第20話 視線


 ぼくの提案のあと、同盟一行は仙台駅前のビルの中にある、黄色い看板のディスカウントショップまで足を運んだ。勤め人の帰宅時間ということもあり、店内は人であふれ、物や手書きのポップが所せましと置いてある店の中は身動きがとりづらい。でも、ぼくたちのいる防犯グッズコーナーは別で、店の特徴的なテーマソングと史音の騒がしい声がよく響いた。


 学校へ忍び込むのは三日後、金曜の夜に決まった。金曜日に定めた理由は翌日の人の出入りにある。

 当日は深夜に潜入し、学校に人が来る夜明け前に撤収をする計画だ。だが、こういった不法行為にトラブルはつきものだ。少なくとも海外の犯罪ドラマとかはそうだった。現在、部活動が軒並み停止されているため、土曜朝は人と出くわすリスクがかなり減る。放送部や因縁のある野球部は休日の部活動として登校するだろうが、彼らの部室やグラウンドはぼくらの教室からは十分離れている。万が一、学校からの脱出が遅れても、対応できなくはないというぼくの案に、靖菜からは異議はなかった。


 だが史音は、


「あと三日もある! その間に襲われるかもしれない!」


 と、主張した。彼女の心情に寄り添えば、納得のいく意見だ。そのため、ひとまず史音の当座の安全を確保するために、彼女が携帯する防犯グッズを買いにディスカウントショップに来たのだ。

 史音は防犯グッズのコーナーをいったりきたりしながら、


「催涙スプレーっていっぱい種類ある! どれが一番いいのぉ?!」

「あっ、このわっかみたいなのがついた槍、欲しい! えっ2万5千円?! 高っか!」

「ヘルメット、あったほうがいいよね?! フェイスマン、警棒持ってたもんね?!」

「防犯ブザー試せる! ぎゃー! うっさい!」


 とあわただしく、使えそうな、そして自分で買えそうなものを片っ端からかごに入れていた。ぼくと靖菜はその様子を他人のフリをしながら見守った。

 命を狙われていると知った史音には同情と憐れみを感じざるを得ない。だけど――


「悩んでるでしょ」


 靖菜の声ではっとする。彼女は出来の悪い子供を諭すようにぼくを見ていた。


「千昭。『悩んだら』?」

「『話す』。正直に言えば、どんなに準備をしても、ぼくらがフェイスマンに勝つのは難しいと思う」


 史音には聞かせられない酷な話だ。靖菜は「受け止める」という言葉通りに落ち着いているけど。


「どうしてそう思うの? 私と史音じゃ役には立てないとは思う。けど千昭は剣道やってたんでしょ? 経験はあるし、フェイスマンの持ってた武器は警棒だったじゃん。竹刀とか木刀の方がリーチはあるし、有利に戦えると思うんだけど」


 ぼくはしっかりを首を横に振って見せた。


「フェイスマンは何人も人を襲ってる。でも誰にも負けず、警察にも捕まらずにいるんだ。フェイスマンが個人にしろ、仮面を共有した集団にしろ、学生剣道経験者と比べるにはあまりにも力量に差があり過ぎる。もちろんぼくが下って意味でね」


 きっと、抵抗した被害者もいたはずだ。だがフェイスマンに一矢報いたという報道や噂話は聞いたことが無い。正面から挑めば、ぼくは一瞬で打ち倒されるだろう。


「それに、警棒術には長物への対処の技もあるって聞いたことがある。得物の差も相手の技量次第では容易に覆される。史音がさすまたを担いだ程度じゃ、どうにもならない」

「じゃあ、三人で戦えばどうかな」

「ぼくたちで同時に戦うってこと?」

「うん。流石のフェイスマンだって、三人に襲われたらどうしようもないでしょ。警棒で二人は叩けないし、背中に目があるわけじゃない」


 靖菜はぼくのブレザーの袖を掴むと、ぼくを鍵のかかったガラスケースの前までひっぱった。ケースの中には自由に手が伸ばせる棚と違い、少し危険な『護身グッズ』が並ぶ。スタンガン。メリケンサックにナイフ。そしてフェイスマンが持っているような警棒もあった。


「商品券、まだ使ってないからスタンガンとか買えるよ。千昭を刺そうとしたときに使ったナイフと合わせれば、戦力にはなれるかも。どうかな」


 靖菜はぼくの方へ身を寄せて問う。彼女の肩がぼくの腕に押し付けられる。女の子の華奢な体の感触に、胸の奥でこそばゆい感覚が励起したが、それ以上に別の気持ちがぼくを支配した。


 靖菜に武器をもってほしくない。戦ってほしくない。


 商品券は靖菜が勇気を出したからもらったもので、こんなことじゃなくて靖菜のためになることに使って欲しい。それにぼくに見せてくれた、絵を描いたら見せると約束した時の優しい笑み。あの笑顔が傷つくことに、きっとぼくは耐えられない。


「でも、体格の小さい私は二人の支援に徹したほうが……千昭、聞いてる?」


 だから怪訝そうに、ぼくを見る靖菜へ宣言する。彼女が戦わなくていいように。


「靖菜。ぼくが靖菜を――」

「ヴァァァ! ふたりともまたいちゃいちゃしてるぅぅぅ!」


 ぼくが勇気を出して言おうとした言葉は、ぼくらの間に割り込んだ史音のかくベソでかき消された。


「ひっ、ひとが怖い思いをしてるのに! 見せつけてぇ! あたし三日後の学校お泊りの前に死んじゃうかもなんだよぉ! ちゃんと一緒にいて守ってよぉ!」

「私、史音のために武器選んでたんだけど。そんな風に言うなら帰るよ」

「やだぁぁぁ! 帰らないでぇぇぇ!」


 史音が靖菜の腰に抱き着いて必死に引き留める。やれやれ、とぼくは頭を振り、この場から靖菜を遠ざける方法を考えようと考えを巡らせた時、


「っ?!」


 ぼくが突然振り向いたから、靖菜と史音も口喧嘩を止めた。


「どうしたの、千昭」

「もしかして、フェイスマン?! やぁぁぁ! 死にたくないぃ!」

「いや……なんでもない。ぼくもちょっと過敏になってるかも」

「脅かさないでよぉ!」

「史音、いい加減離して。ジャケットに鼻水つくの嫌なんだけど」

「うぇぇぇん! 私より服が大切かぁ! この薄情者ぉ!」


 二人がまた言い争いを始める。ぼくは苦笑いを浮かべて、ガラスケースに飾ってあったナイフを見た。そう気のせいだ。目の前にあるナイフが、ぼくたちの後方の棚を鏡のように写している。


 さっきはこの中に、棚の影からぼくたちを監視するように見ていた人影が見えたが、きっとポップを見間違えたのだ。ナイフの中の鏡写しの世界を見ながら、ぼくはそう自分に言い聞かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る