第43話 運ばれる直前の教頭
おかしい。
何度メールしても返信はこないし、電話をかけても繋がらない。
あいつ……寝込むほど具合が悪いのか?
私は桐崎の嫁の方にも連絡してみたが、結果は同じだった。
「ほんとに、あの役立たず共が!」
私は悪態をつき、スマホを尻のポケットに突っ込んだ。
『ツギノドヨウビゴゴロクジホケンシツデマツ』
土曜日の夕方、六時。
私はあの手紙に指定された通りに、保健室の前に立った。
外は夕暮れ時で、人の気配のない廊下はしんと静まり返っている。
保健室の明かりが点いているのは、小さな窓越しから漏れる淡い光から確認ができた。
私は恐る恐る、そのドアを開ける。
「あっ、教頭先生、来たんですか?」
視線の先に立つ田口君に、思わずホッとした。
「あ、あぁ、やっぱり気になってね……ここにいるのは田口君だけか?」
あの手紙の主は、いないのか。
私は素早く保健室の中を見回してみるが、田口君以外に人の気配はない。
「あ、林先生もこれから来ますよ。なんでも、あのカタカナの手紙、林先生も受け取ってたみたいです」
「そうなのかね……」
林先生もだと? なぜ林先生なんだ?
「どうして、私たちだけ呼び出されたんでしょうね? 教頭先生、なにか心当たりありませんか?」
「あるわけないじゃないか……田口君は、手紙を受け取ったんだから、渡してきた生徒が誰なのか知っているんだろう?」
「いえ、それが知らない生徒でして……緑のジャージを着ていましたから、一年生なのは間違いないんですが……私は二年生の担当なので、あまり一年生の子たちの顔を覚えていないんですよ。まだ入学してから、二ヶ月くらいしか経ってませんしねぇ」
それもそうか……しかし、また緑のジャージか……
「他にどんな特徴があったのかな? 女子かね、男子かね?」
「えっと……背の高い女子生徒ですね……あとは、黒縁メガネをかけていて、長い髪をこう、二つ結びにしてましたよ」
おい! それは、あの文化祭の時の犯人と同じ特徴じゃないか!
「名前は? その子が着ていたジャージに、名前が刺繍されてただろう?」
「ああ、そういえばそうでした……確か、松田って刺繍されてましたよ……松田、松田? ……あれ、どこかで聞いたような……あっ!」
田口、余計な事を思い出すなよ!
「約四年前の行方不明になった保護者の名前、松田さんじゃなかったでしたっけ?」
っとに、使えないな!
「……そうだったかな? 松田じゃなくて、町田さんじゃなかったかね?」
忘れろ……口に出すな、その名を。
「いや、確か松田さんですよ。松田智子さん。あれ、妙な話でしたよね……住んでたマンションの監視カメラに姿が映ってなかったなんて」
「そうだったかね? そんな昔の話なんて、もう忘れたよ」
あ、そうだ、と田口君が声を上げる。なんだ、今度は!
「教頭先生、大丈夫ですか? 声が掠れてますよ。のど飴どうぞ」
「あ、あぁ、ありがとう」
私は田口君が差し出す小さな袋から飴をつまみ出し、口に放り込んだ。
「傘がですね……匿名で画像が送られてきたそうなんですよ、林先生の相談窓口アドレスに」
私はあやうく飴を飲み込みそうになり、ゲホゲホと咳き込んだ。
そんなバカな……あの傘は、去年の夏休みに廃棄した筈だ!
「ほら、見てください……これです」
私は涙を滲ませながら、田口君が見せてきたスマホの画面を凝視した。
そこには、クローズアップされた、ペンギンのキャラクターの傘の持ち手が映っていた。
間違いない。あの傘だ。あの日捨てたはずの、松田智子の所持品の一つ。
「画像は……これ一枚だけかね? いつどこで撮影されたものなんだい?」
「さあ、そこまでは……とりあえず、林先生のところに送られてきたのは、つい最近のようですよ」
つい最近だと?
「その画像、他の先生にも見せたのか?」
「いいえ……見せていませんよ」
「この画像の事を知っているのは、私と田口先生だけです」
「あ、林先生」
ガラッピシャン、と保健室のドアが開閉する音と共に、突然姿を見せた林先生を振り返る。
「これ……かわいいと思いませんか? ペンギンのキーホルダー……ハンドメイド品なんですよ。少し形が崩れているところが味わい深いところで」
林先生がにっこりと笑いながらつまみ上げているのは、ペンギンのように見えるキーホルダーだ……ビーズ細工の……あれは……アレとよく似ている……
「寄越しなさい、それを……よく見たいから」
じわり、冷たい汗が額に滲む。
まさか、まさか、桐崎の嫁が? いや、そんなバカな、ただの類似品だろう……
「これだけじゃないんですよ、教頭先生が見落としてる証拠品」
後ろで、田口の声がした。
「証拠品だって?」
その物言い、まるで私が犯罪者みたいじゃないか!
怒鳴りつけようと田口を振り返った瞬間、首に圧迫感が生じた。と同時に、世界が暗くなる。
おい、役立たずの桐崎……寝込んでる場合じゃない、なんとかしろ……じゃないと、私たちは破滅することになるぞ……
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