第22話 お泊りと次回予告


 ぼくはリュックサックから取り出したタオルケットにくるまって、窓際で横になる。少しの間は1-Aの教室から女子たちの、主に史音の声が聞こえていたが、やがてそれも聞こえなくなり、ぼくの周囲を不気味な静けさが支配した。ぼくは自分の仕事を果たすべく、何度か寝返りを打って眠りにつくことを試みるが、


「……いや、寝られるわけないって」


 固く埃っぽい床。耳が痛くなるほどの静寂。そして数週間前にこの場に担任の死体があったという状況。これらの条件が揃ってもなお眠れるほど、ぼくの神経は図太くなかった。


「なにしてんだろ、ぼく」


 暗闇の中ひとり、天井をぼんやりと眺めているうちに、自分のやっていることと、これからの不安が自分の中で噴出する。

 今回のお泊りで、目的の萩野先生殺しや史音を襲おうとするフェイスマンに関連する『あらすじ』が視られたとする。そしてその情報をもとに下手人を追い詰めたとして、ぼくたちに何ができるというのだろう?


 警察に逮捕してもらうのが一番なのだが、ぼくたちが犯人を突き出したとして、警察に信じてもらえるかはかなり怪しい。それどころかぼくたちの能力が露呈し、今以上の厄介ごとを抱え込むことになるかもしれない。


 犯人を説得、改心させるという案も頭をよぎったが、絶対に無理だとすぐ頭から追いやった。相手が誰にせよ、ぼくたちが対峙するのは一線を越えた異常者だ。そんな生温い方法じゃなにも解決しない。


 あとできるのは、犯人をぼくたちの手で葬り去るくらいだが――


「できるわけないだろ……」


 勝てるかどうかは別にして、いくら相手が殺人鬼や、街を恐怖に陥れた怪人でも、命を奪う行動にはとてつもない抵抗があった。ぼくの思い違いでなければ、靖菜たちだってそうだろう。


 そうなると、あとできることは一つ。史音に訪れる破滅的な未来を回避しつつ、ぼくと靖菜もこれ以上目立たないよう波風立てず生活をし、犯人が捕まるのを祈りながら暮らす。つまりは『ドラマフリーな生活』に戻ることだ。そもそも、ぼくたち学生が警察の代わりをしようというのが、おこがましい話だったんだ。自分たちの身は守るとしても、それ以上のことをする義務はない。というか、ぼくたちが動くことで事態が現状から悪くなる可能性すらある。じっとしているのが賢明なのだ。


 ……そう、思おうとした。


 でも、できなかった。それでいいのかと頭の中でもう一人の自分が叫んでいる。姉を助けられなかったときのように、また後悔するんじゃないかとぼくを苛む。夜中に自分で自分を罵倒し始めたら終わりだ。もう眠れない。ぼくは自分にうんざりしながら、静寂をやり過ごすために音楽でも聴こうと、ポケットの中のイヤホンを探ろうとして――


「っー!」


 教室のドアが静かにスライドしているのに気づいて、ぼくは飛び起きた。


「ごめん、私」


 廊下には靖菜が自分の荷物とタオルケットを持って立っている。彼女はドアを閉めつつ教室に入ってきた。


「びっくりしたけど、大丈夫。何か問題でもあった?」


 ぼくの問いに靖菜は答えない。彼女はぼくのすぐ近くに腰を下ろすと背を向け、さっきまでのぼくがそうしていたように横になった。寝そべっている靖菜を見下ろしているのも、なぜか悪い気がして、ぼくも背を向けて横になってから言った。


「あのー靖菜さん? なんでここで寝ようとしてるの?」

「……『悩んだら話す』って言ったよね」

「言ってたね」

「自分で言った手前、私も話そうと思って。悩んでたこと」

「受け止めるよ。靖菜がそうしてくれたみたいに」


 靖菜の突飛な行動に合点がいく。きっと、史音の前では話しづらいことなのだ。ここ数日はぼくたちは三人でいた。ふたりきりになれるタイミングを靖菜は待っていたのだろう。


「なんでも話してよ」

「話すっていうより、見てもらいたい、が正しいかも」


 ぼくのスマホが震えた。見ると、靖菜から動画が送られてきている。


「これは?」

「史音に私たちの視たものを作らされたでしょ」

「そうだったね」

「私の『次回予告』。続きがあるの。今送ったのはその続き。ごめん黙ってて」


 会議では隠してたということか。これに関しては、視たもの全部の『あらすじ』を作らなかったぼくは責められない。


「いいよ。打ち明けてくれてありがとう。今見てもいい?」

「……うん」


 ぼくは靖菜の声が震えている理由が分からないまま、画面の再生ボタンを押した。


 ◆


 次回予告、というテロップ。そして4月28日(日)という文字が粗く映されている。


「頼む! やめてくれ!」


 画面の中でぼくが叫んでいる。周囲は暗く、場所は分からないが屋内のようだ。ぼくの視界の先には、怯えた様子の靖菜がいる。靖菜はぼくから逃れるように後ずさりをするが、壁が背中に当たりそれ以上は逃げられない。

 壁の一部はガラス窓になっていて、鏡のようにぼくの姿を映す。


 ガラスに映ったぼくは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら


「千昭。止まって。止まってよ……私の知ってる七北田 千昭はこんなことするような人じゃない……」

「ごめん。ほんとうにごめん!」


 ――手に持ったハンマーを靖菜の頭めがけて振り下ろした。

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