第35話 瑠璃の思い

三十五  瑠璃の思い


ガガガガガ。ガガガガガー。

書庫に響く音は大きくなっていきます。


「書庫の棚が迫ってきてるみたいよ。」

「何だか扉が遠く感じる。」


書庫の幅は確実に縮り、扉が遠くなっていく。書庫は、細長い部屋に変化しているようでした。

書庫の棚からは、本が落ちて瑠璃達を襲ってきます。 このままでは、扉までたどり着く前に押しつぶされてしまう。


「みんな、立ってください。早く。」


知恵も力も使い果たして立ち上がれない暁を抱き起こしながら、刻の執事が叫びます。


「まだこんな事を。恐ろしいお方だ。」

「怖い。怖いよ。怖いよー。」


王は、女王を抱えて立ち上がらせると、恐怖で立てないでいるチムニーのハリネズミのワイヤーを衛兵達に渡し


「大丈夫だ。チムニー、王がそばにいるぞ。さあ、歩けるだろう。」


王の声は優しく全てがうまく行くように思わせてくれる。


「うん。わかったよ王様。」


チムニーに勇気を取り戻させていました。

チムニーだけではありません。王の声はそこにいるみんなに力を与えていくようです。

ヘラの鏡と戦いに疲れ切っていたラウムもテリーゼの手をとり


「さあ、一緒に戻ろう。」


力を使い果たしていた衛兵達も、王、女王をそして白髭の執事、チムニーを落ちてくる本から守るように手を広げ


「私達にお任せください。」

「お守りいたします。」


頼もしい姿に戻っていました。刻の執事も瑠璃達に


「さあ、私たちもここを出ましょう。」

「そうね、急いだほうが良いわね。」


玻璃も、暁も頷き、瑠璃の手を引こうとすると、


「ヘラの鏡、泣いている。一人ぼっちになって。泣いている…」

「瑠璃?」

「背中を削られて。泣いている。悲しそう…寂しそう…あんなに小さくなって泣いている。」


瑠璃の目には、破れたドレスをまとった女神ヘラが、背を向けてうずくまり泣いているように見えていました。

玻璃にも暁にもその風景が見えるように伝わって、瑠璃の手をぎゅっと握り


「そうだね、泣いているね。」


しかし、事態は切迫しています。扉までたどり着いたラウムとテリーゼが、


「開かない!扉が開かないよ。」


二人は必死に扉をこじ開けようと、ドアノブに手をかけたり、扉に体当たりを繰り返します。

その様子を目の当たりにした刻の執事は一層焦り、瑠璃に向かって


「そうかもしれませんが、ここにはいられません。瑠璃さんは、ヘラの鏡がしたことを許すのですか?」

「わかってるよ。許さないよ。絶対に!女神様だからって、いけない事をしたら正さないと。」

「そうです。瑠璃さん、その通りです。ですから、、、」

「そうだけど、それとこれは別。あの姿を見て!あまりにも悲しいでしょ。悲しすぎるの!」


瑠璃は刻の執事にそう言い放つと、王の元に走り寄り


「王様。今夜十一夜を迎えた瑠璃です。」


玻璃が女王にしたように王様に丁寧にお辞儀をしました。


「瑠璃。十一夜おめでとう。良い十一夜を過ごせるよう願っているよ。」


王も本が落ちる書庫の中でも瑠璃に優しく声をかけてくれます。刻の執事だけが


「瑠璃さん。こんなとき、何を言ってるのですか。」


さあ、行きましょうと瑠璃に手をかけますが、それを振り払い


「私、お誕生日です。王様。プレゼントをいただけますか?」

「プレゼント?」

「そうです。プレゼント。オルゴールを代表して、王様が私にお誕生日のプレゼントをください。」


刻の執事は、ますます怒って


「瑠璃さん。何を言ってるんですか!周りをよく見って!本が降ってきているんですよ!みんなを押し潰そうと壁が迫って来ているんですよ!扉だって開かない。何とかして早くこの部屋を出なければ!」


瑠璃を思いっきり引っ張りますが、瑠璃は刻の執事をちょっと黙ってて!と睨みつけ、


「王様の、その赤いローブを私にください。」


刻の執事はますますムキになって瑠璃に詰め寄りますが、玻璃と暁は瑠璃の思いに気がつき、刻の執事を鎮めるように肩を抱き寄せると


「お願い、そっと見守って。」

「瑠璃を信じてあげよう。」


二人に制止されて、困惑しながらも瑠璃を見守っていると、王が自分の赤いローブをとり


「瑠璃。お誕生日おめでとう。」


とローブを差し出し、瑠璃の両手にそっと置いてくれました。


「ありがとうございます。」


瑠璃は片膝をおってお辞儀をすると、すぐに振り返ってヘラの鏡に走り寄ります。


「これは、私からです。女神様。」


そう言って、削られた背中を覆うようにヘラの鏡にローブをかけ


「もう、誰も悲しい思いをしませんように。」


そう願いを込めて女神ヘラを優しく、優しく抱きしめたのです。

刻の女神を包んでいたのと同じあの美しい光が降り注ぎはじめて、瑠璃を包んでいきました。

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