4章

第27話 猛虎


「前回までの『ドラマフリーでお願いします』は」


「アァァァァァァ! 許してぇぇぇぇ! ごめんなさぃぃぃ!」


 耳にこびりつた悲鳴。愛宕先輩の視点から見える最期の景色。落下地点があと1メートル。いや50センチずれていたら、植木がクッションになっていたかも。

 だけど、愛宕先輩は固いアスファルトに頭から突っ込んだ。視界が真っ暗になる。


 シーンが変わる


 人でごったがえす東京駅、午前9時。愛宕先輩が死んだ次の日の朝。東北新幹線が発着するホーム上で莉桜がスマホにかかってきた通話に出る。スマホの向こう側にいるのは、声だけで乗り気でないと分かる史音だ。


『り、莉桜ちゃんおはよー』

「史音さん。互いに連絡を取り合わないようにしましょうと自分、言いましたよね」

『そ、それはそうなんだけど……』

「警察はバカじゃありません。愛宕先輩のスマホのデータは本体ごと破壊し、海中に投棄しましたが、発見、及び復元される可能性はゼロじゃない」

『あの……』

「自分たちの様子を撮られた可能性もあります。そうなったら、間違いなく自分たちが愛宕先輩殺しの犯人だと疑われます。弁明はかなり難しいと推察されます」

『で、でもね』

「皆さんも仙台を離れて、ほとぼりが冷めるまで潜伏することをお勧めします。もちろん、互いの場所は明かさないように。知らないことが、強みになり――」

『莉桜ちゃん、東京にいるでしょ』

「……」

『その……駅のアナウンス聞こえてるよ?』

「ドゥア、シェアリマス」

『車掌さんのモノマネ、似てないよ?』

「……」

『あのね、靖菜ちゃんがあたしたちが捕まらずに過ごしてる未来を見たんだって。だから仙台に帰ってきて大丈夫だよ。あっ、もしよかったら、お土産にバターバトラーってお菓子、買ってきてくれないかなぁ。すっごい美味しいんだよ』


 シーンが変わる


 日曜日の朝。愛宕先輩が死んで二日。ぼくは自室でスマホの画面を。もっと詳しく言えば、画面に表示される地元のニュースを見ている。愛宕先輩の死体はすぐに見つかり、すでに報道もされていた。学校内で続けざまに惨事が起きたが、ぼくたち生徒は明日、通常の登校が指示されていた。

 不意にぼくのスマホが振動した。靖菜からの着信でぼくはすぐに出る。電話の向こうの靖菜は焦りを隠しきれない早口で言った。


『どうしよう、まずいことになる』

「どうしたの? 確か、普通に授業を受けている未来を視たって昨日聞いたけど」


 学校から逃げ出した後、愛宕先輩のスマホ破棄、及び逃走をした莉桜以外の同盟メンバーはカラオケで一晩過ごした。ぼくと史音は眠れなかったが、靖菜はぼくたちのために騒音に耐えつつ眠りについて、未来を視たのだ。


『うん。昨日視たのはそうだった。でも今朝、新しいシーンが視えた』


 嫌な予感がした。全員に関わることなら、同盟のチャットで皆に伝えるはずだ。なのに、ピンポイントで急ぎぼくに伝えようとしてきたということは――


『千昭は明日、愛宕が死んだことについて、警察に事情聴取される』


 それは、ぼく個人に差し迫った脅威の話だということだ。


 ◆


 月曜日。愛宕先輩が死んで三日。視聴覚室にはいつぞやのようにぼく、そして遠藤さん、荒谷さんのドラマ警察ペアがいた。メンバーは同じだが、室内の雰囲気は前回の事情聴取と違っている。ぼくと遠藤さんたちの座席は向かい合うようになっていた。机は警察コンビ側の方にしか配置されていない。よく見る企業の面接みたいな感じだ。机ひとつないだけでも、自分の様子だけが一方的に見られているような不安を覚える。遠藤さんの穏やかな一言にさえ、ぼくは体が飛び上がらないよう抑えるのに必死だった。


