第31話 脚本


 ぼくがある仮説を思いついた直後、買い出しに行っていた史音のお爺ちゃんと、我らが同盟の猛虎と仮面の怪人が帰ってきた。そのまま八木山家は晩御飯へと突入したため、ぼくは一旦口を噤んで、史音の祖父母や同盟のみんなと楽しい食事のひと時を過ごした。ぼくだって、平和に生きている史音の祖父母の前で血なまぐさい事件のことを口にするほど、空気の読めない男ではない。

 食事を終えたぼくはせめてものお礼にと皿洗いを申し出た。本当は一人でやるつもりだったのだが


「二人でやった方が効率的だから」


 と、靖菜が手伝ってくれることになり、今は二人並んで台所に立っている。ぼくは洗い担当。靖菜はすすぎ担当だ。

 ぼくたちのすぐ後ろにある、小さいテーブル席に座っている史音が、何故だか不機嫌そうに言った。


「なんだろう。うちの台所で新婚生活の練習するのやめてもらっていいかな」

「誰が新婚だ」


 おかしい。いつもならここで靖菜とセリフが被るはずなのに、ぼくだけが悪態をついてしまった。靖菜が口を開かないのは「外野に構わず手を動かせ」という無言のお叱りかもしれない。でも、ぼくにはみんなに話しておきたいことがあって、それを言い出すタイミングは莉桜が作ってくれた。


「で、ふぐふぐ千昭さん。犯人の能力について、はぐ新しい見解があるんへすって?」


 莉桜の口調が変なのは、史音のお祖母ちゃんがデザートに出してくれたさくらんぼを食べているから、というよりもその茎を口で結ぼうとして遊んでるからだろう。彼女の聞く態度は気にしないことにして、ぼくは手を止めないままちらりと振り返って答える。


「うん。答えはぼくたちの能力の中にあったんだ」

「と、仰いますと?」

「史音。同盟を結成した時、ぼくたちの能力について言ったことを覚えてる?」

「んんん? なんて言ったっけ」


 ピンとこない史音の代わりに、靖菜が皿についた泡を落としながら答える。


「『みんなドラマの演出っぽい能力だ』って言ってた」

「すご~。靖菜ちゃんよく覚えてるね」

「史音さんが忘れっぽいだけでは?」

「なにうぉぅ?!」

「喧嘩しないでぼくの話を聞いてくれー」


 ぼくの背後の戦いはひとまず落ち着いた。なんだか子供の喧嘩を収める、家事中のお母さんの気分だ。


「莉桜さんの能力を聞いて確信したけど、史音の言うとおり、ぼくたちの能力は何故かドラマの演出っぽい能力になってる」

「あらすじ、照明、衣装。そして次回予告。確かにその通りですね」

「ぼくたちの能力がドラマっぽいなら、もし事件の黒幕も能力者なら、そいつが使う能力もこのルールに準じるじゃないかと思う。そう考えるとぼくたちの能力にはない、ドラマっぽい能力ってなんだろう」

「はい! メイクとか! ドラマにでる女優さんならメイクは大事でしょ!」

「大事だけど演出という意味では必須ではないかな」

「ではカメラでしょうか」

「演じたドラマを放送するにはカメラは必要だ。そういう能力もあるかもしれないけど、殺人に使うにはちょっと穏当すぎるかな」

「……脚本?」


 訝し気に答えた靖菜にぼくは頷いて見せる。


「そう、脚本だ。胸を打つような名作ドラマにも、酷い出来のメロドラマにも必ず脚本はある」


 姉が良く見ていた海外ドラマの中には、俳優よりも脚本家のクレジットが目立っていたものだってあった。表に出る俳優や女優のネームバリューが日本では重視されがちだけど、ドラマで一番大事なのは脚本の中身がどうなってるかだ。


「つまり千昭くんは、犯人の能力が『脚本を書く能力』って言いたいわけ?」

「いや、もっと大胆に『書いた脚本どおりに相手を従わせる能力』。一種のマインドコントロールだと考えている」

「自分、知ってます!」


 あまりにも勢いよく莉桜が椅子から立ち上がるものだから、その音にぼくも靖菜も驚いき、振り返って背後の様子を見た。


「マインドコントロールってあれですよね。こう、催眠アプリとかで裸になれー! えっちしろー! みたいなことするやつですよね」

「莉桜ちゃん。なんであたしにスマホの画面を向けてんの?」

「……催眠にかかって服を脱ぐかと思いまして」

「脱がないよ! 莉桜ちゃん変な漫画の読み過ぎ!」


 ぼくと靖菜は互いに肩を竦め作業に戻る。まぁ、ぼくが言い表したい能力は莉桜が言ったようなもので間違いない。でも黒幕はエロ漫画の描写に輪をかけて悍ましいことに能力を使っている。


