第11話 十一夜へ

十一 十一夜へ


満月が、一番高く登った頃。執事が


「さあ、行きましょう。」


そう言うと瑠璃の手を取り玻璃と暁に目をやり


「瑠璃さんに続いてください。」


少し胸を張り窓に手をかけます。暁が瑠璃の肩に手をかけ、玻璃が暁の袖口をつかみ繋がると


「え、何。空を飛ぶの!ピーターパンみたいに! 空 飛ぶの!ね、そうなの、そうでしょ!すご〜い、素敵。」


満面の笑顔の瑠璃に


「違います。」


あっさりとした執事の返事。


「なーんだ、残念。」

「なんか、すみません。」


苦笑いの執事と瑠璃のやりとりに暁と玻璃顔を見合わせて思わず吹き出していると


「でも、空飛ばないのに なんで窓?」

「瑠璃さん、鋭いですね。」


執事は瑠璃の顔を覗き込むように

「空を飛ぶのではなく、歩くのです。」

「え、歩く、、、の。」

「はい。」


ワクワクしたり、がっかりしたり、またワクワクが顔からにじみ出る。執事はそんな瑠璃の反応が面白くてたまりません。


「空を歩く?どうやって歩くの?」


執事は、にっこりとしてうなずくと、窓の外を見て指さします。 月の光だけが美しくて、風景がぼんやりとしていた窓の外をじーっと見ていると、だんだんとはっきりして、弧を描くような白っぽい光が見えてきました。


「白い光 集まってきているの?」


思わず窓に近づくと白い光は、瑠璃の窓からつながっています。


「わあ!」


執事も窓に並んで


「さあ、行きましょう。」


そう言って窓の外にスーッと出ると光の上に足を揃えて立ち、瑠璃に


「さあ、瑠璃さんも。」


と。瑠璃は体がふんわりと浮くように足を踏み出し白い光に右足をのせると、足元を見て


「あ、下が見える。白くない、透明よ。」

「怖いですか。」


瑠璃が小さくうなずくのを見て


「左足をそうっと踏み出して見てください。」


執事に言われて、左足を右足に揃えると、そこに白く輝く小さい粒が集まってきて、まるで瑠璃の足を支えてくれているようでした。 続いて窓から出て来た暁や玻璃の足元を瑠璃が見ていると白い光の粒たちがスーッと近づいてやはり二人を支えます。


「ちっちゃい雲?氷の結晶?ガラス粒?」


瑠璃の言葉に


「本当にそうね、可愛い。」


玻璃も足を動かすたびに集まったり離れたりする白い光を楽しんでいました。


「光の粒達が作る橋なんですよ。」


そう言うと瑠璃の手をひき、橋を渡り出します。 暁も玻璃も瑠璃に繋がりながら光の橋を歩きます。 光の粒たちは四人の足元に集まってきたり、離れたり。瑠璃たちはキラキラと光りながら進んでいるのです。

そして瑠璃が足元を見ると、そこには時間の止まった星刻町が広がり、瑠璃が縦横無尽に走る坂道も空か見ると


「いつもと違ってみえる、坂道ってあんなにクネクネしてるんだ。」


初めは不安定な足元が怖かった瑠璃。 でも大好きな星刻町を空から見るってなんて素敵なんだろうと、なんだか大きな声でみんなにこの幸せを叫びたい気持ちが湧いて自分でも顔が熱くなるのが分かりました。

紬の家も空中で止まっているニャーもなんだか自分の手の中に入りそうなほど小さくなって愛おしく思えます。

キョロキョロと町を見回していると、だんだんと星刻教会が近づいて


「教会が、こんなに近いなんて。」


いつもは、家の前の坂道をクネクネ曲がりながら下って、海沿いに建ち並ぶ小さな商店街の道を走り、教会に続く坂道の下に。そこから少し急な坂道を登って教会にたどり着くのです。 光のつぶの橋はその距離をグッと近づけてくれました。


もう少しで教会と言うところで急に教会がグラリと揺れました。 いえ、揺れたのは瑠璃の体。 急に足元がなくなり、体が落ちて行くよう


「え、えっー落ちるー。」

「大丈夫です。」


執事の声にハッと見ると


「すべり台ですよ。」


見ると白い光の橋は満月に向かうように伸びていて、そこからゆったりと滑り落ちるように右に左にと、揺れながら滑り降りて行きます。 刻は止まっているのに気持ちのいい風が瑠璃の頬を通り過ぎる。


「はあ〜、なんてステキ!」


すべっていく先を見ると、教会の坂道の下に着くようでした。 でも、瑠璃が知っているいつもの坂道下の風景とは違います。 そこには、緑の淡い光が。 すべり降りてトンっと地面に降り立つと、いつもは商店街があって、丸いメガネをかけた小さなお婆さんが店番をしている駄菓子屋さんのすぐ隣に教会への坂道があるのに。

今はその駄菓子屋さんも緑の光の中に包まれているのか良く見えません。坂道と駄菓子屋の間でしょうか?奥からもっと濃い緑の光が漏れています。 瑠璃はなんだろうとのぞいてみると、そこには目を奪われるほどの広い草原が広がっていました。


「はっ。」


息をのむほどの緑の草原。


「こんな事って。」


瑠璃の目の前に広がる草原はシャリシャリと揺れています。


「あれ、これって。本物の葉っぱ、、、じゃないのね。」

「ええ。」

「透き通ってる。ガラス?ガラスの葉っぱ」


いつもならもう海が広がっているその先まで、ガラスの葉っぱの草原がどこまでも、どこまでも広がっているようでした。

足元には、砂浜よりも白く光る粒が一面に。 ガラスの草原には、ガラス細工のナナホシテントウやチョウが命を吹き込まれて飛んでいます。瑠璃が手を上げると黄色い蝶が止まり


「こんなに綺麗なんて、絵本の中にいるみたい。」


瑠璃は、ふわふわとした気持ちでまわりを見回しながら執事の後を歩いていくと、瑠璃の背の何倍もある古びた大きなドアがあり、そこには不思議な数字の鈍く光る文字盤が。まるで大きな時計のようです。


「ここは?」

「ここに刻の女神様がいらっしゃるのです」

「女神様がここに?」


執事は、瑠璃を見て


「いいですか、瑠璃さん。」


さらに、


「そしてあなたは、マリさん。」


玻璃は、何もかも悟ったように


「はい。」


そう静かにうなずきます。瑠璃もあわてた様にうなずきます。

執事は、二人を交互に見て


「さあ、刻の扉を開けてください。ここから十一夜です。」

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