第18話 ドラマティックディフュージョン


 雨宮先輩と別れたあと、靖菜と史音が図書室に来た。そのまま図書室で同盟の会議を始めるのかと思ったが、史音の強い希望で彼女が前に行きたがっていたハンバーガーショップで会議は行われる運びとなった。

 ハンバーガーショップとは言ったが、店はアメリカにありそうなバーのような、というかバーそのものだった。暗めの店内にカウンター。ネオンが赤と緑の稲妻を光らせている。店は18時以降はバーとして、それ以前は未成年も入れるダイナーとして営業しているらしい。店の売りもハンバーガーはもちろんのこと、ノンアルコールで作ってもらえるカクテルにもあるようで、史音も見た目が綺麗な飲み物目当てで行きたかったらしい。


 だが史音は店に来てからと言うもの、ずっと不機嫌そうだ。テーブル席に並んで座ったぼくと靖菜は、彼女の仏頂面を見せつけられている。何が面白くないのか、史音はぼくと靖菜にこう言う。


「ふたりってさ、付き合ってる感じ?」

「「いや、つきあってないけど」」

「はぁぁぁぁぁぁ」


 魂が抜けだしてしまいそうな大きいため息を史音につかれ、ぼくと靖菜は顔を見合わせた。確かに席は隣に座っているが、店内に入った流れでこうなっただけだ。フライドポテトも一皿分をシェアして食べているが、これも互いに満腹になって夕飯が食べられなくなるのを避けるためで他意はない。というかフライドポテトくらいは友達ならシェアするだろ。ぼくも異性とは初めてだけど。


「まぁいいや。ふたりが仲良くなってくれたなら、同盟の発起人として文句なしかな」


 史音は感慨深く何度も頷いてから、彼女の魅力である大きく輝く瞳を靖菜に向けた。


「で、靖菜ちゃん。お話ってなに?」

「うん。二人にというか、史音に知っておいてほしい『次回予告』を視た。話しておこうと思って」

「実はぼくもなんだ。気になる『あらすじ』がある。ぼくのは靖菜に伝えたほうが良い内容だけど」

「私に?」

「おっと二人とも、お待ちなすって!」


 史音が両手のひらを突き出して遮った。


「ふたりが自分の能力で視たものを共有してくれるのは嬉しいんだけど、言葉だけじゃ分かりにくいでしょ?」

「私はそう思わないけど」

「ぼくも」

「シャラップリア充ども! そこで天才史音ちゃんは考えました。二人が学校の英雄として忙しくてあたしのことなんか忘れてる頃に! えんえんえーん」

「「忘れてはないから」」


 史音はぼくらをひと睨みしたあと、スマホの画面をぼくらに突きつけた。画面には文字を入力するであろうボックスと『生成』というボタン。そして、


「「ドラマティックディフュージョン?」」


 というロゴが表示されている。


「そ! 動画生成AIだよ! ストーリーを書けば、自動的に動画を作ってくれるの! ちょっと前のAIみたいに、指が増えたり、気持ち悪い映像ができない凄いやつ。これで映画とか、ドラマも作ったりしてる人もいるの。実績あるAIだよ!」


 今度は靖菜が渋い顔をする。ぼくも同じ顔になってしまっているはずだ。学習データになった作品や、製作者に対してリスペクトが感じられない生成AI技術は、ぼくたちのような何かを作る。もしくは作りたいと考えている人間から見ればあまり良い気はしない。全否定はしないけど、自分で使う気はさらさら起きない。それに、


「私の言いたいこと、普通に言えば3秒くらいで伝わるんだけど」


 いちいち動画にするのは、普通に時間がかかる。ぼくのはちょっと込み入った説明が必要だが、それでも生成AIを使うよりは速いはずだ。だけど、史音は譲らなかった。


「うおらぁ! いいから使えバカップル! 二人がいなくて私がどれだけ寂しかったか! 私たちの顔とかはAIが出せるようにしたし、URLはチャットに貼ったから手を動かせぃ!」


 勝手に人の顔を学習させるな! と言っても後の祭りなので黙る。代わりにどうする? とぼくは靖菜に肩を竦めてみせる。靖菜は諦めたように首を振って、大人しくテキストボックスを埋め始めた。彼女がやるなら、仕方ない。付き合うまでだ。ぼくと靖菜が作業中、靖菜は店員や客から見えないように、能力で小さく光を発生させ、背の高いネイビーバーガーと食欲が減退しそうな青色のドリンクを綺麗に撮ろうとしている。いい気なもんだ。


