第34話  刻が繋がる

三十四  刻が繋がる


女王の姿を見つけた王様の喜びの声に、みんなも歓喜して書庫に幸せが広がっていきます。

しかし、王様が助け出されようとしている、みんなで作ったホワイトホールは、少しずつ少しずつ閉じはじめていました。そう幸せの足元が崩れ始めていたのです。

誰もが、王様の笑顔に目が向いていましたが、暁だけは音もなく始まった変化に


「あーっ、しまった、閉じてきている。出口が小さくなってきている!やはりそうだったんだ。わかっていたのに。何をやっていたんだ。くそっ。」


不安を抱えていた暁は、自分を責め大きな声をあげます。


「何、どうしたの?」


玻璃が驚いて暁を見ると、その手は銀が再生し始めているホワイトホールの淵にあり、何かを必死に止めようとしています。


「閉じ初めているんだ。銀が再生してる。」

「え、なんて事。どうして。」


玻璃も急いで淵に手をかけます。


「王様の声で、ヘラの鏡が目覚めた。きがついたんだ。」

「あっ」


女王様に、と言いかけましたが、これ以上ヘラの鏡を刺激しないようにと言葉を飲み込みます。両親の異変に瑠璃も、


「何、どうしたの? ハッ  た、大変!塞がってきてるの?なんて事!ホワイトホールが閉じ始めてる!」


瑠璃の大きな声にみんなが振り返り、ホワイトホールを見ると、銀が音もなく王に迫っていました。

暁はホールの淵に手をかけ再生し始めた銀が出口を塞いでしまうのを止めようしと、玻璃はその銀をむしり取ろうとしていました。

慌てて、刻の執事も暁の反対側からホールの淵に手をかけ


「なんてことだ!ここまできて」

「早く。王様を早く引き上げて!急いで!」


暁の大きな声に、衛兵達はワイヤーを、ラウムとチムニーはそれぞれ王様の手を引っ張ります。

白髭の執事もワイヤーの端を握り肩に背負うとウォー!と声をあげながら力の限り引きます。

銀の再生は止まらない。どんどん王に迫ってくる。瑠璃が、


「銀が生きているみた。生きているみたいに動いてるよ。」


銀は、もう少しで抜け出せそうな王の足に、まるで鏡から生えてきた人の手のように絡みつき、王を再び鏡の中にジワジワと引き摺り込んでいきます。


「なんて力なんだ。」

「ま、まったく動かない。」


力自慢の衛兵達は力のかぎりに踏ん張りますが、ワイヤーを引くことができず、その場に止まったまま。

それどころかジリジリと鏡の方に引きずられ、衛兵達もラウムもチムニーも白髭の執事もみんな鏡に吸い寄せられ、取り込まれてしまいそうです。

瑠璃も玻璃も王の足に絡みつく銀をむしりと取ろうと必死に手を動かしますが、ウヨウヨと生き物のように動く銀は剥がしても剥がしても王様に絡みついて離れない。

それどころか、足から這い上がり王の腰のあたあたりまで絡みついて少しずつ、少しずつ、確実に王を再び鏡に吸い込もうとしています。 しかも、ラウムとテリーゼがチムニーから叩き落としていた銀までが命を得たようにホワイトホールの淵を抑えていた暁と刻の執事に絡みついて二人を鏡の中に突き落とそうとするかのように押してくるのです。


