第16話 玻璃とマリ

十六 玻璃とマリ


白髭の執事がコホンとやはり咳払いをしてテーブルの横に立ちます。

さっきまでただの暗闇だと思っていた場所には、大きなそして美しい白い艶やかなテーブル。

横には瑠璃の家にあるお気に入りのチョコレートファウンテンのような可愛らしい噴水。 その横におままごとに使いたくなるような小さなキッチン。


「お茶会ね」

「まあ〜お茶ではない、、、のですが」


白髭の執事は申し訳なさそうに小さい声で付け足します。 そんな白髭の執事の付け足しには、気にも留めず瑠璃は噴水に近づき


「見て、この噴水。家にあるチョコレートファウンテンにすごく似てる。ねーママ」


思わず ママ と呼んでしまった瑠璃の声を打ち消すように刻の執事が大きく咳払いを何度も繰り返し、どうしたのと振り返って刻の執事を見る瑠璃に、目配せをします。

あっと気がついた瑠璃が


「あっ ね、マリ」


言いなおしますが、そのわざとらしさに頭を抱える刻の執事。

瑠璃もどうしようって顔に書いてあるほどにしょんぼりしていると。暁が


「瑠璃さんは、甘えん坊ですね。ここにはお母様はいませんよ」


そう、またまたさらりと言います。


「そっ、そうよね。家のチョコレートファウンテンとそっくりだから、なんだか、その、、、家にいるような気持ちになっちゃった」


へへへと、笑ってごまかしますが、刻の執事はいっそう頭を抱えてしまいます。

家での普段のやりとりの二人を見ているようで、玻璃は十一夜にきている事を忘れてしまいそうでした。

相変わらず仲良し親子を見れて幸せだけれど、瑠璃は私のことをマリと呼ぶ。

十一夜にいるはずのない両親を気遣う我が子。大人びてきているようで頼もしくもあり、それが切なくもある玻璃。


(そうじゃない。私はマリ。今を、この時を大切に過ごさなければ、、、)


玻璃は、首をふり自分を奮い立たせるように笑いながら


「ホント。似てるね。チョコレート食べたくなっちゃう」


そう言って瑠璃に顔を近づけます。 そんな二人にテリーゼが


「この噴水。知りたいことを何でも教えてくれる噴水なのよ。」

「すごーい。何でも?どんなことでも」


しょんぼりしていた瑠璃の目が、また丸くなり。


「そうよ。でも、将来私はどうなりますか?的なことは教えてくれないみたい。」

「どうして?」


そう聞いたにも関わらず、あっという間に噴水のところに走って、頭を噴水に突っ込んでしまいました。


「瑠璃」

「瑠璃様」


見ていたみんなが驚いて叫んでいると


「瑠璃、びしょびしょじゃない」


そう言って笑いながらマリになっている玻璃が、瑠璃の頭を噴水からひき出し


「あーびっくりした。いきなりすぎ。それで、何かわかった?」


玻璃は、驚きながらも瑠璃のしたいことがわかる気がしてニヤニヤしながら尋ねますが、刻の執事は


「瑠璃さん。驚かせないでください。も〜、あなたは、予想の上を、、、は〜」


すんなりと刻の狭間に来れた訳ではありません。 瑠璃の一つ一つの、発言も行動も刻の執事にとっては緊張の連続。

十一夜がどのようになっていくのか。

女神様はこんな十一夜をどう思うのか。

瑠璃も、玻璃も、暁も、あの家に連れて帰らなければ、、、 刻の執事の気持ちはどこまでも、どこまでも迷いの中です。


「だって、知りたいことを何でも教えてくれるんでしょ。だから、聞いてみたの」


執事の困り顔なんて、瑠璃の目には入りません。そんな瑠璃の顔をため息混じりで眺めながら


「で、何を聞いたんですか?」

「もちろん海の向こうのことでしょ」


玻璃が、瑠璃の鼻先まで顔を近づけてニヤリ顔でそう言います。


「なんでわかるの?」


頭がびしょ濡れの瑠璃が頬を膨らませながら玻璃にそう言っていると


「そうなんですか?本当に?マリさん、よくわかりますね」


刻の執事は、驚いたり、やはり母親ってすごいなと感心したり


「家でも学校でも、ぼーっと外ばかり見てるんだもんね」


玻璃のその顔は、お母さんはちゃんと知ってますからね、そう言いたげです。


「で、チョコレートファウンテンは、教えてくれましたか?」


暁がまるで助け舟を出すかのようにふざけて瑠璃に聞きます。

女王の執事が、元気なお嬢様ですなと、手に下げていた白い布で瑠璃のびしょ濡れの頭を拭いてくれています。刻の執事がペコリと頭をさげ女王様の執事に変わって瑠璃の頭を拭いていると


「チョコレートじゃないけどね。」


白い布の中の顔は唇をとがらせていそう。

刻の執事は続けて、どうだったんですかと聞くと、


「外国行きの、船の、チケットの、買い方を教えてくれた」


なんとも不満げな瑠璃の返事。

そんな答えに、その場にいたみんなは顔を見合わせると、誰ともなく笑いだし、刻の執事もまるで緊張が解けたように笑い出していました。

玻璃も我が子を愛しく抱きしめたい、そう思いながら笑顔の輪の中に。

その様子を少し離れたところから見ていた白い影も優しく微笑んでいるようでした。

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