第19話 素敵じゃないか
映像が終わった後、史音は表情筋をぴくつかせながら、歪に笑って靖菜に問う。
「えっ……と。靖菜ちゃん、今のは何かな?」
「お望み通り動画で作った、私が視た『次回予告』だけど」
「もしかして、さっき怒鳴ったの怒ってる? ご、ごめんね、二人が仲いいのはいいことだと思ってるよ? 本当だよ?」
「怒ってない」
「あっ誤解させちゃったかな。私たちの顔写真は学習させたけど、無理に使う必要はなかったんだよ?」
「違う。必要だから使った」
「も、もう。美少女がフェイスマンに襲われるなら、そのまま『美少女が襲われる』だけ書けばいいんだよ靖菜ちゃん。最近のAIは高性能だから、それでちゃんと映像が――」
「史音はフェイスマンに襲われる。そういう未来が視えた」
ぼくらのテーブルに静寂が訪れる。店内のほかの客の楽しそうな笑い声と、古い洋楽がぼくらの周囲を包み、そして、
「なんでぇぇぇぇぇぇ!?」
史音の絶叫がそれを引き裂いた。ぼく、そして靖菜も史音を諫めようとはしなかった。きっとなにを言っても、もう取り乱し続けるだろうから。靖菜はフライドポテトをつまんで、ぼくは店内BGMをスマホで検索する。ビーチボーイの『素敵じゃないか』という曲らしい。気に入ったので今度ダウンロードしておこう。史音はぼくらを、特に靖菜を恨めしそうに睨み、泣きながら言う。
「ヴァァァ! なんでもっと早くに言ってくれないのぉ!?」
「今朝視た未来だからだけど」
「なら朝一で言ってよぅ!」
「言ったらそういう風に取り乱すでしょ。千昭も私が靖菜みたいになるかもって心配したんだよ。不安にさせるだけかもって」
「いつ言われたって不安極まりないよぉ! というか、これどこなの?! ってかいつなんどき?!」
「分かんない。初めて会ったとき千昭も言ってたでしょ。私たちの能力はそんなに便利じゃないって。明日かもしれないし、一年後かも」
「アバウトすぎるよぉ!」
「まぁまぁ、落ち着こうよ」
「千昭くんは自分が殺されるとこを見てないからそんなことが言えるんだぁぁぁ!」
「いや、ぼくも驚いてはいるよ」
そう驚いてる。だから呑気に音楽アプリなんかを開いて、現実逃避をしてしまった。史音は叫び疲れたのかテーブルに突っ伏しながらぼそぼそと言った。
「矛盾してるよ……フェイスマンは萩野先生の次に千昭くんと靖菜ちゃんを狙ってるんじゃないの……?」
「そうとも言えないよ。ぼくが視た不審者と、靖菜が視たフェイスマンは別人かもしれない。それなら狙ってる人間が違っても不思議じゃない」
「あと、不審者とフェイスマンが萩野先生殺しとも限らないんじゃない?」
靖菜の一言で史音は再び大きく泣き出した。
「人を吊るすようなヤツが同じ街にそう何人もいてたまるかぁぁぁ! うわぁぁぁん!」
それはそうだ。ここは仙台でゴッサムシティとかではないはずだ。
「そもそも、なんであたしが狙われるのぉ……」
そう。同じ疑問をぼくも抱いた。フェイスマンが史音を狙う理由が分からない。無理やり理由付けをするなら、ふたつ思いつく。
ひとつめは史音がぼくたちと一緒にいたから。
不審者とフェイスマンが同一人物だったとする。こいつが萩野先生殺しかはひとまずおいてく。少なくとも不審者改めフェイスマンはぼくと靖菜に危害を加えようと決めた。だけど一緒に活動している史音に気づき、彼女をもしくは僕たち三人を狙うことにしたという筋書きだ、
でも、報道には史音は映っていなかった。それに史音が言っていた通りここ一週間、ぼくと靖菜は史音とほとんど話せていなかった。そんな状況でぼくや靖菜と史音を関連付けて襲うかと思うと疑問が残る。
ふたつめは彼女がドラマフリー能力者だから。
これは不審者とフェイスマンが同一人物でも、別人でも成立する。不審者兼フェイスマン、もしくはフェイスマンは以前に史音が推理した通り、ドラマフリー能力者。そうでなくともドラマフリー能力の存在を知っていた。そして理由は不明だが、フェイスマンはドラマフリー能力者狩りしているのだ。街で襲われた関係性のない若者たちも、そして萩野先生も実はドラマフリー能力者でフェイスマンに襲われた。
