第7話 刻の執事

七 刻の執事


「本当に?」


月明かりに照らされているからでしょうか、瑠璃の部屋は白く淡い光の中にありました。


「本当ですよ。刻の執事です。瑠璃さん、そうでなければ、私が瑠璃さんの部屋にいる事が大事件でしょ」


笑顔で応えるその人は、シルクハットをかぶりタキシードを着て、片膝をついて瑠璃の目の前にいるのです。

確かに母親の玻璃から聞いた刻の執事の姿、そのまま。 違うのは、瑠璃が思っていたよりもとても若いという事。


「どうやってここに来たの?いつからここにいたの?」


そう尋ねる瑠璃の手をとると、窓辺に瑠璃を連れて行き、執事は瑠璃に


「見てください」


そう言って窓の外をしめします。 窓から見える町は、いつもと変わらない。静かな星刻町。


「えっと、、、?」

「分かりませんか?」


執事の笑顔に瑠璃は、考えます。

二階の瑠璃の部屋に刻の執事はいます。 窓辺に連れて来て見てというなら、家の階段を上がって来たのではなく、窓から入って来たって事。それなら、ハシゴがあるのかな? 窓からキョロキョロと見回しますが、ハシゴは見当たりません。


「いつもの町ですか?」


ニコニコとした執事はそっと指さします。 その先には紬の家。今日は紬を避けてしまった後ろめたい気持ちがあるので、紬の家の方は見ずらい。でも執事がうながすので空いている窓から目だけが出るくらいに覗いて少しすると


「うん? あ、あ、あれ」


そこには紬の家の猫のニャーが、紬の部屋から夜の散歩に出ようと飛び出して、そのまま止まっているのです。しかも 空中で。


「止まってる、、、の」

「そうです。瑠璃さん、今ここは、刻の狭間なんですよ。」

「刻の狭間?」

「時間と時間との間です。」


執事は優しい声で応えます。


「世界の全てが止まっている。瑠璃さんだけが動くことのできる時間の事。それが刻の狭間です。」

「わたしだけ、、、私だけが動ける時間! 刻の狭間! すごい。刻の女神様がプレゼンしてくれたの」

「はい。私が女神様からおおせつかり、十一夜を迎えたあなたのところに来たのです。 そして赤いアミュレットグラスの力とともに瑠璃さんと刻の狭間に居るのですよ。」

「十一夜、、、赤いアミュレットグス、、、私の?」

「そうですよ。今、この刻の狭間は十一夜を迎えた瑠璃さんの為だけの時間です」

「私だけの時間」


なんて素敵なんでしょう。 瑠璃は長年待ち焦がれていた執事に会えただけでもとっても幸せ。 そしてその執事から自分だけの時間をプレゼンされたんです。 いつも自分の空想の中に浸っているのが大好きな瑠璃。その瑠璃に、自分だけの時間がプレゼンされるなんて、今までもらったプレゼンの中で一番 素敵。

でも、その時間をどうつかったら、、、 いつもの空想の時間にするのは贅沢すぎるし、、、

そういえば、十一夜とは、刻の執事と会うってどんな意味があるのだろう、、、

疑問が浮かんで来て執事に質問しようとしたその時です。


「瑠璃、お腹空いたんじゃない」


そう言って玻璃がノックもせずに入って来ました。


「ママ、ママ。刻の執事に会えたのよ。刻の狭間を作って部屋に来てくれたの。ほら、ね。私だけの時間をプレゼンしてくれたのよ。すごいでしょ。」


興奮して話す瑠璃の示す先には、確かにシルクハットにタキシードを着た刻の執事が立っています。

ただ、今度は息を吸えずにいるのは執事の方。 そんな執事に玻璃はガーッと詰め寄るように


「こんばんは。執事さんとやら。そんな格好してるけど。あなた、いったいどなたかしら。どこからどうやって来たのかしら。本当に刻の執事さんなのかしら?ちゃんと答えて!」


玻璃はものすごい勢いで詰め寄ります。


「はい。間違えなく。そうです。えっと、そう思っています。」

「そう、、、じゃあ 刻の女神様と会いましたか?」


玻璃の顔はますます険しくなっていきます。そんな玻璃の質問に


「はい。」


執事は、大きめの声で答えました。そんな執事いっそう睨みつけながら


「本当に?」


そう玻璃は言うと、執事から絶対に目を離さないわよ、と言った勢いで執事を睨みつけたまま、瑠璃に


「瑠璃、アミュレットグラスの色 確認したの?」


そう尋ねます。


「あ、まだ見てなかった」

「じゃあ、すぐに確認して」


玻璃は、刻の執事を冷たい目をしてじっと見つめています。 そんな玻璃の視線には気づきもしない瑠璃は、お気に入りの額縁の窓から巾着をとり、笑顔いっぱいで開けています。

そして そこには、部屋の淡い光を反射する様に、赤くキラキラと光るアミュレットグラスが。


「本当に綺麗。ママのアミュレットグラスと同じだよ。とっても綺麗。綺麗な赤いアミュレットグラス」


顔を上げ玻璃を見た瑠璃の指には、赤いアミュレットグラスがありました。 玻璃は、びっくりした声をあげて


「あっ赤い、、、本当に赤いアミュレットグラス、、、」

「そうよ、ママ。赤いアミュレットグラス。」


玻璃は執事の事をさらに大きく目を見開き息を呑むように見て


「まさか、、、あなた、本物の刻の執事なのね」

「はい。そうです。なんか、すみません」


執事は、本当に申し訳なさそうに答えます。そんな執事の様子に


「えっ、どうして すみません?なんで?なぜそんな風に言うの?」


瑠璃は不思議そうに尋ねます。すると玻璃が、瑠璃に真っ直ぐに向き合い


「瑠璃。今日は瑠璃だけの十一夜なのよ」

「そうよ」

「刻の狭間は、瑠璃だけの時間なの」

「ええ、そう 今、刻の執事さんから教えてもらったわ」


嬉しそうに応える瑠璃。


「そうよね。じゃ、どうしてママがここに居るの」

「んー、ママの家だからでしょう」


瑠璃はなんの疑問もなく応えますが、フッと気がついたように、


「あ、そうよ。ママなんで動いているの。ニャーは空中で止まってた。なのになんで。ママいつもと変わらない。あれ?」

「ママもそう思うわ。ね、執事さん。どう言う事かしら。」


玻璃は、振り返りながらそう執事に尋ねます。


「本当に、私も不思議で、、、どうしてこんな状況になっているのか、、、」


困りきり、頭を抱える執事のもとにもう一人。


「ママ、瑠璃は?大丈夫かい? 起きているなら、お祝いのパーティー始めようか」


そう言いながら、暁も部屋に入ってきました。


「あー、お父様もですか」


執事の大きなため息。 暁はキョトンとして、


「うん、誰?」

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