第36話  刻の終わり

三十六  刻の終わり


降り注ぐ美しく輝く光は、淡く優しい珠のように、ヘラの鏡を抱きしめている瑠璃を包んでいきます。

瑠璃には星刻教会の穏やかな昼の光の中にいるように思えていました。

淡い珠の光は、段々と大きく広がってみんなを包み込み、やがて書庫が全て光で満たされていきます。 みんなが、その光景に心を奪われていると、


「止まった?、、、書庫の動きが止まっている。」

「本当だ。止まった。動いてない。良かった、、、もう、本も落ちてこないよ。」


チムニーが、衛兵達の腕の隙間から顔を覗かせて棚をぐるりと見回します。


「扉も、、、あっ、開く。みんな、扉が開きました。」


ラウムとテリーゼは、両開きの扉を思いっきり開けて良かったと涙を浮かべて抱き合います。


「瑠璃さんは、こうなることがわかっていたのでしょうか?わかっていたから、あんな極限状態で王様にプレゼントをお願いしたんでしょうか?」


光の中でヘラを抱きしめている瑠璃を見て刻の執事が呟くように言うと


「わかってないわよ。」

「え。」

「そうだね、瑠璃は何にもわかってなかったよ。ただ泣いているヘラを何とかしてあげたかった。それだけだったんだよ。」

「そうなんでしょうか。」

「そうよ。」


玻璃も暁も瑠璃が、優しく人を思いやり、そして勇気のある子に育ってくれたことが嬉しくて、心の中が幸せで満たされていました。 刻の執事がふと、


「王様がヘラの鏡にローブをかけてあげたほうが、ヘラには嬉しかったのではないでしょうか?」


玻璃はそんな刻の執事を呆れ顔で見て


「なーんにもわかってないわね。瑠璃はヘラの鏡に、わざわざ私からです。って言ったのよ。」

「ええ、聞こえました。ですから、あの、、王様の方が良かったんじゃない、、、かな〜、、、と」

「目の前で自分じゃない、他の女を好きって言ってる男に、優しくされたい女がどこにいるのよ。本当に、あなたは、瑠璃よりずーっと子供ね。」


まあまあ、落ち着いてと、ニヤニヤしながら暁は玻璃をなだめて


「さあ、刻が明けそうです。みんなで戻りましょう。」


刻の執事が瑠璃を迎えにいき、みんなでゆっくりと書庫を後にします。

扉を閉めるときに、さよならを言おうとヘラの鏡に目をやると、そこには鈍い光を放っていたヘラの鏡ではなく、温かい淡い光に包まれた女神ヘラが赤いローブをまとって立っているようでした。 玻璃が瑠璃の手を握り、


