第18話 東條先生に会おうとする林先生

 村上君から、教頭が校長の奥さんと浮気していると聞いたのは、十一月の終わりの頃だった。

 村上君は、証拠もなしにそんなことを言う子じゃない。

 きっと文化祭の時のように、ボイスレコーダーとか発信器を使ってそれを突き止めたんだろう。

 存在を消すのが上手くて、謎を謎のままにしておくのが嫌い。

 私は村上君をそう分析していた。

 そんな彼が校長や教頭の動きを探る様は、まるで探偵ごっこを楽しんでいる子どものようだった。

 ごっこ、と聞いたら村上君は静かに怒りそうだけど。

 これまで何回か、図書館でお互いの情報を交換した。

 その中で感じたのが、彼の場合、隠された二人の悪事を暴きたいというより、関係者の心理を知りたいという欲が強いということだった。

 私や田口先生に要求した報酬を考えてみても、それは的を得ていると思う。

 田口先生については、優しすぎるのが顔ににじみ出ている上に、特に女性に対して少しおどおどしたような様子が見られた。

 体は男である私に対しても、だ。

 まあ、下衆な校長や教頭、野蛮な体育教師よりよほど紳士的で好感が持てるけれど。

『この間、村上君と一緒に張り込みっていうのをやったんですけどね……それからというもの、校長と教頭を見かける度に吐き気がするんですよ』

 人気のない保健室にやってきた田口先生が、げんなりと私に言った。

『田口先生、どうしてついて行ったんですか? 頼まれたから?』

『あ、いや……実は来なくていいっていうか、むしろ来ないでって言われたんですけど……やっぱり生徒一人にやらせるのは心苦しいというか……時間帯も、夜中というか明け方で暗いですしね』

 ああ、ほんとに田口先生って真面目。こういう人には、可愛らしくて絶対によそ見をしない女性が傍にいて欲しいと思うわ。

『逆にバレやすくなったかも……でも、もう終わったことですもんね……お疲れ様でした』

 私はハッとした後がっかりしたような表情かおをした田口先生に、労いの言葉を贈った。

 さて、私は私で、できることをしたい。

 私にはどうしても気になっていることがあって、今ツテを探している最中なのだ。

 東條真由美とうじょうまゆみ。五十五歳。

 今年度の一学期で依願退職した保健室常駐だった先生だ。

 彼女がこんな中途半端な時期に、自ら望んで辞職した理由はなんだろう?

 校長と教頭は口を揃えて、体調不良の一点張りだったけれど。

 保健室にあった記録を調べてみると、保護者失踪事件が起きた当時の保健室の先生は、東條先生だった。

 もしかしたら、事件に関わるようななにかを見つけてしまったのではないだろうか? それを突きつけたら、校長と教頭に脅されてしまったとか?

 とにかく本人に会って、辞めた事情を聞きたかった。

 もちろん、正直になんて話してくれないかもしれない。

 でも、私も彼女も養護教諭だ。

 大切な生徒、その生徒の大切な親御さん。そのどちらも守りたいという気持ちは、同じなのではないだろうか?

 私から東條先生に連絡がとれる方法は、一見ないように見えた。

 仕事上の不都合は、今のところ何もない。過去のデータはきちんとファイリングされて保健室に置かれていたからだ。

 私は隅から隅まで、なにか暗号になりそうなものまで含めて残された資料を見たけれど、なにも見つけられなかった。

 ここには、校長と教頭に不利になるような情報は何一つない。

 それならば、と私も裏のツールを使うことにする。

 それは、信頼できる養護教諭仲間とのプライベートなネットワークだった。

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