前回までの「ドラマフリーでお願いします」は
習合異式
1章(あるいはパイロット版)
第1話 前回までの『ドラマフリーでお願いします』は
「前回までの『ドラマフリーでお願いします』は」
高校の教室。もっと詳しく言うなら、この4月にぼくが入学した私立高校の、ぼくが所属する1年C組の教室。教壇の上で緩いウェーブがかかった長髪の若い女性教師がぼくら生徒をを見渡し、語る。
「はじめまして、みなさんのクラスの担任になりました
シーンが変わる。くすんだオレンジ色をしている仙台駅。そこから伸びるペデストリアンデッキ。ぼくはその日に知り合ったクラスメイトの男子たちと遊び歩いている。今後の平穏な生活のための、新学期最初の付き合い。そんなぼくたちを駅前のビルに設置された大型ディスプレイが見下ろし、語りかける。
<仙台駅周辺、及びアーケード内でのフルフェイスヘルメット、顔を覆うお面などの着用は禁じられています>
<また、それらを着用した不審者を目撃した場合は、ただちに警察への通報をしてください>
<『フェイスマン』にご注意ください。宮城県警からのお知らせでした>
ぼくたちは早足に注意喚起の画面を映すディスプレイの真下を通り過ぎる。半年前に仮面を被って街の若者に暴行を加える変質者が出てから、ぼくたち市民は繁華街を歩くときはいつも怯えていた。
シーンが変わる。ぼくの家。その食卓。父と母とぼくは夕食を取っている。もうひとつ席があって、そこは空席になっている。ぼくはその食卓の空白に極力、目を向けないようにする。父が食事を飲み込み語らおうとしてくる。
「学校はどうだ?」
「分かんない。まだ二日目だし。明日からは部活見学が始まるから、いろいろあるだろうけど」
父はぼくの言葉に満足そうに頷いた。母はなにも言わない。
「そうか。まぁ、うまくやれよ」
父の言葉に、ぼくの心に淀んだ気持ちが芽生える。だが、それは語らない。
シーンが変わる。
食卓の直上、ぼくの姉。社会人生活が上手くいかなくて、ひきこもってしまった姉の部屋。
姉はベッドの中で、スマホを見る気力もなく、階下からの物音が聞こえぬよう、耳を塞ぐ。
シーンが変わる。ぼくの知らない部屋。ぼくの知らないパジャマ姿の白髪の少女が、早朝の薄明りの中、手に持った両刃のナイフをじっと見つめる。少女の髪は短いが、前髪の右部分を伸ばしていて、片方の目の様子を伺うことが難しい。だが、見えている方の左目からは、彼女に宿った確固たる決意を感じることができた。
「
ぼくの知らない少女が、ぼくの名前を呼ぶ。
「殺す、七北田 千昭を」
呪いの言葉を吐きながら、ぼくの名前を呼ぶ。
朝の青白い光に包まれる呪いの少女が、ぼくにはなによりも美しく思えた。
視界が暗くなり、少女の姿が見えなくなった。
◆
テレビドラマ、特に海外ドラマは好きだろうか。
毎話「前回の〇〇は~」みたいな出だしから始まるやつだ。
ぼくは嫌いだ。
それは別に商業主義にかぶれてご都合的な話に堕した創作物への嫌悪とか、俳優たちの大仰な演技がはなにつくとか、ひきこもっていないころの姉がリビングのテレビを占拠して海外ドラマをよく見ていたからだとか、そういったことでは全くない。これはぼく自身の問題だ。
端的に、有体に、使い古回した言い方をするのならば、ぼくは超能力者だ。
とはいっても不死身の肉体とか、世界の果てまで見通すサイキック能力とか、磁力を操り鉄を動かすとか、そういったかっこいいものではない。
ぼくの能力は過去を視る能力だ。
字面だけ見れば、まぁかっこいいかもしれない。だが実情はがっかりの一言に尽きる。
ぼくが視ることができるのは、自分自身か、自分と関わりの強い人や場所に由来した過去に限る。視ることができるのは一日一回だけで、朝目覚める直前のみ。しかも見たいものは選べず、ランダムで、なぜか「前回までの~」とドラマ風のナレーションが最初につく。自分で能力のオンオフもできない。
最初は自分の頭がおかしくなったのかと思った。精神を病んで自己否定に陥っていたり、誇大妄想に取りつかれて人の過去を頭の中で捏造しているのではないかと何度も自分を疑った。だけど中学時代に、ぼくが知りえないはずの友人の過去にまつわる地雷を何回かうっかり踏んだことで、この力が本物だと自覚できた。
そんな感じで自分の過去の失敗や、苦しんでいる姉の様子、友人の辛い思い出なんかを、ドラマの最初のあらすじ紹介みたいに毎朝、強制的に見せられれば、あらすじが最初につくテレビドラマなんか見たくなくなる。
幸い、この現象には対処法がある。日々ドラマフリーな生活を送ればいい。
ドラマフリー、とは英語圏で使われる言葉で、人間関係に問題がないとかトラブルを起こさないとか、そういった意味あいの言葉だ。
他人はどうしようもないが、自分の行動はどうにかできる。ぼく自身が行動するときは、なるべく目立たず、トラブルの種にならず、そして厄介ごとに巻き込まれないよう注意する。そうすれば、視てしまう『あらすじ』のかなりの部分を穏当なものにできる。どうしようもない過去を遠ざけられる。波風たてない、ドラマのない、ドラマフリーな日常が、ぼくの日々の目標だ。ぼくは能力に目覚めてからの二年間、そうやってやり過ごしてきた。