ぼくと靖菜は示し合わせたように、赤ん坊を助けたところを。史音は今みたいに自撮りなどで能力をうかつに使っていたところをフェイスマンに見られ狙われてしまった。
それっぽい推理になったが、それでも違和感がある。
ぼくたち以前の事件の時、果たしてドラマフリー能力者をどうやって探し出したのか。地方都市とはいえ仙台の人口は100万人ちょっと。特定の属性を持つ人だけを探すには人が多すぎる。『能力者を探す能力』とかをフェイスマンが持っていたら話は別だが、なんだか都合が良すぎる気がする。
萩野先生殺しとそれ以前の暴行事件で被害の差が出ていることもひっかかる。見たものへ理由付けをしようとして、無駄に複雑な状況を思い描いてしまっている。史音の嗚咽もぼくの思考をかき乱すのに一役買っていた。
「ふたりともぉ! 助けてよぉ! ふたりの能力でフェイスマンの居場所とか、犯人とか、事件の真相とか視て犯人やっつけてよぉ!」
ぼくは靖菜を横目で見る。彼女は困り顔で、未来に恐怖する史音にかける言葉に迷っているようだ。
色んな疑問はあるけれど、史音がフェイスマンに狙われていて、かなり危険な状況に陥ることは確かだ、こうなった以上、可能な限り対策を立てるほかない。ぼくは一番簡単にできそうなものを提案してみる。
「とりあえず、しばらく学校を休んで、家にこもってみるとか」
「家族にどういえばいいの?! フェイスマンに狙われてるから部屋から出ませんなんておかしくなったと思われるよぉ!」
靖菜の表情が険しくなった。『おかしくなった』という部分で嫌な過去を想起させたのだろう。かといってこの状況からどうフォローしたらいいか皆目見当もつかないが。
「ねぇー! ふたりとも一緒にいてよぅ! 三人いればなんとかなるかもだよぉ!?」
「それは無理でしょ。私だって、一人暮らししてるわけじゃないし」
ぼくも同じだ。そしてぼくも靖菜もシークレットサービスではない。一緒にいたところで、力になれるかと言ったら微妙だ。
代わりにぼくは場を収めるため、自分の秘密をひとつ打ち明けることにした。できれば言いたくなかったが。
「裏技を使おう」
「裏技?」
涙目の史音にぼくは頷く。
「ぼくの能力は視るものを選べない。でも方向性を絞り込むことはできる」
「どうやってぇ?」
「目覚めたときの状況で。ぼくが起きた時に近くにいた人の過去とか、目覚めた場所で起きたこととかは『あらすじ』を視やすくなるんだ」
だからこそ、姉の目を背けたくなる過去をぼくは毎日見続ける破目になっているのだけど。
「だから学校の、萩野先生が吊られた1-Cのベランダとか教室で目を覚ませば、犯人の、史音を狙うフェイスマンの情報が手に入るかも」
かなり苦しい論であるのは分かっている。確実に殺人事件に関連した『あらすじ』が見られるわけじゃない。視えたとしても、萩野先生殺しの犯人とフェイスマンが同一人物でなければ意味はない。そして同一人物であったとしても、街で暴虐の限りを尽くしたフェイスマンを止める手立てがぼくたちにはない。
でも、どう行動するにしてもぼくらには情報が少なすぎるし、今のぼくにはこんな案しか思い浮かばなかった。それでも史音の声揺らぎが少し収まったのを聞くに、彼女は幾ばくかの希望を取り戻したようだった。
「よし、じゃあ千昭くん。明日は授業中、しっかり居眠りしてね。今日は夜寝ちゃだめだよ」
「いや、それじゃダメなんだ。ぼくの能力は朝目覚めた時じゃないと発動しない。それに目覚める前に最低3時間は眠る必要もある」
「言っとくけど、私も似たようなものだからね」
「じゃあ、どうすれば……」
史音の顔がみるみる青くなっていく。これからぼくか、靖菜が言うであろう内容を察したのだろう。ぼくは靖菜に頷いて見せ、史音の予感を確かなものにするための役目を負った。
「夜の学校に忍び込んで、一晩泊まる。史音にも手伝ってもらうよ」
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