「授業中に悪いね。七北田くん」

「いえ、大丈夫です」

「単刀直入に聞こう。3年生の愛宕 楼次って人。知ってる?」

「知ってます」

「愛宕くんとはよく話す?」

「いえ、あまり」


 すがすがしいまでの直球。ようは遠藤さんはこう言いたいんだ。


「愛宕先輩の自殺について、ぼく何か疑われてます?」

「ほんのちょっとね」


 まぁ、そうでしょうね。だって聞いてるんでしょう。ぼくより前に話を聞いた野球部連中から。


「七北田くんが、愛宕くんとトラブルになっていたって話を聞いてさ。七北田くんの方からも話を聞きたいなって」


 愛宕先輩の死は自殺ということで話が広まり、報道もされていた。だけどそれは事情の知らない生徒や教師陣。学外の人から見た時の話だ。ぼくを総出でいじめる予定だった野球部からすると、ぼくが何らかの手段で愛宕先輩を夜の学校におびき出し、いじめられる前に彼を始末した。と考えるのは無理筋な理論ではない。愛宕先輩とは体格差があるとはいえ、ぼくが剣道経験があることも説得力の補強になる。


「ぼくはなにも。多分、学食での話を聞かれたのかと思いますが、よくある遊びですよ」


 よもやいじめっ子の常套句を自分で使うことになるとは。


「遊びね」


 ドラマの間抜けな警官と違って、本職の遠藤さんはぼくの稚拙な言い分に目つきを鋭くした。


「一応聞きたいんだ。この前の金曜日の夜、どこにいたかな?」

「友達と街で遊んでました」

「何時くらいまで?」

「……オールですけど」

「見かけによらず不良だねぇ」

「その、親には友達の家に泊まってたってことにしてて……」


 できる限り不安げな。それでいて媚びるように上目遣いで遠藤さんを見る。そう、ぼくはただの不良学生で、夜中に学校で超能力を使おうとしたり、仮面の怪人の正体を知ったり、先輩が死ぬところを見ていたりはしてない、アホ高校生なんです。と目線で訴える。


「あはは、先生や親には言わないよ。安心して」

「ほ、本当ですか」

「うんうん。いやさぁ、俺も七北田くんくらいの時は夜出歩いて、バカ騒ぎして近所の人に通報とかされたからね」

「す、すごいですね」

「でしょ? それに比べれば、カラオケオールなんて誰にも迷惑かけてないし、可愛いもんだよ」

「そうですか」

「で、誰と行ったのかな?」


 和やかな空気は一瞬で消えた。今の遠藤さんは、昔やんちゃしてた気のいいお兄ちゃんではなく、ぼくのアリバイを証明できるのは誰か、もしくは共犯者は誰かを探る警察官だった。


「大丈夫。きみの友達の親にも言ったりはしないから」


 ぼくは言葉に詰まる。下手な嘘はすぐばれる。だが同盟のメンバーのことを言えばそれでおしまいだ。特に史音は警官の圧に耐えられないだろう。ぼくたちがあの晩学校にいたことがすぐバレてしまう。


「もし、ここで話せないなら、場所を変えてっていうのも――」


 暗に警察署への同行を遠藤さんが求めた時、視聴覚室のドアが勢いよく開いて、遠藤さんの言葉を遮った。視聴覚室全員が目を向けた先には、息を荒くした靖菜が立っていた。


「失礼します! その夜、彼は私と二人でいました!」

「靖菜?! なんでここに?!」


 靖菜はぼくを無視して通り過ぎ、遠藤たちの前の机にダンッ! と音を立てて両手をつく。


「彼は悪くありません!」

「靖菜、なにして――」

「千昭は黙ってて!」


 遠藤さんは予期せぬ妨害者に対しても可能な限り穏やかに笑いかける。


「えっと、旭さん。いま俺たちは七北田くんと話してて――」

「い ま は わ た し が 話しているんです!」


 遠藤さんの体が一瞬浮かんだ。

 靖菜がハリネズミと呼ばれていたことをふと思い出したが、最初にそのあだ名を考えたやつの目は恐らく節穴だったと確信する。ぼくら市民を守るため、法と公権力でガチガチに武装した警察官にたてつき、ひるませる姿は獅子、もしくは猛虎と呼んだ方が相応しい。


