第32話 鏡の中の刻
三十二 鏡の中の刻
鏡の裏の銀が剥がされて現れたガラスの部分は、まるで涙が溜まってできた池のようで、瑠璃には揺らいで見えていました。
「泣いているの、、、」
そう呟いて揺らいで見えるガラスに触れようと手を伸ばすと、刻の執事が
「さあ、チムニーさんブラシを入れてください。」
「了解!」
チムニーが、ハリネズミブラシが先端についた長いワイヤーを斜めがけにしていた体から降ろします。
衛兵達は、ワイヤーの部分をしっかりともち、チムニーに
「しっかりと持っております。いつでも鏡に入れてください。」
「王様を引き上げるのは我々にお任せを。」
衛兵達はチムニーに、ウィンクし、親指を挙げます。
(そうだった、王様を助けなきゃ。)
悲しそうに揺らいで見えるガラスに瑠璃は一瞬、心を奪われていました。
「ハリネズミ、王様のもとへ行け〜。」
士気が高まり、興奮したチムニーがそう言ってブラシを鏡に入れて行きます。
池のように揺らいで見えるガラスに、吸い込まれるように入って行きますが、すぐに
「うん?もう、何かに当たったみたいだよ?そんなに深くないのかも。」
チムニーが暁を見て、ほら、とこれ以上ブラシが進まないと動かしてみせます。
「本当だ。予想外ですね、、、」
瑠璃もチムニーのブラシを見ながら、
「王様って、こんなに薄っぺらいの?」
確かにそうです。煙突掃除用のブラシなのですから、とても長いのですが、ハリネズミの部分が入るとすぐに何かにつっかえるように入らなくなってしまいました。
こんなに狭い空間に閉じ込められたいる王様は、薄い体つきなのでしょうか? その様子を見た衛兵達は、
「ならば、私達が手を入れて王様を。」
「そうです、届くはずです。」
二人はそう言って、急いで手を鏡に入れます。手はブラシよりも入っていくように見え、体まで吸い込まれるように感じられました。
とっさに
「危ない!」
瑠璃と、玻璃が衛兵の体を抑えます。衛兵達は、すぐに体勢を整えガラスからいったん手を引き抜くと
「捕まえました。」
「私も、、、」
そう言った二人の手には、王様ではなく本が握られています。
「本?」
拍子抜けしたように刻の執事が本をまじまじと見ながら
「なぜ、本?鏡の中で王様が読んでいるって事ですか?」
暁に問いかけると、
「違うよ、ガラスだから突き抜けちゃったんだよ。その本は、書庫の、、、ほらこの棚に入ってた本。」
瑠璃が、鏡を押し付けている書庫の棚を示します。
「あ、本当だ、棚の本が二冊分ないよ。」
チムニーも鏡の横から覗き込んで、本が無くなっている棚を触ってみます。
みんなの後方にいた女王が白髭の執事を押しのけるように鏡の前に立ち
「突き抜けてしまうなんて、どうしましょう。鏡の中にどうしたら行けるかしら?王様をお助けするにはどうしたら?目の前に鏡があるのに、、、もう手が届く、ここに王様がいらっしゃるのに。」
書庫の棚をかがんで触っているチムニーと一緒にしゃがんで、鏡を見つめる女王の姿をじっと見ていた瑠璃が、突然立ち上がると衛兵に
「それ脱いで。」
「え。そ、それ?」
「それ、えっとなんて言うんだっけ、それよ、身につけている銀色の、、、」
「甲冑ですか?」
「そう、甲冑!早く早く。」
瑠璃に急かされて、衛兵達が甲冑を脱ごうとすると
「一人だけで大丈夫。一人分の甲冑をちょうだい。」
衛兵が甲冑を脱いで瑠璃に渡すと、ドン。その場に落としてしまいます。
「びっくりした〜。こんなに重たいのね。」
瑠璃が甲冑を動かそうと苦戦していると、衛兵が
「瑠璃様。甲冑をどうするのですか?」
「ここに置きたいの。鏡と書庫の棚の間に。」
瑠璃が鏡の後ろを指さすと、玻璃が感心した声で
「あ〜。そう言うことか。銀色の甲冑をガラスの裏に置いて、即席の鏡を作るのね。やるじゃん瑠璃。」
「うん。」
名案でしょ、っと胸を張る瑠璃。しかし白髭の執事は、あわてて甲冑を抑えると
「瑠璃様。せっかく手を入れても吸い込まれないガラスにしましたのに、また鏡にしてしまって大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、と思う。吸い込むのは棚に向いている方の鏡。こっちは裏側。裏側の面を鏡っぽくしても、吸い込まれないはずよ。」
白髪の執事に話す瑠璃の顔は、キリッと引き締まってなんだか大人びて見えます。
暁は、そんな娘を頼もしく思いながらも、いつもの楽しい二人のやりとりのように少しいたずらっぽく
「瑠璃さん。ホワイトホールですね。」
「その通り。さあ、衛兵さん手伝って。」
訳がわからず、混乱していた衛兵達も笑顔になり、棚と鏡の間に甲冑を差し入れます。
暁は念の為、オルゴール達にガラスの前に立たないように言い、刻の執事と二人で甲冑とガラスの隙間が無くなるように鏡を動かします。
すると瑠璃が
「声がする、、、ねえ、ここから声がする!」
瑠璃が示した先には、今まで涙の池のようだったガラスに、書庫の棚がぼんやりと映り始め、ガラスが鏡に変わっていく様でした。
書庫を徐々にはっきりと映し出す鏡を息をするのも忘れるくらいじっと見ていると、その奥から
「お〜い。お〜い。誰かいるのか。女王〜。女王は無事か〜。」
女王を気遣う優しい声が響いてきました。
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