第23話 殺されてもいい


 なんだ、今の。


 思考が止まる。今ぼくは何を見た。


 いや、分かってる。見たものがどういうものかは分かる。だがそれを理解したくない自分がいる。

 史音がしていたように、ぼくも恐る恐る靖菜に確認をとる。確か三日前の次回予告の続きと言っていたけれど――


「靖菜……いつからこの次回予告を見るようになったんだ? 史音が襲われる未来が視えた日と同じか?」

「いつからって……千昭をこの教室で殺しそうになった日の一日前からずっとだよ」


 思い返せば靖菜は一言も未来が変わったとは言ってなかった。彼女の態度の軟化からぼくは都合よく思い違いをしていただけだった。


 じゃあ、なんで。靖菜はぼくといるんだ。だって自分を殺そうとするやつだぞ、ぼくは。それなのになんで……


「なんで、これを見せたんだ」

「なんでだろ。分かんない」


 正気か? 半笑いで語る靖菜にむかっ腹が立ってくる。映像の中のぼくは何か変な気を起こして、靖菜を傷つけているように見える。それなら加害者であるぼくに靖菜の未来の様子が分かるヒントを与えるべきではない。少なくとも、映像ではぼくが靖菜を狙う日付と、彼女の当日の居場所が屋内だという情報がぼくに伝わってしまった。


「靖菜。今すぐ帰れ」

「……嫌だ」

「自分を殺そうとしてるやつが隣にいるんだぞ。なるべくぼくから離れてろ……!」


 なんでこんな未来になってしまっているのかは分からない。でもぼくが彼女を殺す未来が変わっていない以上、ぼくと彼女の接触は断つべきだ。関りが無ければ、危害を加えることもない。子供だって分かることだ。なのに靖菜は、


「絶対に嫌だ」

「なんでだよ、一緒にいない方が絶対に安全だろ」

「それでも嫌だ」

「だから、それがなんでだよって――」


 ぼくはこの分からず屋に強くものを言うため、寝返りを打って彼女の方を向いた。けど、何も言えなくなった。靖菜はすでにぼくの方に向き直っていて、まるで安らいでいるようにぼくを見ているのだ。


「一緒にいたいから」


 靖菜の言葉は変わらない。窓から彼女を照らす青白く淡い光が、月明りか、街の光か分からない。だって、ぼくの視線は彼女に釘付けになっていて、窓の外を見る余裕なんてないから。いつも隠れている方の右目も、前髪のセットが崩れその輝きを見せる。靖菜の瞳はぼくを捕らえて離さない。


「千昭、言ってくれたよね。『きみの未来を変えてやる』って」

「ああ、言った。言ったよ確かに」

「あれさ、すごく、すごく嬉しかった」


 そう微笑んで言う靖菜はぼくがはじめて『あらすじ』で彼女を視た時と変わらず、美しかった。


「未来なんて変わらない。変えようとしていた自分が間違ってた。ずっとそう思ってた」

「でも、未来は変えられる」

「うん。そう言ってくれて、過去の自分まで救われた気がして、嬉しかった」


 そんなつもりで言ったんじゃない。あの時は本当に彼女に恨み言を言いたかったのだ。勘違いしてると言いたかったが、ぼくの中の熱い感情がそれを妨げた。


「それに私、千昭といる今が楽しい。ずっと『次回予告』に縛られてた私に『今』がこんなに輝いてることに千昭は気づかせてくれた」


 胸が痛む。彼女への信愛と羨望で。自他の過去に縛れてているぼくに、今をまっすぐ生きようとする靖菜は眩しすぎた。


「美術の話したり、一緒に美味しいもの食べたり、放課後に街で遊んだり。全部、千昭としたいの」

「殺されることになってもか。1ヶ月と立たないうちに」


 今日を入れても次回予告に表示された日付まで10日しかない。靖菜の死は目前だ。なのに、


「うん、それでいい。今を幸せに生きられるなら、それでいい」


 靖菜は笑った。儚げに。そして嬉しそうに。


「千昭になら、殺されてもいい」


 ぼくは思わず背を向けた。


「バカ! 縁起でもないこと言うな! 第一、ひとを殺人鬼みたいに言うのが失礼なんだ!」

「……ごめん」

「それだけじゃない。ダミアンの個展、調べたら開催は8月じゃないか。その前に死んで、二人で見に行く約束を破るなんて許さないからな!」

「……うん」

「それに……」


 ぼくは三日前、ディスカウントショップで言えなかったことを言う。


「ぼくが靖菜を守ってみせる。フェイスマンからも、ぼく自身からも」

「うん」

「だから、殺されていいなんて、言わないでくれよ……」


 彼女と関りが無くなるなんて、ぼくだって嫌だ。彼女の死を考えると、悲しみで胸がいっぱいになる。だから決意する。何に代えても靖菜を守って見せると。


「千昭、あのさ」

「なんだよバカ靖菜」

「守ってほしいから、近くにいて良い?」

「……好きにしろよ」


 布がこすれる音がしたかと思うと、ぼくの背中に柔らかい感触と体温が伝わる。靖菜はぼくの腕に手を乗せ、添い寝している。自分の心臓が靖菜に聞こえていないか、心配になる。ふと靖菜の吐息と囁きが耳にかかって体が跳ね上がりそうになった。


「……千昭、ありがと」


 今日はもう、どう頑張っても眠れないだろう。ぼくは史音に『あらすじ』が視られなかったことを詫びる言葉を考えることで、平静さを保とうとしたが、


 ガタン!


 と、教室のドアが勢いよく開かれる音で、ぼくも靖菜も飛び起きてドアの方を見た。

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