「ヘラも本当は、王様を返してあげたかったのかもね。」

「うん。」

「良かったね、瑠璃。」

「うん。それにヘラは一人ぼっちじゃない。」

「え?」

「ヘラの鏡を包んでるあの光、きっと刻の女神様だよ。」

「そうかもね。」


瑠璃には、間違いを正した姉妹を優しく抱きしめる女神の姿が見えていました。

扉を静かに閉め、もう誰も書庫に入らないようにと椅子とテーブルを扉の前に置きます。螺旋階段を降りると、暁が


「階段を六、七段壊しましょう。」

「なぜ?そこまでしなくても、もう大丈夫だよ。」

「瑠璃、、、そうかもしれないね。でもオルゴール達は十一夜ごとに始まるんだよ。」

「そうだけど、、、階段まで壊すなんて。なんか、かわいそう。」

「今日みたいなことがまた起きる方が、オルゴール達にもヘラにも悲しいことよ」

「そっか。そうだね。うん、わかった。」


衛兵達と一緒に瑠璃も階段を壊し、心の中でヘラに別れを告げました。


「さあ、戻りましょう。」


刻の執事が声をかけ、ホールに向かって歩き出すと程なく音楽が聞こえ始めます。

瑠璃が耳を澄まして聞いているとそれは刻の始まりに瑠璃が鍵を回し、それぞれのオルゴール達が奏でた音色が重なりあった、あの四重奏でした。


「刻が明ける。」


チムニーは呟くと瑠璃の手をとり


「瑠璃。ありがとう。本当に楽しかったよ。大好きな王様にも会えたし。僕、瑠璃のこと、忘れたくないな。だからお願いだよ、代わりに僕を忘れないでね。」

「え、チムニー、何を言ってるの?」

「もう、刻が明ける。僕たちはオルゴールの台座に戻るんだ。瑠璃との十一夜が終わるんだ。」


そうです、始まりがあれば、必ず終わりが来るのです。


「チムニー。やだよ。終わりたくない、もっと一緒に話がしたい。」

「僕もだよ。でも、もう行かなくちゃ。瑠璃、僕との約束覚えてる?」

「もちろん。私、煙突のある家を必ず作るよ。美味しいご飯も作れるように頑張る。」

「うん。」

「チムニーの事、絶対に忘れない。」

「ありがとう。」


チムニーは踊りながら台座に戻ります。そして女王が


「瑠璃。マリ。王様を取り戻してくれて本当にありがとう。」

「女王様、私、、、」


玻璃が話そうとすると、女王はその口に人差し指をあて


「マリ。私、心から感謝しているの。この十一夜は、本当に特別な十一夜。終わってしまうなんて、私も寂しくてよ。」

「ええ。私もよ。でも次の始まりには、王様が隣にいらっしゃる。」


玻璃がそういうと、女王と王は見つめ合い


「王の、私からも感謝を伝えさせておくれ。瑠璃、マリ、本当にありがとう。こうして、女王が隣にいる。執事も衛兵達も。そして、二人の執事達の勇気にも感謝している。ありがとう。」


瑠璃が、一歩王様に近づき、


「王様。ローブをありがとうございました。今は無いけど。いただいたこと、ずっと忘れません。」

「感謝しているよ瑠璃。私達に素敵な十一夜をありがとう。」


女王と王は、手をとり見つめ合いワルツを踊りながら戻っていきます。 白髭の執事は、


「瑠璃様の執事殿。マリ様の執事殿。私は今日、お二人とご一緒できたことを誇りに思っております。」

「私もです。白髭の執事殿。」

「執事として立派に王様と女王様をお支えしているあなたを決して忘れません。」


三人は固く握手を交わし、白髭の執事は、瑠璃と玻璃の前に片膝を折って


「私、心より感謝申し上げております。ありがとうございました。そして瑠璃様、マリ様。青薔薇がきっとお二人の夢を叶えてくれると私、信じております。」


深々とお辞儀をし女王と王に続いて戻っていきます。衛兵達も瑠璃達に


「我々のもとに、王様を戻してくださり。ありがとうございました。」

「衛兵として、こんなに嬉しいことはございません。」

「衛兵さん達、すごくかっこよかった。王様と女王様をこれからも守ってね。」

「はい。」

「お任せください。」


衛兵達も思いっきりの笑顔を残して、王様と女王様の元へ。 ラウムとテリーゼは、手を繋いだままで、


「瑠璃。マリ。十一夜の刻の狭間から悲しい涙をなくしてくれてありがとう。」

「えっ」

「王様と女王様だけじゃない。ヘラの鏡からも、女神様からも悲しい涙をなくしてくれた。スゴイよ。僕には出来なかった。」


優しいラウムの頬にはまだ、涙が揺れています。瑠璃は、


「ラウム。ラウムの素敵な夢。私も悲しみのない世界で暮らしたいと思ったよ。だかね、私も自分の周りから悲しみがない世界を作っていこうと思うの。ラウムに会えて本当によかった。ありがとう。」


テリーゼは、瑠璃に抱きつくと


「瑠璃、マリ。本当に素敵な十一夜をありがとう。大切な人と過ごす時間がこんなにも素敵だって教えてくれた。私、この十一夜を忘れたくない。」

「私も忘れたくないよ。テリーゼ。十一夜に来れて、みんなと同じ狭間の刻を過ごせてとっても楽しかった。ありがとう。」


瑠璃は、テリーゼをギュっと抱きしめます。玻璃は、


「ラウムの思いが瑠璃を突き動かしてくれたのかもしれない。ありがとうラウム。テリーゼも変わらぬ夢をありがとう。今度こそ、叶うといいね、、、」


そう言って二人を抱き寄せました。

ラウムとテリーゼは、二重奏を奏でるように踊りなっがら、台座に向かいます。

二人はお互いを求めるようにその手を伸ばし、そして動かないオルゴールに。


十一夜の刻の狭間に光の粒が落ちて、刻の女神が瑠璃と玻璃の頭上に再び姿を現しました。

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