第2話 ドラマフリー同盟
ぼくと白髪の少女のとっくみあいから数分後。茶髪の少女がぼくたちの間に入り、それぞれから事情を聴くという形でその場は収まった。茶髪の少女は意気揚々と机を三つ、コの字型に並べた。端の机にぼくと白髪の少女が向かい合うように座る。真ん中の席には茶髪の少女が座った。簡易的な裁判所に見えなくもない。ぼくは自分をまっすぐ見据えてくる、白髪の少女から目を逸らして、茶髪の少女に問う。
「で、きみは……」
「えぇっ、酷い! もしかして千昭くん、あたしのこと忘れちゃったの?」
「……覚えてるよ。同じクラスの
ぼくの答えに満足した茶髪の少女――史音は目を細めて頷き「史音で呼び捨てで良いよ」と言った。
ぼくがクラスメイトたちと過ごしてまだ三日しかたっていないが、手際よくクラスのチャットグループを作り、全員に気さくに挨拶し話しかける史音の様子は、ぼくに名前を覚えさせるには十分すぎるものだった。
彼女の教室での印象を思い出していると、史音は握りこぶしを縦にしてぼくの眼前に突き出す。
「そしてなんと、超能力者なのだ!」
史音は親指でスイッチを押すような動作をする。すると、ぼくの頭上に光が灯った。
先刻、ぼくと白髪の少女を照らした光は、混乱したぼくの脳が生み出した幻覚とかではなかった。ぼくたちが殺し合いを止めるよう、気を引くために史音が自身の能力を行使したのだ。それを人に軽々しく見せる彼女の軽率さのせいで、ぼくはすぐに言葉を返せなかったが。
「……すごいね」
「でしょ! 明るさも変えられるんだよ! ……まぁ、自撮りのときに顔照らすときにしか使ってないんだけど」
史音は苦笑しながらもう一度、透明なスイッチを押す。ぼくの頭上から光が消えうせた。
「で、あなたのお名前は?」
史音は白髪の少女に顔を向ける。クラスのほぼ全員に話しかけるような史音が知らなければ、ぼくが知るわけない。ぼくは自分の無知さの言い訳ができたことに安堵しながら、視線を白髪の少女に向ける。
「……
白髪の少女――靖菜は捕食者を警戒する小動物のように肩に力を入れたまま、言葉の先を続ける。
「1年で、A組」
「A組かぁ、どうりであたしが知らないわけだ。ねぇねぇ連絡先の交換――」
「なんで、分かったの」
靖菜は史音を取り越してぼくへ鋭い視線を向ける。髪型のせいで見えるのは左目だけだったが、片目で発せられる気迫はぼくに「それより先に、なんでぼくを刺そうとしてきたか聞きたいんだけど」という言葉を飲み込ませるには充分だった。
「それは、ですね……」
史音の興味の対象も靖菜の連絡先からぼくに向いたようで、三つの瞳が僕に注がれる。
ぼくの中で声がふたつに割れる。
「適当に誤魔化せ。平穏な生活を守れ」と「いっそ打ち明けてしまおう」だ。
超能力がある、なんて大ぴらに言えば、完全にヤバい奴扱いをされる。そんなの火を見るより明らかだ。だけど、そうやって隠れて生きてきて孤独で心細くならなかったのか、と問われれば間違いなくイエスだ。
しかも今日は目の前に同じような超能力者が現れた。映画とかであれば史音が超能力者を捕らえ実験に使う悪の秘密結社側の人間、ということも考えられなくはないが、史音からはそういったシリアスさは感じられない。これは貴重な仲間を得る、最後のチャンスかもしれない。
「聞こえてる?」
史音の問いにぼくは嫌々頷いた。仲間はともかくとして、こんな事態に陥った以上、誤解を解いて穏便に済ませる方が得策だと思えた。
「ぼくも史音と同じで、超能力みたいなものが使える。過去が視えるんだ。自分や他人の過去が」
「ひゃぁ! 仲間だー! 私以外にもいたんだ!」
史音は諸手をあげて喜びを表現した。
「ねぇねぇ、いつから使えるようになったの? 何がきっかけ?」
「二年前から。きっかけ……かは分からないけど」
◆
ぼくは二年前の夜を思い出す。寝付けない夜、ぼくは自室でなんとなくテレビをつけた。深夜の放送枠を埋めるような、風景とかを映すのんびりとした番組でも見れば眠気が訪れるかと思ったのだ。ぼくがチャンネルを切り替えていると、あるチャンネルで手が止まった。
