第5話 ギャンブルが大好きな教頭先生

 私はギャンブルが好きだ。

 勝つか負けるか。

 その瀬戸際の焦燥感、そこから開放された時のがっかり感や幸福感。

 その快楽に溺れ、気がつけば借金が嵩んでいた。

 それを返済するためにまた借金を重ねる……その繰り返し。それでも、私はギャンブルをやめられず、公立高校の教頭としての給料だけでは、もうどうにも回らなくなっていた。

 こうなったら、新しい金づるを見つけなければならない。

 そうだ、あの女ったらしの校長なんかどうだろう?

 私が掴んでいる女の情報をバラすとちらつかせ、金を脅し取る。

 いや、それよりも同じようにギャンブル漬けにして仲間意識をもたせ、自ら金を出すように仕向けるとか。

 最悪、やつ好みの女を斡旋する、というのもありかもしれない。

 校長のやり方はだいたい決まっている。

 ターゲットは、ちょうど進路を決める一、二年生の保護者……母親だ。

 子どもの成績がふるわずに悩んでいる母親に、有利になるように手を貸すと囁くのだ。

 もちろん、校長が手を出すのは母親自身の外見にもよる。自分は並のくせに、女をより好みするのだ。

 ちなみに、体格や顔の造りは私の方が女受けすると思っている。身長も私の方が高いし。

 それでも校長は、見た目ランクが中の上以上の母親を選んで声をかけていた。

 まったく、くだらないことこの上ない。

 すぐ飽きてしまう女より、ギャンブルの方がもっと刺激的でスリリングだ。

 そして、この先もそれを楽しむには金が要る。

 いや、楽しまなくても金は要るんだ。借金の返済には期限がある。

 それが迫っている私には、思いついたプランの実行を迷っている時間はなかった。

 私は思いついたプランの一つ目を実行した。

 いわゆる、ゆすりというやつだ。

 これは思いの外、スムーズにいった。

 私が要求する額面は、一万から一万五千円。

 あまり高額な額を要求しないのがポイントだ。

 なぜなら、そのくらいなら……と思わせないと、今の教頭というポジションから落とされる可能性があるからだ。

 立場は、校長である向こうの方が上なのだから。

 よし、では次のプランを実行する。

 金づるは多い方が安心だ。増やす努力は続けなければならない。

 私は二つ目の、仲間意識を植え付けるというプランを実行すべく、校長と二人で競馬場に向かった。

 これは、思いもよらぬ結果を生んだ。

 競馬の勝敗は、私はまあまあ勝ったが校長は大敗した。

 校長は、長年の経験の中で培ってきた、私の読みと違う馬を選んだのだからそうなるのは当然だった。

『まあ、初めての競馬なんてこんなものですよ……気にしないで飲みに行きましょう、今日は私がおごりますから、ね?』

 私は意気消沈している校長の肩をポンと叩きながら、笑った。

 バカめ……素直に私のアドバイスを聞いておけばいいものを……くだらんプライドのせいで私の計画を台無しにしやがって……これじゃ、校長こいつは競馬に興味を持たないじゃないか!

 私は激しく落胆したが、思わぬところに金づるが潜んでいた。

 それは、校長の奥さんだった。

『夫が何人もの女の人と遊んでいるのは知っているんです……でも、もう、私には夫に対する愛情がないから、それを咎めるつもりはないんです……ただ、むなしくて……寂しいだけなの』

 酔い潰れた校長をタクシーから校長宅の玄関に寝かせた私に、彼女はそう呟いた。

 校長の奥さんは、ぽっちゃりとした色白の、いわゆるお嬢様育ちっぽい空気を放つ女だった。

 まあ……校長基準でいうところの、中のちょっと上くらいかな。

 私はそんなことを考えつつも、頭の中の計算器を叩いていた。結果は、なかなかいい数字だった。

 校長の奥さんは資産家の一人娘であり、実家から金の融通がきく。

 先ほどまで一緒に酒を飲んでいた校長から、そんな話を聞いたばかりだった。

『私は四十八になりますが、未だ独身です……奥様、こんな私で良ければ、あなたの寂しさを埋めるお手伝いをさせてもらえないでしょうか?』

 校長の奥さんは、ゴーゴーとうるさいいびきをかく校長を眺めながら、しばらくの間なにか考えこんでいた。

 だが、やがてためらいながらもスマホを手に取る。

 私は内心でガッツポーズをとっていた。

 これはいい金づるを手に入れた! やったぞ!

 だが、これで安心してはならない。事態はいつどうなるかわからないのだ。

 保険として、若い教員を引きずり込むのもいいかもしれない……若くて逆らわなさそうな奴を選ぼう。

 そうそう、一年の数学の田口みたいなのがいいな。よし、まずは奴を引き込もう。

 女の斡旋は、最後の手段だ。なにせ、こっちもリスクを負うことになるのだから。

 私は校長のサポートをする、真面目で優秀な教頭。その仮面は意地でも被ったまま、欲は捨てずに楽しむのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る