これからもそう生きていくつもりだ。自分が生まれ育った、杜の都と呼ばれる東北の地方都市、仙台で。
千昭というぼくの名前を呼びながら、ナイフを持ち、殺害予告をする少女の過去を高校生活三日目の朝に視たけれど、ぼくは彼女のことを何も知らないし、あの殺意も、同姓同名の人物へ向けられたものなのだろう。きっと、恐らく、多分、メイビー。
だからぼくは今日も身支度を整え、自宅からのんびり最寄り駅まで歩き、仙台市営地下鉄東西線に揺られながら、平穏な一日を過ごすために高校へ向かった。
◆
結論から言えば、彼女の殺意はぼくに向けられたもので間違いなかった。
高校生活三日目の放課後、入部希望の美術部への部活見学のあとでぼくは忘れ物に気づき、自分の教室――1年C組の教室へ戻った。夕日が放つ毒々しいオレンジ色に照らされながら、ぼくが目的のものを回収し教室から出ようと出口に向かった時、教室に入ってくる彼女と鉢合わせた。
彼女はぼくが視た白髪の少女その人だった。身長は低め、恐らく平均以下。だがその胸は身長に見合わず豊満で思わず視線が首から下に向く。古い言葉ならトランジスタグラマー。下世話なぼくのクラスメイト風に言うのであれば、ロリ巨乳という言葉が似合いそうな体躯だった。
彼女の服装はぼくの見たあらすじと違い、学校指定のスカートとブラウス姿だった。指定のブレザーの代わりに胸に虎のイラストと「福」という文字が刺繍された
だが彼女が右手に持つナイフは別だ。全長20センチほどのナイフは山刀と呼ばれるタイプのもので、夕日を反射して妖しく光っていた。
「キミが、七北田……千昭?」
ナイフを持った少女の問いかけにぼくはあとずさりをしながら、うわずった声で答える。
「あー……人違いかな、このクラスにそんな奴がいたけど、あんまり親しくな――」
ぼくはとっさに横っ飛びに跳んだ。少女は前置きなくナイフを構えて突っ込んできたのだ。突撃の勢いを止められず、壁に激突したが、彼女はすぐさま体勢を戻しぼくを睨みつける。ぼくは見知らぬ相手から殺されそうになるという事態に半ばパニックになりながらも、理性的な呼びかけを心掛けた。
「ちょ、ちょま、待って! いっかい、いっかい落ち着こう! ね!」
「――っ!」
少女は唸り声をあげながら制止しようも両手を突き出したぼくに再度つっこんでくる。机を押し退けて隙を作り、なんとか二撃目からも逃れるが、ぼくの足は人生で初めて向けられた生々しい殺意による恐怖でがくがくだった。
「誰か! 誰か助けて! 先生!」
ぼくは助けを求め必死に叫ぶ。だが誰も教室には入ってこない。代わりに吹奏楽部が部活動見学に来た新入生のために演奏している「ラプソディーインブルー」が聞こえてきた。ガーシュウィンクソくらえ。
「死ねっ!」
三度目の突撃。ぼくは回避しようとしたが、机で脚をつまずかせ、あおむけに転ぶという大失態をやらかしてしまった。ぼくの隙を少女は見逃さず、即座にぼくに馬乗りになる。女の子からする甘い匂いと、閃く刃、揺れる胸。偏った視界の情報と、死の恐怖でぼくの思考が完全に止まった。そして刃が振り下ろされる。銀の刃はぼくの腹部に突き刺さった。突き刺さったが――
「……あれ?」
少女は動きを止めた。恐らく違和感を感じたのだろう。ぼくは彼女がさらなる攻撃に移る前に手で少女を突き飛ばし、立ち上がった。
「きゃっ」
「はぁ……はぁ……ああ、くそったれ」
ぼくは悪態をつきながら刺さったナイフをそのままにして、シャツのボタンを開けて自分の腹の状態を確認した。少女のナイフはぼくの柔い腹筋には到達していなかった。鋭い刃はぼくの忘れ物――ズボンではさんだ少年週刊誌に突き刺さり止まっていた。あと少し少女の体格がよければ、週刊誌を貫通していたことだろう。
「なんで……」
ぼくが知らない、ぼくを殺そうとした少女は尻もちをついたまま、ぼくを見上げる。ぼくも息を整えながら彼女を見下ろし問う。
「こっちがき聞きたいよ。なんなんだよ、なんでぼくを殺そうとしてくるんだよ」
少女は答えない。ぼくもそれ以上言葉を発さない。雲がでてきて夕日を隠し、暗闇とひりついた沈黙が教室を覆った。だがその沈黙はぼくたちの直上から突然注がれたスポットライトのような光と、快活な、目の前の白髪の少女とは別の女の子の声で破られた。
「その喧嘩待ったー!」
教室の扉が勢いよく開く。そこには紺色のブレザーの指定制服をきっちりと着た、ウルフカットの茶髪の少女が、腰を曲げてポーズ決めながらドヤ顔で、星のように輝く大きな瞳と、右人差し指をぼくたちに向けて立っていた。
「あたしが来たからにはもう安心! さぁ、いったいどうなって――」
茶髪の少女はぼくたちを交互に見渡すと、ドヤ顔を崩して不可解そうに首を傾げた。
「えっと、もしかして、そういうプレイ中?」
「「違う」」
ぼくと白髪の少女は、思いがけず同時に否定した。
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