それは異様な番組だった。はた目にはドラマに見えるのだが、登場人物に統一感がなく、全員が別々の言語で会話している。彼らの演技もどこかチグハグに見えて、どんなストーリーなのか判然としない。質の悪いコメディドラマでも流しているのだろうと思い、またチャンネルを変えようとした時、画面に変化が起きた。
登場人物たちの中に真っ黒な仮面をつけた、背広姿の異様な人物がいた。体の線でその人物が女性だとは分かるが、他の登場人物たちが普通の服装をしているので、特異さが引き立つ。カメラは彼女にズームする。そして、仮面の女性と思しき声が響く。
『Next it's your turn to shine』
(つぎはあなたの出番です)
そこからの記憶はない。けれど、その不気味なドラマ番組を見てから、ぼくは過去が視えるようになったのだ。
◆
「すごい、おなじだ! あたしはそれ動画サイトで見たけど」
史音の反応で疑念が確信に変わった。やはりこの力はあの不気味なドラマにあった。見たものに作用して開花させるのだ。超能力を。
「なんか、あれなのかな。神様的なやつが、あたしたちに力を与えるための何かだったりするのかな」
「それは、ぼくも分からないけど」
自分で調べた限りでは、類似するドラマを見つけることはできなかった。史音が言った通り、あの不気味な番組が常識の外にある現象にしろ、何某かの科学的な作用にしろ普通でないことは明らかだ。そう思案していると史音が口をとがらせてぶーぶー言い始めた。
「でもちょっとずるい。あたしのと比べて、千昭君の能力はなんかかっこいいし。漫画の主人公みたい」
「漫画って……そんなに良いものではないよ。視たい過去は自由に選べないし。しかも海外ドラマのあらすじ風にしか見れない」
「海外ドラマの……あらすじ?」
ピンときていない様子の史音。しまった、最近はサブスクでのイッキ見を見越してあらすじが入らないドラマが多いんだっけ。咄嗟に出た自分の情報の古さに恥ずかしくなる。そして今は過去の怪現象ドラマの考察より、差し迫ってぼくに向けられた暴力への問題解決を優先したかった。
「ともかく、その能力で視たんだ。きみがぼくを刺そうと決意しているところを。だから襲撃に備えて防具代わりに週刊誌を用意できたんだ。ちょっと厚めのやつをな」
今度はぼくが靖菜を睨み返す。こんな目にあったんだから、これぐらいはしていいはずだ。というか穴の開いたシャツの弁償代をもらいたいくらいだ。
けれど靖菜は視線を机の上に落とし、黙りこくる。おい、人に話をさせといて、そんな態度はないだろと怒鳴りたくなったが、史音が先に口を開いたので、ぼくは怒りの矛先を収めた。
「ねぇ靖菜ちゃん。あたし二人になにがあったか分からないけど、力にはなりたいんだ。同じ学校に通う仲間だし。仲がいい方がいいし」
「……だけど」
「大丈夫、なにか怖い目にあってああしたなら、あたしは靖菜ちゃんの味方になるから!」
文句をつけたかったが、今はぼくも情報が欲しかった。じっと靖菜の答えを待つ。そして靖菜はゆっくりと、そして渋々答え始めた。
「……私は、未来が視える。彼と逆で」
「すごい! また同じ超能力者! ねぇねぇ、どんな風に視えるの?!」
「別に、普通にだけど」
「もしかして、千昭くんみたいにドラマぽく、あ、未来ってことは次回予告っぽく見えるとか?」
「……そんな、感じだけど」
「やっぱり! これって、ドラマを見て覚醒する能力だから、みんなドラマの演出っぽい能力になってるのかな。だとしたら納得! あたしの力、言われてみれば撮影に使う照明っぽいし!」
ぼくも面識のない靖菜が名前を知っていることへの合点がいった。ぼくと似たような能力で未来を視ることができるなら、名前をその中で見たり、同じ学校の生徒だと把握していても不思議ではない。
「じゃあ、なんでぼくを殺そうとしたのさ」
「きみが私を殺すから」
耳を疑ったなんてものじゃない。自分の耳が壊れたのではないかと錯覚したほど、靖菜の言葉が信じられなかった。ぼくと史音が沈黙したので、念を押すように靖菜は再度言った。
「七北田 千昭。きみは近いうちに私を殺す」
「いや、いや、なんだよそれ、訳わかんないって」
ぼくが立ち上がって靖菜の方へ向かおうとすると、史音がすぐさまスマホを取り出した。恐らく110当番通報のために。
