第25話 前回までの『フェイスマン』は


「ぜ、前回までででの『ドラマフリーでお願いしまままままま―――


 ……


 チャンネル切り替え中


 ……


「これまでの『フェイスマン』は」



 わたしの名前は蛮徒ばんと 莉桜りお。どこにでもいる中学2年生だった。兄が自殺するあの日までは。


 4つ歳の離れた兄は学校でのいじめを苦に自殺した。遺書も見つかったが、面倒を嫌う学校や加害者たちの親からの圧力で『事故』という扱いに今でもなっている。


 兄と特段仲が良かったわけではない。むしろ、機械オタクで陰キャっぽい兄をわたしは少し嫌っていた。

 だけど親はそうじゃなかった。教師の職についていた両親は、頭のいい兄を大層気に入っていた。だから兄がいじめをうけていたことや、命の断つ兆候に気が付けなかったことを悔やみ、悲しみ、おかしくなった。


 あんたが代わりに死ねばよかった


 と母から2年前に言われてから、お互いに会話はない。


 最初は別にそれでいいと思った。わたしの居場所はもとより家になかったのだから。友達とダラダラ過ごせればどうでもいい。そう楽観的に捉えていた。


 でも、違った。友人たちはわたしから距離をとった。ドラマみたいに誰かが優しい言葉をかけてくれるなんてこともない。いじめられて死んだやつの妹だから、わたしも同様の扱いでいい。わたしの知らないところで、そう取り決めたかのようだった。


 兄が憎かった。でもそれ以上に疲れた。なにも考えたくなかった。


 居場所のないわたしは仙台の街を彷徨いながら、死ぬことを決意した。


 通りがかった電機店の店先のテレビにドラマか映画のシーンが映っていた。


『Next it's your turn to shine』

 (つぎはあなたの番です)


 画面の中の黒い仮面をつけた女が言う。そう、次はわたしが死ぬ番だよ。ジョークみたいな展開。腹を抱えて笑った。


 そして、私は死に場所に辿り着いた。東北本線が通る踏切前。列車が来たら飛び込む。そして一瞬でわたしの命は終わる。だけど、踏切の向こうの光景を見て、わたしは足を止めてしまった。


 そこには年老いたホームレスの女性に絡む4人の男たちがいた。歳は大学生くらいだろうか。「くさい」とか「きしょい」と言いながらホームレスの女性を囲んでいる。

 ああ、きっと兄をいじめたやつらもこんな連中なんだろうな。そうぼんやり考えていると、わたしが飛び込む予定だった電車はわたしに風をあびせ、踏切の向こうで行われているリンチを目隠しするようにゆっくり通り過ぎて行った。列車が通り過ぎた後、わたしが見たのは


 地面に倒れ伏した4人の男たちと、ただひとり立って、男たちのうち1人の頭をサッカーボールみたいに蹴り飛ばしている老女の姿だった。


 男たちはみな四肢が変な方向に折られ、口から血をダラダラ流していた。地面に転がっていた白いものは、今思えば彼らの歯だったのだろう。


 その光景をみたわたしは、老女の元に駆け寄り、土下座した。


「弟子にしてください!」


 老女からの返答は強烈な蹴りだった。腹を、背を、頭を蹴られ続けた。血もいっぱい出たし、目も青く腫れた。でもわたしは老女に懇願し続けた。老女はわたしをいたぶるのに飽きたのか、それとも根負けしたのか、大きくため息をついて問うた。