「彼、千昭が愛宕先輩とトラブルになったのは、私が先輩から性的暴行を受けそうになっていたからです!」

「そ、それも後で詳しく聞くから」

「だいたい、あんな脳ミソまで筋肉みたいなやつが悪口くらいで自殺なんてするわけありません! もちろん千昭だって殺してません!」

「あの、待って欲しい――」

「そもそも、礼状も保護者の同意もなしに事情聴取をこんな風にしているのおかしいんじゃないですか!?」

「俺たちは――」

「それも彼だけ狙い撃ちにして!」

「彼だけじゃなく――」

「許せません。県警に直接抗議します。表彰状も返戻させていただきます!」

「待って待って、そんなことしなくていい――」

「いただいたお礼もお返しした上で、商店街振興組合にもこのことをお話しします!」

「分かった! 俺たちが悪かった、ごめん! 頼むからそれはやめて!」


 この街で、下手をすると行政より力のある組織を引き合いに出され、遠藤さんは必死に手で待ったをかけた。そんな遠藤をさんを見て、今まで黙していた荒谷さんがケラケラと笑う。


「パイセン。この子めっちゃ面白いっすね。そのへんのチンピラヤクザより根性あるじゃないですか」

「荒谷」


 遠藤さんが窘めても、荒谷さんは笑ったままだ。弛緩しきった取調室、もとい視聴覚室の雰囲気に負けたのか、遠藤さんはため息交じりに言った。


「まず、これは個人的な見解だけど、俺も現時点で千昭くんが愛宕くんを殺したり、自殺の引き金になったとは考えてない。誰か、までは言えないけど、他の生徒さんからも七北田くんと愛宕くんとの間に何があったか話を聞いてる。二人の事情や愛宕くんの人柄は把握しているつもりだ」


 靖菜は未だに遠藤さんを睨み続けているが、遠藤さんは眼前の猛虎を通りこしてぼくに視線を向けた。


「もちろん、大人としては人を傷つける言葉はやめてほしいと思ってる。実際、愛宕くんは部活動で成績を残せていないことにかなりの重責を大人たちから感じさせられていたようだし」

「はい、軽率でした。すいません」


 一瞬ぼくを睨んだ後、遠藤さんに続けて文句を言おうとする靖菜を遠藤さんは手で制した。


「でも、それが誰かに危害を加えてもいい理由にはならない。俺も愛宕くんが旭さんにしたことは最低だと思うし、きみを守ろうとした七北田くんを立派に思う。誰にでもできることじゃない」

「あたりまえです」


 靖菜の返事に荒谷さんの笑い声が一段と大きくなったが、遠藤さんが大きく咳ばらいをして無理やり黙らせた。


「だけど俺たちは警察だ。お役所仕事をしなきゃいけない。『俺がそう思ったから』では書類に残せない。『七北田くんからこう聞きました。だから違います』。と書かなければならないんだ。彼の無実の証明のため、そこは旭さんにも理解してほしい」

「……分かりました」

「パイセン、納得できてないって顔されますよ」

「言葉で聞けたから、良いってことにするんだよ、もう」


 遠藤さんは手をひらひらと振って、小生意気な後輩をあしらってから、鋭く、だけど少し心配するような目をぼくと靖菜へ交互に向けた。


「そして、これは個人的な、千昭くんには前に話したけど。二人とも気を付けてほしい」

「私が受けたことや、千昭の不当な取り調べは、泣き寝入りしろってことですか」

「そうじゃない」


 遠藤さんはつっかかり続ける靖菜にも、辛抱強く、かみしめるように語った。


「目立つ人間は色んな人間に目を付けられる。きみたちはもう有名人だ。今後もきみたちを利用したり、粗を見つけて攻撃してきたりする人が出てくるはずだ。それに、これも超個人的な見解だけど……」


 少しためらったあと、真相を知らない遠藤さんは言った。


「もし、愛宕くんの件が自殺でなく、他殺なら、目立っているきみたちが次の標的にされる可能性は高いと思う」

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