第16話 殺意


 昼休み後。ぼくは靖菜と別れ、自分の教室に戻った。席に座ったぼくの背後から、からかうような男子の声がかけられる。


「七北田。例のロリ巨乳の彼女との学食デート。うまくいったか?」


 黒髪をツーブロックにした男子、仁科にしな 須直すなおがぼくにニヤリと笑いかける。学食のおすすめメニューを教えてくれたのも、全校集会の部活紹介中に愛宕先輩の情報を教えてくれたのも彼だった。不良っぽい見た目をしていて誤解されやすいが、人懐っこくて話しやすい奴だ。入学当初の席はあいうえお順で席が近いこともあって、ぼくはクラスの同性ではこいつと一番よく話していた。


「彼女じゃないよ。でも助かった」

「どういたしまして。お礼は帰りにアイスでいい」

「しばらく、ぼくといるのはやめた方がいいぞ」

「なんでだよ」


 授業開始のベルはなっていたが、先生はまだ来ていない。ぼくは少し騒がしい教室で、昼休みの愛宕先輩との一件を仁科に話した。


「うわぁ、やっちまったなお前」


 仁科は額を抑えながらぼくを憐れむように見る。


「彼女じゃないなら、お前の口出しすることじゃないだろ」

「彼女じゃなくても、友だちが嫌な目にあってたら助けるのが普通だろ」

「それはそうなんだが……愛宕先輩、結構黒いうわさがあんだよ」


 須直はぼくの方へ体を乗り出し、声を抑えて言う。


「愛宕先輩、野球部内とかでもヤバイらしくてさ。気に入らない1年を裸にひん剥いてグラウンドに放置したり、生意気なやつとかには他の下級生に根性焼きとかさせたりしたらしいぜ」

「結構、どころか普通に真っ黒な傷害事件じゃないか。誰も何も言わないのか」

「この少子化の時代にそんな不祥事、表に出せねぇよ。悪い噂があったら入学希望者が減るから、学校も全力でもみ消すに決まってる」


 須直は空の教卓を見やる。


「しごきに耐えかねて、萩野先生に相談したやつがいたって噂も聞いたことがある。誰かまでは分かんないけど」

「萩野先生が? 萩野先生は野球部の顧問じゃなかっただろ?」

「ああ。でも、萩野先生話しやすそうだったろ。だから、相談したんじゃねぇかって」


 仁科の情報とぼくの中の情報が線で繋がっていく。

 

 いじめをしている性格破綻者がいる。そいつは学校に甘やかされて今まで傍若無人に振舞っていたけど、ある日、若い教師が自分の悪行を聞いたと知ったら? 他の教師と違って、自分の存在を脅かす脅威として捉えるかもしれない。その教師を排除するため、殺人を犯した……というのは短絡的かもしれないが、ないとは言い切れない。

 愛宕先輩は体格もいい。成人しているとはいえ、女性である萩野先生をどうにかするのは訳はないだろう。それに、史音が力説していた『フェイスマン犯人説』にも説得力が帯びる。スポーツ特待で入学したのに、結果を残せないフラストレーションを顔を隠して、街にいる充実してそうな若者へ向けた、というのも自然な気がする。


 だとしたら状況はかなりまずい。


 愛宕先輩は露骨にぼくと靖菜に接触してきた。『あらすじ』でぼくたちを見ていたのは彼で、殺すためぼくたちの隙を探ろうとしている段階に入った可能性がある。

 結局先延ばしにしてしまった『あらすじ』の件を話すだけじゃなく、具体的な対策を打つ必要がある。すぐにでも靖菜にこのことを話さなければ。放課後に彼女にまた声をかけよう。そう考えこんでいたら、ぼくは須直の声が聞こえなくなっていた。


「おーい。もどってこーい」

「あ、ごめん」

「なあ、ほんとうに大丈夫か?」

「自分がいじめの対象になるかもって思ったら怖くてしょうがないよ。平気じゃいられないだろ」

「いや、そうじゃないだろ。なんか怒ってるというか、バチギレっていうか」


 須直は気味の悪いものでもみたように顔を歪めていた。


「お前、いますっげぇ怖い顔してたぞ。人でも殺すんじゃないかってくらいの」 

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