「弟子入りして、どうしようってんだい」

「復讐を。兄を死に追いやった連中を、あなたが今したように壊したい」

「復讐なら他に楽な方法があるだろ。相手に毒でも飲ませりゃいい。わざわざ拳を振るう必要なんてない」

「それじゃダメなんです」

「ダメ?」

「兄が死んで、わたしは理不尽な目にあった。だから、やつらにも同じく理不尽に痛めつけないとダメなんです」


 毒殺だなんてもってのほかだ。わたしの受けた苦しみを。そして兄の受けた理不尽を、加害者には生きたまま味わってもらう必要がある。そうでないと復讐の意味がない。


「それで、あんたの兄貴が戻ってくるわけじゃないだろ。やるだけ無駄さ」

「違います。意味はあります」


 死んだ人間は戻ってこない。そんなのは分かってる。じゃあ何故か。


「わたしの気が晴れて、前に進めるからです」

「自分本位かい、どうしようもない娘だ」


 老女は吐き捨てるように言うとわたしの前髪を掴み引っ張って、


「だが気に入った」


 歯が何本も抜けた口で大きく笑った。


 ◆


 わたしは老女とそのホームレス仲間から師事を受けた。彼らは路上で生き延びるため、独自の生存術を持っていた。


 街で目立たない立ち振る舞い


 警察の監視をかいくぐるコツ


 街を縦横無尽に駆ける移動術


 そして、一対多数を想定した格闘術


 そういった彼らの技術をわたしは1年かけて身につけていった。


「いいかい、街と一体になるんだ」


 訓練中、老女がわたしによく言っていた。


「己が存在を街という巨大な生き物の一部とするんだ。人は人に勝てる。だけど街に勝てる人間はいない。顔の無い人間になるんだ」


 老女の言葉はわたしにインスピレーションを与えた。


 わたしは復讐のための『顔』と『体』を作った。わたしの顔を消し、相手の顔を写すミラー仕様のヘルメット。死のうとした日に見たドラマの不気味な登場人物も参考にした。

 女であることを隠すため、アーマーやマントを付けて体の線を誤魔化した。服の色は黒。街の闇に溶け込む色だ。


 わたしは顔の無い人間、街の暗闇が具現化した怪物『フェイスマン』となった。

 怪物になった自分の姿を鏡で見て、ドラマの登場人物の言葉を思い出す。


『Next it's your turn to shine』

 (つぎはあなたの番です)


 そう、今度はわたしがやつらにとっての『理不尽』になる番だ。


 ◆


 兄をいじめたやつの居場所はすぐに特定できた。兄が遺書に名を残していたし、仙台は政令指定都市とはいえ、小さい街だ。高校卒業後の足取りを辿るのは難しくない。彼らは皆、充実している人生を歩んでいて、この先良いことしか待ってないといった感じで、日々を明るく楽しく過ごしていた。


 好都合だ。壊し甲斐がある。


 わたしはホームレスたちに叩き込まれた『技術』と、この恐ろしい『見た目』。そして、いつしかわたしに備わった『能力』をフル活用して標的を一人づつ仕留めていった。


 わたし――フェイスマンに追い詰められた、加害者たちは口々に言う。


「なんで僕が!」

「わけわかんねぇよ!」

「わたし何もしてない!」

「ふざけんな! 俺を狙う理由なんてないだろ!」


 彼らは兄を苦しめたことを何とも思っていない、というか覚えてなかった。いじめた側なんてそんなものだろうし、わたしの復讐のスタンスとしても、そのぐらいでいてくれた方が良かった。


「分からなくていい」


 自分の声とは思えないような低く、唸るような声で告げて、


「畏れろ、理由の分からぬ暴力に」


 彼らを痛めつけた。


 拳で

 ブーツで

 ロープで

 ハンマーで

 ノコギリで

 石で

 熱した鉄板で

 鉛筆で

 電流で

 肉切り包丁で

 警棒で


 ありとあらゆる手段で痛めつけて、壊した。


 声が自慢だった者の喉を潰し

 将来を期待されていたピアノ弾きの指を2度と治らぬよう粉砕し

 美しさを誇る者の顔を焼き

 人望ある者の体に癒えない傷をつけ、裸で衆目に晒した


 彼らは痛みと、自分の未来が奪われていく様と、理由の明かされない暴力に、身も心も壊れ、全員再起不能となった。そして、これからも永遠に苦しみ続ける。

 彼らを守ろうとした人間もいたので、余計に戦わなければならなかったけど、わたしは躊躇わず拳を振るい続けた。


 そうやって、わたしは兄をいじめたやつらを中学を卒業するまでに全員壊し、復讐を終えた。


 ◆


「前に進むために戦ったんだろ。なら、もうそのバカげた衣装を捨てて、学生にもどんな」


 復讐を終えたことを告げたとき、老女はわたしにそう言ってくれた。わたしもそうするつもりだった。


 わたしはすっきりとした気分で、戦闘服ではなく入学した高校の制服に袖を通し、麗らかな春の陽気に包まれながら高校へ向かった。


 新しい友達、個性豊かな部活、兄が歩めなかった卒業後の人生。全部を全力でやってやろうと、決意した朝、


 ベランダから吊るされている女性教師を見て、わたしはまだやるべきことがあると悟った。


 この学校にはわたしが憎む『理不尽』がある。ならば、わたしはまだ戦わないといけない。もうこれ以上、わたしや兄。そして殺された教師のような人間を生まないために。


 再び顔の無い人間『フェイスマン』になるときが来たのだ。

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