 とはいえ困った。ぼくの視た『あらすじ』をばか正直に入力したら、我が家庭の嫌なところや、靖菜がぼくに罵倒されて泣いてしまっているところも生成されてしまう。それは誰も、というかぼくが望まない。とりあえず、同盟にとって重要そうな例の怪しげな人物が映っていたシーンを作ってみる。動画はあっという間にそれなりのクオリティのものができあがった。テストで再生するが、ぼくが視た内容と遜色ない。


「ぼくはできた」

「私はもうちょっとかかるかも」

「じゃあ千昭くんから見せて見せて!」


 ぼくは二人にスマホの画面を二人に見えるよう向け、動画を再生させた。そして終わったあと、


「は、犯人やんけ~~~!!!」


 史音が叫んだ。思わず耳を塞いだし、他の客がぼくたちを不審な目で見てないか、見渡すことになった。とりあえず大丈夫そうなので、ぼくは生成物への言い訳を始めることにした。


「まだ犯人と決まったわけじゃないよ。ただぼくたちの映った報道を見た、グロ画像を見て楽しむような、変人気取りのしょうもないやつを見たってだけかもしれないし」

「いやいやいや! 明らかに怪しいでしょ! 危険人物でしょ! ふたりを狙ってるでしょ! 殺意の有無はともかくとして! もっと警戒してよ! 自分だけじゃなく、靖菜ちゃんが殺されちゃうかもしれないんだよ!」


 史音の言う通りだ。人助けをしていい気になり、なにかと言い訳をつけて目の前の楽しみに没頭したのは、他の誰でもないぼく自身だ。危機感が無いと思われてもしょうがない。


「ごめん。早めに言うべきだった」


 ぼくは靖菜に対して頭を下げた。だが靖菜はぼくをねめつけるわけでもなく、穏やかなに目を細めてぼくに向けて言った。


「気にしないで。きっと私が不安にならないようにタイミング考えてくれたんでしょ」

「それは……それも、あるけど」

「なら私は良い。でも今度、視たもので言うか悩んだときはすぐに言って。千昭の言うことなら私、受け止める」

「……うん」


 彼女は天使か? 懐が深すぎやしないか? 中学時代に彼女を傷つけた連中全員をひっぱたいてやりたくなってきた。代わりに史音がバンバンとテーブルを叩いたが。


「ごらぁそこぉ! いちゃいちゃすんなぁ! そして千昭くんはあたしにも謝りなさーい!」

「あーごめん」

「靖菜ちゃんに比べて適当だぁ!」

「史音うるさい。私のもできたから見て」


 スマホの画面を突き出した靖菜は少し苛立たしげに見えた。ぼくが悪いのだから喧嘩しないでくれ。と思ったが、女性同士の諍いに男が首を突っ込んでもろくな結果にならないことは姉と母の親子喧嘩の間に立って嫌と言うほど学んだので言及しない。

 ぼくは口をへの字に曲げる史音と共に、靖菜のスマホを覗き込む。


 ◆


 画面には白い文字で次回予告というテロップが左上に表示されていた。


 映されているのは、どこかの通路のようだった。とても暗いが窓が無いのか、夜だからなのかは映像では判断できない。ただ、非常口のピクトグラムだけが煌々と輝き、そこから放たれた緑の光の下に『それ』は立ち現れた。


 黒いブーツ。同じく黒の上下の戦闘服。腰から下には足さばきを隠すためであろう黒いマント。関節や肩を守る黒いプロテクターと、黒鉄で出来た籠手ブレーサー。そして漆黒の軍用ボディアーマー。『それ』は全身が黒で構成されていた。『それ』のある一点を除いて。


『それ』には顔が無かった。鏡のように全面が塗装されたフルフェイスヘルメットを着けた『それ』はのっぺらぼうか、スレンダーマンのような怪物に見えた。


 フェイスマン


 この街を恐怖に陥れた怪物が、音もなく歩いている。


 フェイスマンはベルトに括りつけた特殊警棒を手に取ると、音を立てないよう引き延ばす。そして彼の前方に見える、白い小さな明かりに向け迷いなく進む。


 その光はジャージ姿の少女の手元から発せられていた。フェイスマンからは少女の背中と後頭部が見える。気配に気が付いたのか、少女が振り向いたときにはフェイスマンは少女のすぐ後ろに立っていた。


 フェイスマンの銀色の顔に、光と少女の顔が反射し映る。


 驚愕の表情を浮かべる、史音の顔が

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