第33話  不安

三十三  不安



鏡の中から聞こえた王の第一声は、女王を心配する優しい声。

その声を聞いた途端、オルゴール達は、王様ことを身体中に稲妻が駆け巡るように思い出して行きます。


「そうだ、この声だ。」

「優しく穏やかな、まさに王様の声よ。」

「そうでございます。そうでございます。このお声。ワルツがお好きで、楽しく踊っていらしゃる王様のお声です。」

「いつも王様の楽しそうな笑い声がしていたね。その声だ!」


オルゴール達の中で、王様がまた刻を一緒に刻み始めます。

瑠璃は王様に会ってことはないのに、オルゴール達が楽しそうに話す王様の姿が目に浮かんできて、チムニーと


「やったー、やったー。王様がいらっしゃったー。」


と抱き合って喜びました。

さっきまで気丈に凛としていた女王でしたが、王様の声に大粒の涙が青い瞳から次々とあふれ落ちて華やかな黄色いドレスを濡らしていきます。

白髭の執事は、王様の声をもっと聞かせようと鏡のすぐ前へと女王の手を引き、女王も王様に呼びかけようと鏡に向かったとき、暁がとっさに女王の口を塞ぎました。


「マリ様の執事殿。どうされたのです。」


突然のことに白髭の執事は驚いて声を上げると、暁は、その口に人差し指をあて、喋らないように合図を送ります。

女王と、白髭の執事を鏡から遠ざけると小さな声で、


「女王様。今、鏡の刻と通じて、王様がいらしゃる事もわかりました。」

「もちろん。女王様も私もわかっております。ですから、心配されている王様に女王様のお声をお聞かせしようと。」


白髭の執事は、眉間にシワを寄せて暁に訴えます。


「そうですね。私もできれば、そうしてあげたい。」

「それならば、、、」


白髭の執事が言いかけると、その言葉を遮るように


「鏡の中の刻と通じたのです。王様にも女王様の声は届きますが、ヘラの鏡にも女王様の存在がわかってしまいます。」


ハッとして声を失う二人に


「王様は、女王様の声を聞かれたら、その姿をご覧になったらさぞかし喜ばれるでしょう。そんな王様をヘラの鏡はどうするでしょうか?

今よりももっと、もっと深く。女王様の手の届かぬ鏡の奥に王様を閉じ込めてしまうかもしれません。」


暁の話に女王は涙を拭うと、また凛とした姿になり


「わかりました。王様の、そして王様をお助けする皆のためですね。」

「そうです。」


暁は、女王の目を見て頷くと、テリーゼを手招きで呼び、女王達に話した事をテリーゼにも伝え、


「女王様を扉までお連れしてください。念のためです。なるたけ姿が見えないようにお願いします。」


テリーゼは女王の手を引いて小走りで扉の前まで行き、女王を腕の中に抱き寄せ、扉の前にしゃがみます。

暁のただならぬ行動に、鏡の前で喜び、抱き合っていたみんなにも緊張が走っていました。


「どうしたの?」


不安そうに暁を見る瑠璃と玻璃。女王とテリーゼの様子を確認した暁は、鏡の前にいるみんなをそっと呼び寄せ、白髭の執事と話した同じ事をみんなに伝えます。

このとき暁は、みんなでヘラの鏡の裏側に作った、いわゆるホワイトホールに対して、なんとも言いがたい一抹の不安が頭をよぎっていました。


「女王様のことは口せずに、またヘラの鏡をあまり刺激しないように、慎重に王様を救出しましょう。」

「承知いたしました。」


白髭の執事は、鏡の前に目を閉じて立ち、玻璃のおばあさんの話を思い浮かべました。そして、一つ大きく深呼吸をすると明るい声で。


「王様。執事でございます。」

「おおー。執事。そこにいるのは執事であったか。女王はどうしておる。無事か。無事にしているか!」


切ないほどの女王を思う王様の問いかけに、白髭の執事の目に涙が浮かんできます。しかし、


「王様。十一夜が、始まっております。ワルツも始まります。王様がワルツを踊られるのを皆楽しみにしております。さあ、大ホールに戻りましょう。女神様も待っておられます。」


女神様も待っておられます この発言に鏡の前にいるみんなは、なぜこの場で女神様の事をヘラの鏡に向かって言ってしまうのか困惑します。ただ、玻璃だけが、考えたわね、と、にやり。

待っているのは、女王ではなく、女神様。

玻璃のおばあさんの話だと、以前の十一夜は、女神達が愛し大切にしていたオルゴールを動かし、女神達も一緒に華やかに十一夜をお祝いしていたのです。

ヘラの鏡も化身する前は女神様。オルゴールたちに囲まれて十一夜を幸せに過ごしていたことでしょう。 その姉妹である女神が待っていると言えば、ヘラの鏡も自分が女神であった事を思い出すかもしれない。

そして、王様をこれ以上深く闇に連れていく事をためらってくれれば、救出する時間が稼げる。 そう考えた白髭の執事に玻璃は、


「やるじゃない。」


そう言って白髭の執事の肩を思いっきり叩きます。白髭の執事は、笑いながら痛いですよと肩を摩り


「王様。チムニーも来ております。ブラシを降ろしますのでおつかまりください。」


チムニーは、目で衛兵達に合図を送ると再びヘラの鏡の裏側に作ったホワイトホールにハリネズミブラシを入れて行きます。 今度はかなり深く入り、ワイヤーが足りなかったらどうしようかと心配していると、


「ハリネズミに乗ったぞー。」


と王の声が聞こえました。チムニーは、


(そうだ。瑠璃だけじゃない。王様もハリネズミってブラシの事をそう呼んでいた。そうだ、そうだ。これが僕の好きな王様だ!)


王と過ごしていた楽しかった刻がチムニーの頭の中をハリネズミが走り回るように駆け巡ります。


「王様。ハリネズミを引くよー。準備は良い?」

「チムニー。良いぞ。」


明るい声の掛け合いに、衛兵達のワイヤーをひく手にも力が入り、スルスルと王様が上がって来るようです。

間もなく、王様の冠が鏡から出て、優しい笑顔の王様が姿を現すと


「王様。」

「王様。」


みんなの喜びに満ちた歓声が上がります。

女王も我慢できずに、テリーゼの腕の中から少しだけ顔を出して、王を探し、その姿を見つけたとたんに、抑えていた王への想いが涙と共に溢れ出します。


「うっ」


感情と共に出た、ほんの小さな女王の声も王には届き


「おお。無事であったか女王!よかった。本当に良かった。会いたかったぞ。」


王様の喜びの声が書庫に響いていきます。

その瞬間、チムニーと衛兵達が剥がした銀が少しずつ戻っていくようにホワイトホールが閉じはじめました。

王様の体は、まだ鏡の中に。

王の女王を思う気持ちが、ヘラの鏡が目覚めさせたのでした。

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