「敵は今の莉桜さんが言ったみたいな性欲ではなく、殺意で動いてる。マインドコントロールができるなら、萩野先生自身に正確に胸をナイフで刺させて、そのままロープに繋いで自死させることだってできる」


 自分でナイフを刺すなら、莉緒が気にしていた犯行の難しさも解決する。


「だとしたら、酷すぎる」


 邪悪なぼくの仮説にも靖菜は憤りを覚えたようだ。ぼくは彼女が落としかけていた皿を泡だらけの手で支えて続ける。


「愛宕先輩の唐突な自死も、操られて飛び降りを強制させられたと考えれば合点がいく。あの時はぼくたちも彼に見られて冷静じゃなくなってた。いま思えば非常階段まで逃げられたのに、そのまま階段で逃げないのは不自然すぎるよ」


 大胆な仮説だけど、ぼくたちの学校で起きた悲惨な事件の全てに説明がつく。ただし、この仮説が事実だとすると新たな問題が浮上する。それを悲痛に叫んで提起したのは史音だった。


「仮にそんな滅茶苦茶な能力なら、あたしたち勝てないじゃん! 好きに人を操れるなら、黒幕が愛宕先輩の弱みを握ってそうな人っていう推理も白紙になっちゃうし! もう犯人誰でもありじゃん!」

「これは希望的観測だけど、能力の強さに関しては何某かの対策が立てられるとは思う」

「なんでさぁ」


 史音の疑問に、手元の皿を水切りラックに立てかけながら靖菜が答えた。


「能力が強すぎるから」

「そうだ。ドラマフリー能力は利便性と能力の強さのバランスが取れてるんだ」

「私や千昭の能力は時間の壁を越えられる。上手く使えば大金持ちにだってなれるし、誰かの運命だって変えられてしまう。でも能力の使用にはかなりの制限がある」

「あたしや莉桜ちゃんの能力はポンポン使えるけど、使いどころはかなり限られるよね。あたしも千昭くんに言われるまで、監視カメラに使おうとか考えつかなかったし」

「自分はかなり便利に使っていますが」

「それは莉桜ちゃんが仮面のヒーローなんかやってるから便利なだけだよ!」

「ともかく、マインドコントロールをこの2タイプに当てはめるなら、ぼくと靖菜寄りの『強いけど使用条件が厳しい能力』だと思う」

「そして相手の能力の発動条件が分かれば、操られることを避けられるかもってことですね」

「その通り。犯人の特定に関してもぼくが何とかできると思う」


 ぼくがそう言ったとき、靖菜が少し不安そうにしているように見えた。ぼくの気のせいだと思うことにした。


「また、学校で寝泊まりしてみようと思う。愛宕先輩が何者かに操られていたのなら、犯人と接触した可能性が高い。彼を基点として犯人に繋がる『あらすじ』を視られるかも」

「えー! 前回あんなことになったじゃん! あたしもう行きたくないよ!?」

「大丈夫。今度はぼく一人で寝泊まりするよ」

「千昭一人に行かせられない。学校の警備も厳しくなってるだろうし」

「今度は教室じゃなくて、野球部の部室に潜入する。部室棟は建物も古いからセキュリティはなんとかなるだろうし、一人なら見つかる確率も低い」

「でもまたアクシデントが起きたら、対処は難しいって」


 やけに食い下がる靖菜の肩に突然手が置かれ、靖菜はびくっと肩を震わせた。手を置いた莉桜が靖菜の背後で口元だけで笑う。


「ご安心ください。自分が付近で千昭さんの様子を見張ります。皆さま、自分が夜の学校を見張っていたのにお気づきでなかったようですし、今回も誰にも見つからないまま、無防備な千昭さんをお守りできるかと」