「わー! 待って待って! なにもしない! ってか、そんなのありえないって! ぼくは彼女と今日まで面識がなかったし、彼女に恨みとかなにもないんだぞ!」
「でも千昭くん、ここで靖菜ちゃんと面識できたじゃん。これからなんか恨みができるんじゃない?」
「だとしたら、ぼくは今後彼女に関わらないようにするよ、それでいいでしょ!」
ぼくは靖菜に同意を求めた。その時、険しい表情を浮かべていた靖菜の顔が、一瞬、ほんの一瞬だが悲しげに見えた。
「邪魔が入ってきみを殺せなかったし。多分、私は死ぬ」
邪魔、という言葉のあたりで史音はばつが悪そうに座り直した。
この中で、目に見える形で能力を見せたのは史音だけだ。だけど、ぼくは嘘をついてないし、根拠はないけど靖菜も嘘をついているようには見えなかった。だけど自分が目の前の同学年の女子を殺そうとするなんて、全く想像がつかない。というか信じたくない。ぼくは思わず机に肘をついて頭を抱えた。
「くそっ、どうしてドラマフリーな人生にならないんだ」
パチンと指が鳴る音がする。顔を上げると史音が「それだ」とでも言うようにぼくを見ていた。
「なにそれ、いいじゃん!」
「え、なに、なにが?」
「ドラマフリーって言葉、あたしたちの超能力の名前! ドラマフリー能力!」
いま、そういう話してた? と靖菜は信じられないものを見る目で史音を見ていた。多分ぼくも同じ顔をしているのだろう。
「超能力、じゃなんか締まらないし、固有の名前が欲しかったんだよね。こう、技名みたいな」
「いや、別にいらないし『超能力』の方が短くていいし、ドラマフリーって「問題のない」「ゴタゴタのない」って意味の言葉で――」
「ドラマフリーッ! ほら、技名っぽい」
「いまそういう話してないだろ!」
史音はぼくの指摘をかきけすようにバン、と両手で机を叩いた。
「はい、決めました! 今ここに、ここにあたし、千昭くん、靖菜ちゃんの三人によるドラマフリー同盟の結成を宣言します!」
「「はぁ?」」
またもや靖菜とぼくは被った。息ぴったり。こんな出会い方じゃなければ靖菜とは漫才とかアカペラとかで良いコンビになれたかもしれない。
「あたしたち三人で、ドラマフリー能力者同士でこれから楽しく過ごそうっていう集まり。どう? よさそうじゃん」
そして史音に対する不満があるというのも共通していた。
「ぼくはちっともそうは思わないよ。なんでぼくを殺そうとした子とつるまなきゃいけないんだ」
史音は窘め、静止させるようにぼくたちに両手のひらを向けた。
「千昭くん。人間さ、楽しい日常があれば「誰かを殺してやる!」なんて、思わないんだよ。千昭くんも含めてみんなで素晴らしい青春を送って、そういう気持ちを無くして、未来を変えようよ」
「私だって嫌だ。私を殺そうとする奴と一緒にいて、無意味な時間を過ごしたくない」
「靖菜ちゃん。無意味なものなんて、この世にはないんだよ。それに、あたしが一緒にいれば、いざという時に守ってあげられるし」
そんな事を起こすつもりはないと叫びたかったが、水掛け論になりそうなので黙る。こういう時に説得力がある言葉がでない自分が情けない。
「はい、じゃあ決まり。二人とも立って。スタンダップ! これから一緒に楽しくすごす仲間なんだから、仲直りの握手をしよ!」
握手じゃなくて悪手だろ。とぼくが言う前に史音はぼくの腕を掴んで立たせ、そして靖菜も立たせ、ぼくらの右腕を掴み無理やり握手させようとする。ぼくも靖菜も、互いに手は重なったが握ろうとはしなかった。
「きみを殺す気はないけど、この同盟は上手くいかないと思う」
「上手くいかないってとこの部分だけなら、私もそう思う」
互いへの猜疑心から僕と靖菜は似通った結論に達した。史音だけが、
「青春するぞー!」
とはりきっていた。
ぼくは下校時刻を告げる校内放送を聞きながら、ああ、しばらくぼくには平穏な生活は訪れないんだろうなと絶望し、シャツをダメにした理由を親にどう言い訳しようと考えを巡らしはじめた。
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