第4話 かっこいいお母さんが大好きなサラちゃん
『お前の母ちゃん、ちっとも似てないのな』
『サラちゃんのママって、なんかかっこよくてステキ〜!』
年に数回ある学校の授業参観には、毎回誰かのお父さんやお母さんがやってきた。我が家の場合はお母さんだった。お父さんが学校に来たのは、小学校の運動会くらいだと思う。
私のお母さんは、背が高くて、すらっとした体格をしている。さらには長い髪は艶々でサラサラストレート、しかもナチュラルメイクも上手かったし、着てくる服も派手過ぎず、くだけ過ぎずなチョイスだった。
背の高さ、美人度、服のセンス。そのどの面から見ても、お母さんはとても目立った。
そして、そんなお母さんは私の一番の自慢だったから、私は授業参観が大好きだった。
けれど、回を重ねる度に私の気持ちは複雑になっていった。その原因は、私のお母さんを見た友達の言葉の内容である。
お母さんを褒められるのは単純に嬉しかった。たいてい、私も同じことを考えていたから。
だけど、その裏に必ずと言っていいほど比較後の私の容姿についての感想が、うっすらとついてくる。
そう。私はお母さんに全然似ていない。
私の背は一五五センチ。お母さんは一七三センチ。
私の瞼は奥二重でぼってりとした印象、お母さんのはぱっちり二重。
私の頬から顎のラインはぷっくりしていて、お母さんはシャープな感じだ。
理由は至極単純。私とお母さんは血が繋がっていない……そう、私はお父さんの連れ子なのだ。
私を産んでくれた人は、私を出産した直後すぐに亡くなってしまったそうで、お母さんと再婚したのはその一年後くらい……らしい。
その話を聞いたのは、小学一年生の時だった。
当時七歳だった私は、既にお母さんとあまりに似ていないことに不安を覚えていた。だから、血が繋がっていないことと、その理由を聞いてホッとしたのは確かだった。
もっと正直に言えば、少しだけ寂しくもなったんだけど。でも現実を見れば、私はかっこよくていつもにこにこしていて、自分の気持ちを言葉にしたり態度に出すのが苦手な不器用な私を甘えさせてくれるお母さんが大好きだった。
『サラは、お母さんの大事な娘よ』
お母さんは、事あるごとにハスキーボイスでそう言って静かに笑うと、黙って俯く私を抱き寄せてくれた。
お父さんのことも嫌いじゃなかったけど、お母さんにぎゅっとされる喜びと安堵感に比べると天と地ほどの差があった。
もちろんそんな私にも、言葉にできない苛立ちに振り回されて荒れた日もある。
特に中学時代はひどくて、私はお父さんと喧嘩して口をきかない、なんてことはざらにあった。
けれどそんな日でも、お母さんはいつもと変わらない美味しいご飯を作ってくれたし、少しはお父さんの気持ちもわかって、といった
心が荒れた日は、お母さんの眼差しが恋しい時はリビングに、恥ずかしさや後ろめたさが勝つ時は自分の部屋で過ごした。
今振り返ると、めちゃくちゃ甘えん坊だな。
これで妹や弟がいたら、こうはいかなかっただろう。
そりゃあ、羨ましいなと思った事もあったよ。仲良く妹と遊ぶ友達を見たりすると、自分より小さくて守ってあげたくなるような存在が近くにいたらなあって。
でも、あのかっこよくて優しいお母さんを独り占めできなくなるなんて嫌だ。だから、私は一人っ子で良かったと、今は心の底から思っている。
「テストの手応えはどうだった?」
帰宅した私に、お母さんが聞いてくる。今日が中間テストの最終日だったからだ。
「ああ、うん……まあまあかな……」
今の自分にできる限りの努力はした……と思う。結果はどうあれ。
私は後ろめたさから、お母さんを直視できなかった。
「サラももう二年生だから、卒業したらどうするのかを具体的に考えないとね……進学か就職か……就職するなら専門学校に行くのもいいかもね……なにか
あぁ、耳が痛いお言葉ですぅう……
「えー……ちょっと練っておきます……あ、今日はカレーだね! いい匂い……早く着替えてこよっと」
私はお母さんからの問に即答できなかった自分に少しとモヤッとしながら、足早に部屋に向かった。
ちらりと盗み見た、お母さんの首元に巻かれたスカーフ。
今日は、明るいレモンイエローだった。
やったね!
爽やかで明るくて優しい、お母さんみたいな色。
そのスカーフは、先々月のお母さんの誕生日に私がプレゼントしたものだった。
毎月貯めていたお小遣いをはたいて買った、高級ブランドのものだ。ちなみにお父さんは、違うブランドのミントグリーンのスカーフをあげていた。
まあ、ミントグリーンも悪くないけど、お母さんにはレモンイエローの方が似合うもんね!
私はなぜかお父さんに勝ったような気がして、嬉しくなった。
わかってる、お母さんは明日ミントグリーンのスカーフを選ぶかもしれない。
「カレーだ、カレーだ!」
私には、未来より今が大事。
そう。私は、大好きなお母さんが作った美味しいカレーを頬張るという、最高の幸せをこの手に掴むのだ!
私はウキウキ気分で部屋着に着替え、お母さん特製のカレーの匂いが広がっているリビングへと向かったのだった。
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