「このままじゃまずい。みんな鏡に取り込まれてしまう。」


どうすることも出来ず焦る暁に瑠璃が、


「そうだ、甲冑をどかせば、ガラスに戻るかも、、、。甲冑をどかしたらガラスになって銀がなくなるかも!ねえ、どかそう!動かそうよ!」

「瑠璃。それだ!よく考えたね。えらいぞ。」


誰もが必死になっている極限状態で、瑠璃が思いついた方法は、唯一無二の名案。

暁も玻璃も瑠璃の成長を頼もしく思います。 ですが、誰かが今いる場所を離れれば、一瞬にしてバランスが崩れ鏡に吸い込まれたしまいそうなほどのギリギリの状態です。

そんな状態でも、暁が甲冑をどうにかできないかと、淵に手をかけながら辺りを見回していると、扉の前でテリーゼの腕の中にいた女王が立ち上がりました。

そして今度は、女王がテリーゼの手を引いて、こちらに走って向かってきます。


「待って!待って!ダメだ!」


暁が静止しようと大きな声を出しますが、


「任せてください。これしかありません。私達で甲冑をどかします!」


女王とテリーゼは鏡の後ろにある甲冑に手をかけ力を込めて押し始めました。玻璃が


「棚と鏡の間に入ってはダメよ。そこは、鏡の表側。吸い込まれてしまうわ!」

「構いません。私達では押す事しか甲冑は動きません。」


女王とテリーゼはお互いの顔を見て意を決したように頷くと、さらに力を合わせて甲冑を押し始めます。瑠璃が


「待って、待って。テコの原理って言うのがある。先生が来年授業でやりますよって見せてくれた。校庭の大きな石を一人で動かしていた。」


玻璃が王様に絡みつく銀と格闘しながら、


「瑠璃、えらいよ。よく思い出した。」

「でも、やり方わかんない。まだ教わってないだよ。」

「大丈夫。任せなさい。」


暁が手はホールの淵に置いたまま、ものすごい早口で、女王とテリーゼに


「良いですか!良く聞いてください。書庫の本を甲冑の横に三、四冊積んで。

サーベルを本の上に。そこから甲冑の方にサーベルを滑らせるように動かして、甲冑の下に入れて。

サーベルが甲冑の下に入ったのが確認できたら、そのままサーベルを押すんです。

わかりましたか!」


二人は頷くと、テリーゼが急いで書庫から本を集め、女王は衛兵が銀を削るのに使っていたサーベルを拾い上げる、暁に言われた通りに甲冑にセットし


「テリーゼ。行きますわよ!」

「はい。女王様。」

「せーの!」


思いっきり二人でサーベルを押しました。

あんなに重かった甲冑がゴロンゴロンと、鏡の後ろから外れ書庫を転がっていきます。

すると、王の足に、腰に絡みついてウヨウヨ動く銀を剥がそうとしていた瑠璃と、玻璃の手からも、暁と刻の執事を落とそうとしていた銀も、煙のように消えていきます。

力自慢の衛兵達でさえ動かすことができないほど重く、びくともしなかったワイヤーも急に軽くなり王は転がり出るよに鏡から飛び出してきました。

銀を削り取られた鏡は、またガラスに。

透き通るガラスは涙が溜まって出来た池のようで、瑠璃には悲しく泣いているように見えてました。


「やった、、、ついに、王様を助けだせた、、、」


そうです。王の救出に成功できたのです。

ヘラの鏡との戦いが終わりました。

みんな、歓喜の声をあげることもできないほど、腰が抜けたように動けずに床に座りこんだままでしたが、その場を安心に満ちた静寂が包んでいました。

女王はゆっくりと立ち上がり王の元に駆け寄ると、王が優しく女王を抱き寄せます。二人は何十年ぶり、いえ百年を超えるほどの刻を経て再会したのです。王と女王の刻が繋がりまた動き出しました。 幸せに包まれる二人を見て、


「良かった。本当に良かった。」


瑠璃の瞳からは、安心に満たされた温かい涙が溢れていました。

しかし、良かった 瑠璃がそう呟いたとき、ガガガと地面が揺れるような音が  


「何?今の。何の音?え、書庫が揺れた?」


するとまた、ガガガガガーと先ほどよりも大きな音がして、確かに書庫が揺れています。


「書庫が動いている。まずい。先っきの感覚はこれだったんだ。」


暁に刻の執事が反応して


「さっきの感覚って?いったいなんですか?」

「始めに書庫を覗いたときよりも、鏡が遠くに見えたり。小さく感じたりしたんだ。」

「ど、どう言う事ですか?」

「書庫が動いているんだよ。」

「えっ。」

「書庫自体がやはりヘラの鏡なんだ!」


暁の思わぬ言葉に、瑠璃は


「えーっ。なんで。全然、よくないじゃん。」


今度は、振り出しに戻された感覚で動けなくなっていました。

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