第3話 ラプソディーインブルー
同盟結成後の翌朝。仙台駅前のペデストリアンデッキは希望に満ち溢れた新社会人や新学期を迎えた学生たちが闊歩している。だが地下鉄通学のぼくは、人通りの多い2階中央改札ではなく、ペデストリアンデッキの影が落ちる市営地下鉄の出入り口から、暗い顔のサラリーマンたちと一緒にのそのそと這い出る。
高校は仙台駅ではなく、ひと駅隣の五橋駅が最寄り駅なのだが、同年代の人ごみが嫌でぼくは一つ前で降りて学校まで少し歩くことにしていた。そしてぼくはこの学校へ続く道を最悪の気分で歩いていた。
ぼくの『あらすじ』は、無情にもぼくが殺されそうになるワンシーンを鮮烈に見せつけてきて、昨日味わった恐怖をもう一度ぼくに味あわせてきた。これを見て良い一日のスタートをきれるやつは、とんだ被虐趣味の持ち主だと思う。
昨日起きたことは『あらすじ』を含めて何かの悪い夢だと思いたかったが、トークアプリに表示されるぼく、史音、そして靖菜がメンバーの『ドラマフリー同盟』というグループ画面を見て夢ではないことを再認識する。
よろよろと歩きながらスマホを眺めていると、そのグループにメッセージが書き込まれた。史音が無駄に朝の挨拶をしてきたのかと思いスルーしようとしたが、画面に表示された名前をみて思いとどまった。
靖菜<二人とも、今日は学校に来ないで>
一番――いや、ぼくと同率一位でグループを作ることに乗り気でなかった靖菜が最初にメッセージを送ってきたのにまず驚いたし、内容の意味不明さには思わず首をひねらざるをえない。
千昭<なんで>
千昭<殺されたくないから来るなってこと?>
靖菜<違う>
靖菜<違わないけど違う>
千昭<具体的に言ってくれ>
千昭<ちゃんと聞くから>
靖菜<いやだ>
あーそうかい。じゃあぼくも聞かない。いきなり殺人者呼ばわりされて、さらに説明もなく学校を休めと言われて上機嫌でいられるほど、ぼくはできた人間じゃない。ぼくは乱暴にスマホをブレザーのポケットに突っ込むと、地面に八つ当たりするようにのしのしと進む。
不機嫌大魔王と化したぼくが歩いていくと、高校へ向かう道で人だかりができていた。ひとだかりの大半は同じ高校の生徒たちで、なぜだか学校手前近くの歩道で渋滞のようになってしまっている。その群衆の中に史音を見つけたぼくは、すいませんを連呼しながら人を押し退け、彼女の隣に行きつく。
「あっ、千昭くんおはよ」
「おはよう。この渋滞はどうしたの?」
「わかんない……って靖菜ちゃんからメッセ来てる! 返さないと!」
状況を把握しようと、スマホを見てメッセージに慌てる史音。直後、人が急に動き始めた。
「うわっあぶな」
「ひゃあ~千昭くん助けてぇ」
史音がぼくのブレザーの裾につかまる、人の波はぼくらを押しつつ、学校の方へ流れていく。学校へ近づくと、よく通る男性教師の声が聞こえてきた。
「全員、裏から回って講堂に行けー。校舎の方は見ずに落ち着いて。あ、おい! そこ写真撮るな!」
それはまるで災害時の避難誘導のようでもあったが、地震は起きてないし、ガス臭くもないし、校舎から黒煙が上がっていたりと言うこともない。変質者や、仮面を被った不審者が学校にいるから生徒を逃がしていると言うこともあるが、なら生徒を敷地にいれるだろうか。人ごみにもまれながら考えを巡らせるが、これといった答えを導きだせない。
そう思案している内に、ぼくと史音は校門の近くまで来ていた。何人かの生徒が誘導の教師に従わず、立ち止まってしまい、後続の生徒にぶつかって小さなトラブルの火種を作っていた。
バカだな。なんでわざわざ面倒ごとを自分で作ろうとするんだ。そう、立ち止まる生徒を内心見下しつつ、ちらりと校舎を見た瞬間、ぼくはバカの仲間入りをした。
それは、てるてる坊主のように見えた。それは丁度ぼくたち1年C組の教室のベランダからぶら下がっていたのだが、かなりの大きさで、胸のあたりにピンで留められた、赤いリボンのような線がある。
そして――てるてる坊主はぼくのクラスの担任――萩野先生の顔をしていた。
三日前に。そしてぼくの『あらすじ』の中でも明るくぼくらを迎えてくれた萩野は、校舎からロープで首を吊って息絶えていた。しかも赤いリボンにみえたものは彼女が流す血で、ピンは遠目でよく見えないが、ナイフや包丁のような物のようだった。
同じものを見てしまった史音が、ぼくの隣で嘔吐しそうになる口元を抑えている。体の大きな先輩がぼくにぶつかり、怒鳴る。繊細そうな女子生徒がショックで倒れ、それに誰かが躓きけが人が出る。もう収拾がつかない。
周りの音が遠くなり、代わりにガーシュウィンの『ラプソディーインブルー』が聞こえてきた気がした。
ああ、ぼくは大馬鹿野郎だ。靖菜はこの地獄絵図が広がる未来を視て、ぼくらがショックを受けないよう、警告してくれたのだ。なのに、ぼくはその善意を踏みにじった。自ら地獄へ足を突っ込んだ。
高校生たちが形どる地獄で、ぼくはドラマフリーな生活が死にゆくのを静かに感じていた。
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