第30話 普通


 ぼくと史音は部屋の縁側に腰かけ、昼と夜の狭間、ダークブルーと消えゆくオレンジが映る空を二人きりで見ている。なぜ靖菜と莉緒がいないかというと、彼女たちは買い物に出かけているからだ。

 推理が煮詰まり、意見が出なくなったぼくたちは時間も遅いからと史音の家から帰ろうとした。だが八木山家の家長、つまり史音のお爺ちゃんの意向によりぼくたちは夕餉をご相伴あずかることとなった。

 せっかく史音の友達が来たのだからと、車で10分ほどのショッピングモールで夕飯の買い出しに行くとのお爺ちゃんの声掛けに、莉桜、そして靖菜が手伝いを申し出たのだ。本来であれば男手のぼくが行くべきで、もちろん手は上げたのだが、


「荷物持ちなら、自分がいれば充分ですので」


 と莉桜。そして、


「私たちが買い物に行ってる間に、情報をまとめててよ。時間は有限なわけだし」


 と靖菜に言われてしまった。ちなみに靖菜からは莉緒を見張るべく同行する、とぼく個人宛にメッセージに届いた。そんなわけで、ぼくは史音とお留守番中だ。

 ただ、情報をまとめると言っても、紙にはすでに出せるてがかりは全て書いてしまっていたし、やることがなくなったぼくたちは、スマホを眺めるのも買い出しに行った三人に申し訳なく、ただ周囲から流れてくる山からの涼やかな風を浴びて過ごすこととなった。隣にいた史音はちょっと笑いながらぼくに話しかけてきた。


「なんか、たそがれちゃってんね」

「手詰まりだからな。もう空でも見て妙案が思いつくのを待つしかない」

「思いつくかなぁ。こんな田舎の景色見て」

「こういう景色だからこそじゃないか? 知らんけど」


 ぼくが鼻で笑うと、真似してからかうように史音も鼻で笑った。


「ってか、はじめてだね。千昭くんと二人きりで話すの」

「あー確かにな」

「千昭くん、普段靖菜ちゃんとばっかイチャイチャしてるからなぁ」

「イチャイチャはしてない」

「嘘ばっか。1学年のみんな、ふたりが付き合ってるもんだと思ってるよ」

「史音の人脈を使って全力で訂正してくれ」

「やなこったぁ」


 そう言う史音の方を見る、彼女は発した言葉とは裏腹に、憂いを帯びた表情で目を伏せ、自分の手元を見ていた。


「あのさ、代表して千昭くんに言うんだけどさ」

「なに」

「うちのこと、家族のこと。聞かないでくれてありがとう」

「ああ……」


 そう、史音の家に来て、古風な家の玄関先でぼくは気づいた。史音の家の玄関には昔ながらの家にありがちな、家族全員の名前が書かれた表札が掲げてある。そこには史音を除くと二人の男女の名前があった。家にいた史音以外の住人は彼女の祖父母だけ。


 つまり史音は両親と暮らしていない。


 普通、高校生ぼくたちくらいの年頃で家に両親がいないのはある種のステータスだ。何でもやりたい放題。自分に甘い祖父母と楽しい生活。口うるさい両親のいない青春最高! という風に浮かれたことになるのは必至だ。

 でも史音はそうじゃない。必要に迫られるまでぼくたちを家に来させようとせず、家族のことにも自ら言及しようとはしていなかった。史音にとって両親がいないことやその理由は、よほど触れられたくない話題だったのだろう。史音がこのことで安心するかは分からないけど、ひとまずぼくは率直に自分の気持ちを言ってやることにした。


「正直さ。史音の家庭事情のことをさ」

「うん……」

「気にできるほど、ぼくたち余裕がないんだよなぁ!」

「だよねー! わかるー!」


 史音の周囲に、いつものような明るい雰囲気が戻った。


「あーあ。なんか心配して損した」

「何を心配することあるんだよ」

「だってさ、普通じゃないじゃん。こんなの」


 でも史音のハイテンションは、膨らんだ風船がしぼむ様に徐々に落ち着いていく。


「なんかさ、普通じゃないとさ、勘ぐられて、勝手に可哀そうに見られて、常に同情されちゃうじゃん。一生に一度の高校生活だよ。なんかそんな風になるの、嫌じゃん」


 ちょっと前のぼくと、靖菜が頭をよぎる。そして納得した。

 史音も、ぼくや靖菜と同じだった。精いっぱい『普通』に生きようとしていたのだ。史音のそれはぼくと靖菜とは違って、ちょっと過剰にキラキラしたものだったけど、でも生き方のベクトルとしては、そう違わない。

 だからぼくも靖菜も、なんだかんだ史音から離れられなかったのだろう。同じ願いをもつ同志であることを、言葉にはできない深いところで感じていたから。


「ぼくたちにとって、史音は史音のままだよ。家に誰がいるかとか、どういう人生を送ってきたかは関係ない」

「……ありがと」

「こっちこそ。ぼくたちを見つけてくれて。繋ぎとめてくれて、感謝してる」


 靖菜が夜の学校で言っていた。『今が楽しい』と。ぼくも彼女に倣うことにした。ぼくは史音と、彼女たちといて楽しい。だから今、全力を尽くすことにする。


「じゃあ、もう一回考え直そう。何か見落としてないか」

「えぇ~無理ぃ~。もう考えるの疲れたよぉ~」


 史音はうんざりといった具合に寝転ぶと、ごろんごろんと体を揺らし現実逃避を試みている。


「あ~もう。こんな時、ミステリードラマだったらいい感じの話をしたあとに、推理が進んだりするのにぃ」

「現実はドラマじゃないんだ。地道に考えを重ね――」

「千昭くん、どうしたの?」


 史音が転がってきてぼくのふくらはぎを突いてくる。


 そうか、そういうことなら。


「ドラマなんだ」

「どゆこと?」

「鍵はドラマなんだ」

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