけない。靖菜の死へのタイムリミットも迫っている。解決できもしない殺人事件なんかに使ってる時間は、ぼくらにはもうない。
「千昭の考えは分かった。私も話していい?」
「聞かせてくれ」
「私。まだあのセクハラクソ野郎のこと許してない」
肩を震わす靖菜の怒りはもっともだ。
「だから、あいつがみんなから追い詰められてしまった悲劇のヒーローみたいに扱われるのは嫌。もし愛宕が先生殺しの犯人じゃなかったとしたら、ちゃんと犯人を見つけて、自分が誰を殺したのか白状させたい。その中にクソ野郎がいないこともね」
靖菜の言う通り。前提条件はあるが、愛宕先輩の死が他殺でないことを明らかにするにはそれが手っ取り早い。
「だいたい、この時期に夜の学校にいるなんて、事件と関係ないなんていう方が変じゃない? 千昭を狙ってつけてきたとしても、不自然すぎる」
昔のポップス曲で『怒ってるところも美しい』とかなんとか、そんな歌詞を聞いたことがあった。現状に納得せず憤っている、今の靖菜がまさにそれだ。ぼくは美しいものが好きで、そして靖菜の正義感が好きだ。だから、
「そうだね。意見が変わった。やろう。最後まで」
ぼくはドラマのワンシーンみたいに靖菜の近くに拳を差し出した。
「そうこなくっちゃ」
靖菜の色白の拳が、コツンとぼくの拳に優しくぶつかった。
◆
捜査の継続には協力者が必要だ。具体的には同盟の協力が。
事情聴取から数時間後。騒がしい放課後の廊下でぼくたち同盟は集まった。捜査継続の意向をぼくと靖菜が伝えたところ、意外にも県外への逃亡を図った莉桜がすぐさま賛同してくれた。
「かまいませんよ」
莉桜はもっもっ、と擬音がしそうな勢いで次々に口にバターフィナンシェを詰め込みながら答えた。彼女は東京土産のバターフィナンシェを箱から出してぼくたちにひとつづつ渡した後、箱に残った数十個の残りを独占している。
「いろいろすっきりしてませんし、警察の目がかいくぐれたのなら私は付き合います」
口やら手から食べかすをこぼしている行儀の悪さはさておき、無敵のフェイスマンがまだ味方でいてくれて心強い。問題は史音の方だった。彼女は伏し目がちに、手元のお菓子を見ながら答える。
「あたしはちょっと、パスかな……」
「おかしいですね。あの夜、同盟の活動指針を決めたのは史音さんと伺いましたが」
「まぁ、それはそうなんだけど」
史音は頬をかきながら、顔を覗き込もうとする莉桜から半歩離れた。
「なんか、事が大きくなっちゃったっていうか、あたしたちの手に負えなくなっちゃった~的な? 警察に任せるのも悪くないんじゃないかなって」
「それ、無責任すぎるでしょ」
靖菜がずいっと史音に近づいた。史音は慌てて後ろに下がるが、壁がそれ以上の後退を阻む。
「事件に関わるなら、それ相応に色んなものを背負うことぐらい、想像できたでしょ」
「あ、あたしは普通にみんなと楽しくすごしたかっただけで……」
「なにそれ。お遊び気分で私や千昭を巻き込んだわけ?」
「靖菜ちゃん壁ドンしないでぇ。靖菜ちゃんのおっぱいがあたってるからぁ」
実際にお遊び気分だったんだろう。でも、それはぼくたちも同じだ。まさかこんなにも事件に深入りをするとは当初思ってなかった。史音からしてみれば、同じ高校に通う先輩の死を間近で見て気分が落ち込んでいるところを、やる気のなかったぼくたち二人が急に事件回解決に躍起になり問題を掘り返そうとしている状況だ。ちょっと可哀そうではあるので、ぼくは助け舟を出すことにした。
「なぁ史音。事件の捜査だけど、完全にぼくたちの手に余るというわけでもないんだ」
「な、なんでぇ」
「少なくともぼくたちはフェイスマンが萩野先生殺しの犯人でないことを知ってる。警察と違って、犯人の候補はひとつ少ないんだ」
「だからって、何かできるかは微妙だよぉ」
「そうだね。でも莉桜さんが言った通り、すっきりしてないこともある。なんであの日愛宕先輩が学校にいたのか。ぼくたちを『素材』として見てたやつは誰なのか。とかね」
史音は喉の奥で唸る。もう一押しだ。
「やめるのはいつでもできる。考えるだけなら
「……わかった。でも分かんなかったらやめるから」
靖菜は納得していなさそうだが、及第点だと思う。寄せ集めの同盟がアニメみたいに一致団結するほうが不自然なんだ。ぼくたちのやり取りを見守っていた莉桜は空き箱を通学用のリュックに入れつつ言った。
「結論は出ましたね。じゃあ早速、楽しい楽しい作戦会議ですかね。どこでやります?」
「そのことだけど、できれば内密に話ができるところでやりたいんだ」
前回までは飲食店で行われていた同盟の会議だが、今回はフェイスマンである莉桜もいる。学校で起きた事件のことだけ話すなら、そう不審がられないと思う。でも莉桜の正体に関わる内容を公共の場で話すのはまずい。以前のような場所は控えたほうが良いだろう。
「具体的に言えば誰かの家とか」
靖菜が申し訳なさそうに首を振った。
「うちはマンションだし、常にお母さん居るから厳しいかも」
莉桜が手を上げる。
「自分の家は両親がいますが、大丈夫ですよ」
「いいの? 莉桜ちゃんち、おうちがおっきいとか?」
「いえ、父は酒。母は睡眠薬で常に前後不覚だからです。話を聞かれても内容を覚えていられませんので」
莉桜以外の全員が暗い顔をした。莉桜はよくても、恐らくぼくらがその状況に耐えられない。却下だ。かといって姉が常駐する我が家もだめだ。
「いいだしっぺだけど、ぼくも無理だ。隣の部屋に人がいて、話を聞かれる」
ぼく、靖菜、莉桜の視線が史音に向く。
「えっ?! うち?!」
ぼくは頷いて問う。
「史音の家は集合住宅?」
「ううん。平屋の一軒家」
「部屋での会話は家族の人に聞こえるような感じ?」
「ううん。部屋、結構離れてるし、その、家族はみんな耳遠いから……」
「ばっちりだ。今日行っても大丈夫?」
「ええっ?! いやでも、うち市内だけど結構田舎だよ?! 学校からも遠いよ?!」
「好都合ですね。千昭さんたちが尾行されているかも、という話も気になってました。周辺に人が少ないのであれば、尾行がいてもすぐに気が付けます。発見次第、自分が『対処』します」
「でもでも、そんなに急がなくてもいいんじゃない? 来週とかにでも」
「それ無理。次の日曜日が『次回予告』で視た私が死ぬ日なの。事件が解決しないまま死んだら、私、化けて出るから」
「それは千昭くんが靖菜ちゃんを殺さなきゃいいだけじゃん!」
ぼくが靖菜を殺すかはともかくとして、ぼくは抵抗する史音にトドメを刺しにいく。
「きみが始めたドラマフリー同盟だ。だから、最後まで付き合ってもらうからな」
史音は子犬のような呻き声をあげたが、それ以上の反論はしなかった。
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