第13話 我が街のヒーロー
警察署での表彰と取材は午前中のうちに終わった。今日は4月第3週の月曜日。つまり学校では授業が行われていて、英雄的活躍をしたぼくらも学び舎へ戻る必要があった。
だけど、ぼくはすぐ学校には戻らないでいた。警察署の男子トイレの洗面台の前で、今日、何度目になるか分からないため息をつく。
感謝状の贈呈式が終わった後、ぼくは靖菜に
「お手洗いに行ってくるから先に学校に戻って」
と早口で伝えてからこの場に逃げ込んでいた。
自分が殺すかもしれない少女との気まずい空間に居たくない故の行動ではあったが、それ以上に彼女に対して感じる罪悪感からの逃避が心情的には大きかった。
「最低だ……」
本来は正義感があって、誰に対しても毅然とした態度をとるまっすぐな人に、ぼくは
鏡に映る自分の顔から逃げるようにスマホの時計を見る。靖菜と別れてから10分はたった。ゆっくり歩けば彼女に追いつくこともないだろう。そう考えてこの場を後にしようとしたぼくを、聞き覚えのある声が呼び止めた。
「おや。我が街のヒーローじゃないか」
鏡越しに、水の流れる音がする個室から出てきた遠藤さんが手を上げて挨拶してきた。
「え、あ、遠藤さん。どうしてここに」
「そりゃ仕事場だからさ。こう見えて警察官だからね」
「そ、そうですよね。すいません」
テンパりすぎて自分が来訪者側なのを忘れてしまっていた。どんどん自分が嫌いになっていく。
「まっ、犯人が捕まえられないダメ警官より、きみみたいな勇敢な子に税金を払った方がみんな安心かもしれない」
「冗談はやめてくださいよ……」
「いやいや、大マジだよ。俺の警察手帳貸すから代わってくれ~学生に戻りたいよ」
少し疲れた顔を見せながら手を洗う遠藤さんの言葉に、皮肉は感じ取れない。学校で感じた彼への接しやすさを、今もぼくは感じていた。だからこそ、彼が神妙な面持ちに変わった時、ぼくは少し身構えた。
「でも、しばらくは気を付けて生活したほうが良いと思うよ」
ぼくは現職の警官からの警告に思わず生唾を呑んだ。ぼくの不安をすぐに察して、遠藤さんはすぐに濡れた手を上げて、
「ごめん、脅してるわけじゃない」
と言って続ける。
「きみと、友だちの靖菜さんは今や街の有名人だ。そんなきみたちを妬む、心無い人間もいるだろうからさ」
「……学校の校舎に人を吊るすような奴、とかですか」
「そんな奴も含めて、かな」
遠藤さんの言う通り、萩野先生を殺したのが自己顕示欲が強い奴だった場合、ぼくと靖菜ほど目障りなものはないだろう。情報の賞味期限が早すぎる現代社会の御多分にもれず、高校の凄惨な事件の報道は少なくありつつあった。その代わりにぼくらのニュースを見た犯人がどう行動するのか、想像に難しくはない。
やはり、ぼくが今朝見た『あらすじ』は萩野先生殺しの犯人、その人の様子ではないか。犯人が目立つぼくたちをターゲットに定めた風景をぼくは視たんじゃないのか。
「ああ、ごめん! ほんと怖がらせるつもりはないんだ!」
遠藤さんの慌てた様子で我に返ったぼくは、鏡に映った自分が真っ青になっていることに気が付いた。これじゃ心配されて当然だ。
「大丈夫です。慣れないことが多かったから、ちょっと……あれです。自律神経ってやつがおかしくなってて」
「それならいいんだけど……ともかく、犯人だけじゃなくて、日常で困ったことがあったら相談してくれ。きみは街のヒーローなんだから」
ぼくの肩を叩く遠藤に曖昧に頷き返す。ぼくは努めて平静を装いながら、遠藤さんと揃って警察署のロビーへ向かった。だが、そこで待っていた光景に、ぼくの安っぽいポーカーフェイスはあっけなく崩れた。
警察官や関係者の往来するロビーには荒谷さんがいた。どうやら遠藤さんを待っていたようで、からかうように遠藤さんに白い歯を見せて笑いかけている。
「せんぱーい。うんこ長いですよ」
「うんこ言うな、女子高生の前で」
遠藤さんが視線を向けた先、荒谷さんの隣には靖菜がいた。彼女は背の高い遠藤を見上げて答える。
「もっとエグい下ネタ普通にしますから大丈夫ですよ」
「怖いな今のJK。というか悪いな、うちの後輩のおもりしてもらって」
「先輩ひどくないすか。モラハラですよモラハラ」
そう文句を言う荒谷は笑顔のままで、嫌がっているようには見えない。
「私も彼を待っていたので、お話してもらえて助かりました」
「そっか。じゃあ二人とも気をつけて」
「靖菜ちゃんばいばーい!」
署内に戻る遠藤、荒谷ペアに手を振って見送った靖菜は、ゆっくりと首を動かしてぼくへ向き直った。そして、ぼくが今もっとも聞きたくない言葉を告げる。
「じゃあ、一緒に帰ろっか」
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