第21話 潜入


 結局、金曜日までの三日間、ぼくと靖菜は学校にいる間は授業中以外、怯える史音のそばにいることになった。

 最初は何かというとギャン泣きする史音に辟易していたが、彼女がうるさいおかげか、放送部も愛宕先輩たちもぼくたちに近づくことはなかった。今では史音がぼくたちの守護聖人に見えると言ったら大げさか。


 そしてぼくたちは学校潜入の準備を急ピッチで進めた。靖菜にいたっては、対フェイスマン戦の作戦も立案してくれた。フェイスマンの装備や外見については報道も少なく、公開されている映像も不鮮明なものばかりだ。でも靖菜の視た詳細なフェイスマンの情報は、ぼくたちにかなりの戦略的アドバンテージをももたらした。ぼくが聞く限りでは、作戦内容も靖菜や史音に及ぶ危険が少なく感じられたため、万が一これからフェイスマン、もしくは不審者や萩野先生殺しの犯人に遭遇した時の行動予定として同盟に採用された。


 そして、ぼくたちは金曜日の深夜11時、各々「友達の家に泊まる」と嘘をつき、集まった。


 ◆


 あくまで東北の地方都市にすぎない仙台は深夜11時にもなると駅前も、アーケードも、飲み屋街すらも人通りがまばらになる。それはぼくたちの高校の付近も同じで、ぼくたち同盟は通行人に咎められることもなく、学校の裏手にある金網の剥がれたところから難なく敷地に侵入できた。ぼくは可能な限り明るさを抑えたスマホで他二人を照らす。全員動きやすいように、ぼくと靖菜は普段着、史音は学校指定のジャージに、フェイスマン対策に防災ヘルメットを被り、スポーツバッグを肩から下げている。ぼくは背負ったリュックと、万が一のためにと持ってきた竹刀の入った袋を担ぎ直し言った。


「じゃあ行こう。史音。校舎に辿り着くまで手筈通りに」

「ら、らじゃ!」


 史音が顔を強張らせながら敬礼した。靖菜は励ますように史音の肩を叩く。ぼくも史音をこれ以上緊張させないよう、笑顔で、ゆるい敬礼を返す。そしてぼくら三人は校舎へ向け、姿勢を低く進軍を開始した。


 ぼくは手元のスマホのメモを確認しながら指を差す。そこには事件を受けて学校が設置した監視カメラがあった。潜入のため、校舎へのルート上にあるカメラをぼくたちは把握していた。


「2時方向、カメラ一台」

「ドラマフリー!」


 ぼくの号令のあとすぐ、史音がカメラのある方向へ拳を突き出す。すると、カメラのレンズの前にミニサイズの光が現れた。光はぼくたちがカメラの画角から外れると、ふっと消えてなくなった。光を利用した簡易的な目隠しだ。レーザーポインターでも似たことはできなくはないが、


「1時方向、カメラ1台」

「ドラマフリー!」

「壁面、カメラ2台」

「ドラマフリッ!」

「まがってすぐ、カメラ。気を付けて」

「ドラマフRYYYY!」


 如何せん設置されたカメラの数が多すぎる。レーザーポインターでちまちま隠していたら時間がかかるし、手も足りない。好きな場所に光を複数固定でき、オンオフの調整が自由自在な史音の能力はこの状況にうってつけだった。

 そうやってぼくたちは校舎へ接近できた。ぼくは校舎一階のある窓に手をつき、何度も強くゆする。しばらくして、カチャン、という音が鳴るとガラス窓はなんなくスライドした。


「こんなところでごめん」

「気にしないで」

「あたし、ちょっと入ってみたかったんだよね。どうなってるか見たことないし」


 ぼくは苦笑いしながら手を組み、それを足掛かりに靖菜と史音の二人を校舎へ入れる。二人の後、荷物を史音に受け取ってもらい、ぼくも中へ入った。

 ぼくたちが降り立ったのは校舎1階の男子トイレだった。校舎への侵入口確保が今回の作戦の最大の障害だった。校舎のガラスを破れば、恐らく警報装置が作動してしまう。鍵をあらかじめ開けておいても、見回りの先生が施錠をしてから退勤するので意味はない。

 だが我が悪友、仁科から1階男子トイレの窓の鍵が老朽化していること。揺らしただけで開錠が可能だという噂を聞いて、問題は解決した。


「へぇ、こんな風になってるんだ……」

「「ほら、行くよ」」


 小便器を興味深そうに見る史音をぼくと靖菜は引っ張っていく。ひとっこひとりいない深夜の学校の廊下は覚悟していけど、かなり不気味で、ぼくらはこの地獄への入り口にも思える暗闇の前で思わず唾を呑んだ。


「ひぃぃぃ、怖いよぉ。靖菜ちゃん。手ぇ繋いでぇ」

「良いけど……うっわ、手汗すごいんだけど」

「だってぇ……」


 ぼくも怖くて誰かの手を借りたかったが、男のプライドがそれを許さなかった。ぼくたちは1-Cの教室を目指し階段を上り、そして教室の前に辿り着いた。


「靖菜、頼む」

「任せて」


 靖菜はリュックから小さなハードケースを取り出す。そこからは厳重に梱包された教室の鍵、正確には複製した鍵が出てきた。靖菜は鍵を感触を確かめるように鍵穴に差し込む。

 この偽造鍵はぼくがクラスの親しくないやつの日直を代わる、という代償で作られたものだ。日直の仕事で職員室に入ったとき、クラスの鍵を拝借して型をとった。その型を元に、アクセサリー作りでレジンを扱ったことがある靖菜に合鍵を作ってもらったのだ。


「靖菜ちゃん、はやくぅ」

「集中させて。補強はしてあるけどそんなに強度はないから、慎重にやらないと」


 靖菜はぼくが持つスマホの明かりを頼りに、ゆっくりと、少しづつ力を込めて鍵を回し、そして、


 ガチャン


 という音が静かな廊下に響く。靖菜がドアに手をかけると、見慣れた教室の見慣れない夜の風景が見えた。靖菜は大きく息を吐いて言った。


「ちょぉぉぉぉ緊張したぁ」

「ありがとう、靖菜」

「靖菜ちゃんすごい!」


 潜入だというのに、史音は手を叩き合わせて称賛を贈った。同盟による学校潜入は大成功だ。


 でも喜ぶのはまだ早い。本番はこれからなのだから。


「じゃあ、二人は1-Aの教室に。決めた通り、4時に起床して撤収で」

「わかった。千昭が起きてなかったら、起こしにいくから」


 靖菜は頷いて応えてくれたが、史音はきょとんとした顔を交互にぼくと靖菜へ向ける。


「え、なんで? みんなで1-Cの教室に泊まるんじゃないの?」


 そういえば史音には時間が無くて――というよりこの三日何を言っても泣き叫ぶばかりで言ってなかった。


「1-Cにはぼく一人で泊まる。二人がいると、視る『あらすじ』に影響がでるかもしれない。近くにいる人にも、能力は影響を受けるから」

「えぇぇ。でも女子だけじゃ不安だよぉ」

「悪かったね。頼りなくて」

「や、靖菜ちゃんが頼りないって言ったわけじゃなくてぇ……」


 それに、年頃の男女が同じ屋根の下で寝るというのもあまりよろしくはない。校舎という大きな屋根の下では一緒だが。

 靖菜は同じく1-Aの開錠もなんなくこなし、ぼくたちは真っ暗な校舎で別行動ならぬ、別睡眠となった。

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