第17話 男の友情……?


 靖菜に状況を話そうとしたが、その機会はぼくが言う前に靖菜からもたらされた。


靖菜<犯人を捜すっていう同盟の会議>

靖菜<今日やらない?>

靖菜<話したいことがあるの>


 その日、最後の授業中に同盟のグループチャットで靖菜がこう呼びかけたのだ。

 靖菜は人助けするような性格が本来の性分で『救出劇』を経て、事件に向き合おうと考え直したのだろう。伝えたいことがあるぼく、そして犯人探しに一番積極的だった史音もすぐさまOKのスタンプを返した。


 放課後、ぼくは図書室で二人を待っていた。史音は友達に捕まり、靖菜は掃除が長引いているらしい。下手に出歩いて愛宕部長に鉢合わせるのが嫌なので、ぼくは本棚の前で興味のない海外の小説を立ったまま流し読みしていた。そこそこの大きさの高校の図書室なので、大抵は誰かいるはずなのだが、今日は人っ子一人いない。ぼくはひとりぼっちで、夕日と言うにはまだ明るすぎる日の白い光が反射する本のページに目をくらませていた。


「サリンジャーか。いいよね」


 唐突にかけられた声にぼくは飛び退いて本棚に体をぶつけた。声の主――放送部の雨宮先輩はぼくへ心配そうに見ている。


「ごめん、驚かすつもりはなかったんだ」

「い、いえ。大丈夫です。先輩はどうしてここに」

「本を借りにさ。古い小説が好きでね。今の粗製乱造される作品と違って、とてもいい刺激になるんだ。部活動の参考にもなる」

「フィクションがドキュメンタリー作りの参考になんてなるんですか?」

「前にも言ったけど、ドキュメンタリーなんて、真実を編集してできた虚構だよ。あっ、今のは道士郎には黙っててくれよ。あいつはドキュメンタリーも報道。真実を伝えるための道具だって主張だから」


 それと、と前置きして、雨宮部長はぼくの背後にある本棚に手を伸ばしながら続けた。 


「昼間、その道士郎たちが迷惑をかけたみたいだね。一言謝りたくて、図書室にはいったきみを追いかけたというのもある」

「ああ、その事でしたか」

「きっと大変だったろう。道士郎を毛嫌いしている野球部と我が校の英雄二人がいっしょにいるとリークされたんだから、かなり迷惑だったはずだ。うん。間違いない」

「いえ、そんなこと――」


 ぼくは雨宮先輩が目当ての小説を手に意地悪く笑っているの見て、気が付いた。


「雨宮先輩。あのとき助けてくれたんですね。ぼくと靖菜が絡まれているところ見かけて、連坊先輩を呼んで、彼らを遠ざけてくれた」

「面白い推理だ探偵さん。きっと小説家にでもなれるだろう」


 雨宮先輩が棚から探偵小説を出しながら言うから、ぼくは笑ってしまった。雨宮先輩も釣られて笑う。


「ああ、もう。どうお礼を言えばいいか」

「気にしないで。僕たちは取材をしただけだから」

「先輩。かっこよすぎて、ぼくが女子だったら惚れて抱きついてますよ」

「あはは、僕は今でもウェルカムだよ!」


 突然、雨宮先輩の細い腕がぼくに回された。びっくりしたが、あくまでも男同士の友愛のハグだと分かってぼくも軽く背を叩いて返した。

 パッと雨宮先輩が離れると、彼は申し訳なさそうな顔をしながらスマホを取り出した。


「まぁ、きみにまた取材がしたいという下心もあるんだ。今作っている萩野先生のドキュメンタリーに、今回の赤ちゃん救出についても映像に入れようって、道士郎がうるさいんだよ」


 教師が亡くなったことが主軸のドキュメンタリーにぼくたちの話なんて入れたら、主題が逸れて内容が変になりそうだ。とはいえ、助けてもらった人への恩義は返したい。


「いいですよ。撮ってもらえるのは余所行きの笑顔っていう『虚構』になりますけど」

「きみは冗談が分かっていいや。放送部に来て欲しいよ」


 スマホよカメラを向けて「じゃあはじめるよ」と雨宮先輩が言うと、ぼくは可能な限り人の良さそうな笑みを浮かべる努力をした。雨宮先輩は指でカウントダウンをはじめ、ゼロで質問を始める。


「まずは称賛の言葉を贈らせて欲しい。きみは学校の誇りだよ」

「とんでもありません。自分一人だけじゃ、あの時赤ちゃんは助けられなかったと思います」

「旭 靖菜さんの存在が大きいと?」

「ええ、そうですね」


 靖菜がいなければ赤ちゃんは助けられなかったので間違いではない。でも質問の内容が誤解を生みそうに聞こえるのはぼくだけだろうか。ちょっと照れくさいぞ。


「じゃあ、その靖菜さんに一言お願いします」


 なんかインタビューというよりは親しい人へのビデオレターみたいになってません? ツッコミたかったが、一応助けてくれた人のお願いだ。ぼくは日の光の眩しさを少しでも軽減しようと、目を細めながら答える。


「あーえっと……信頼してくれてありがとう。あと、これからもよろしく」

「カット! すごくいいね!」

「先輩、これ本当にドキュメンタリーに使えるんですか?」

「もちろん! 滅茶苦茶画になってた。最高だよ!」


 ぼくとしては映像の出来は疑わしくあるのだが、またもや雨宮先輩がハグをかましてきて、彼に喜んでもらえたことだけは確信できた。だけど、そろそろ靖菜と史音がきてもおかしくない。この状況はちょっと変な誤解を生む。


「先輩、ちょっと離れていただけると……」

「ああ、ごめんよ。良い映像ができて舞い上がっちゃったよ」


 雨宮先輩は手元のスマホを確認して、何度か頷くと、ぼくに屈託のない笑みを見せてくれた。


「ともかくありがとう。編集した映像も今度見せるよ」

「ええ、ドキュメンタリー作り頑張ってください」


 雨宮先輩はぼくに手を振ると、ようやくやってきた図書委員の生徒と本の貸し出しのやり取りをして図書室をあとにした。


 軽やかな足取りの雨宮先輩の背を見て、ぼくはこう思わざるを得ない。放送部では彼は大人しいタイプの人だとは思う。だけど、


「雨宮先輩も大概変な人だな」


 と。

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