 靖菜はキッと莉桜を睨むが、すぐぼくの方へ視線を向けた後に。


「千昭に傷ひとつつけさせないで」


 と短く言ってから、手でぼくに皿の催促をしてくる。靖菜の心持ちがいまいち分からないが、彼女に皿を渡しながら、もうひとつ確認を取る。


「今回の潜入で、今度こそ犯人が分かるかもしれない。そうなったときのためにみんなに聞いておきたいんだ」


 夜の校舎で悩んだこと。多分、正解なんてない問い。でも責任をもってやるからには、避けて通れない問い。


「犯人が分かったとして、みんなはどうしたい?」


 ほとんど間が無く答えたのは莉桜だった。


「はい。犯人が能力を二度と行使できなくなるまで破壊します」


 復讐者として生きてきた人間の、リアリスティックな答えだった。今のぼくには莉桜の答えを否定できるだけの言葉を持ち合わせていないし、否定する資格もないだろう。でも背後で唸る史音は逃げずに反論した。


「うーん……なんか、それじゃ犯人と同じような……」

「では、史音さんはどうしようというのです?」

「やっぱり犯罪を犯したのなら、ちゃんとした人たちに裁いてもらうんが一番じゃないかな。証拠と一緒に突き出してさ。警察とか司法とかに」

「超能力が関わる事件に証拠もなにもないと思います。それに警察は『裁く』機関ではありません」

「もー! 一生懸命考えて言ったのに、揚げ足とらないでよ!」


 莉桜の言うことはもっともだが、史音の意見も至極正しい。ぼくたちのような素人が制裁を加えるのではなく、正しく人を裁く資格がある人間に委ねられればベストではある。ぼくは――できれば聞きたくはないが、隣の靖菜にも問う。


「靖菜は?」

「正直、二人みたいに具体案は浮かばない。普通の犯罪だって裁くのは難しい。だから超能力が絡んだ犯罪への正しい裁き方なんて、私は思い浮かばない」


 ぼく、そして莉桜と史音も言い合いを止めて、靖菜の言葉に耳を傾けている。


「でも、そいつがやったことは『間違い』だってのは言ってやりたい。動機や方法がなんであれ、誰かの命を奪うなんてこと許されない。それは、相手にはっきり言ってやりたい」

「……ぼくもだ」


 最悪の答えだ。思わず顔をしかめてしまった。


「なんか、私ダメなこと言っちゃった?」

「いや、靖菜のそういうところ、ぼくは凄い尊敬してる」

「ふたりとも、大事な話するフリしてイチャついてる?」


 史音の茶々は今回はスルーする。


「靖菜を尊敬してるから、ぼくも靖菜ならそうするかもって思って同じ答えになったよ」

「じゃあ、なんでそんなに嫌そうな顔してるの?」


 もしぼくが犯人なら。ぼくが視たあらすじでぼくと靖菜を見ていたのが殺人鬼なら、ぼくと靖菜の行動を大歓迎するだろう。なぜなら、


「ぼくと靖菜が犯人にそれを言おうと接触した時。靖菜、ぼくはきみを殺すんだ」


 史音が息を呑む音が聞こえる。靖菜は恐る恐るぼくにたずねる。


「……どういうこと?」

「ぼくが学校にまた潜入するとして、比較的忍び込みやすいのはやっぱり翌日学校のない金曜、もしくは土曜だと思う」


 今日は4月22日月曜日。今から最短で潜入出来て今週金曜日の26日。もしくは土曜の27日ということになる。


「犯人と対峙する準備を一日、二日かけてするとして、そこから最短で犯人と接触可能なのは――」

「日曜日、28日……」


 そう、靖菜が『次回予告』で視た日付と同じ日だ。勿論、犯人との接触を避けるという方法もある。だが、正義感の強い靖菜はそれを提案しても受け入れないだろうし、犯人がまた新たに凶行に及ぶ前に止める必要もある。だから犯人との接触は最短がいい。


「自分がお二人の護衛としてお供しますよ」

「それは避けたい。莉桜さん――戦闘力があるフェイスマンが操られればもう取り返しがつかないし、史音にだって怖い思いはさせたくない」

「ふぇ。一瞬指名されるかと思ってヒヤヒヤしたぁ」


 胸を撫で下ろした史音とは対象に、自分の死を覚悟した、それでもやはり不安であることを隠しきれない表情の靖菜にぼくは残酷な宣告をする。


「だからぼくは靖菜を守るため、一緒に犯人に会いに行く。そして、操られて靖菜を殺すんだ」

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