第25話 決意をあらたにする陽君

 三学期は短い。あっという間に終わってしまう気がする。

 先月、独身の教頭と肉体関係にある校長の奥さんに揺さぶりを掛けてみたが、目に見える変化は教頭の警戒心が強くなったことだけだった。

 僕はしばらく様子を見ていたけれど、今のところ大きな変化は見られない。

 僕は、校長の嫁が大癇癪を起こして一波乱後、取り乱した教頭が挙動不審になるというストーリーを頭に思い描いていた。

 それなのに、校内の人間、特に教員に向けての警戒心が強くなっただけということは、校長の奥さんの後ろ盾はまだ安泰ということだ。

 正直、そんなもんなのか、と少し拍子抜けした。

 教頭みたいな、ちょっと見た目がいいおっさんなんか、他にもごろごろいそうなもんだけど。

 そうか、そんなに教頭がいいのか。

「つまらない、って顔してるわね」

 隣に腰掛ける林先生が、僕を見て笑った。

 いつもの定期連絡会、市立図書館のベンチだ。

「そんなことないよ。あんなギャンブル好きなおっさんの、いったいどこに執着する魅力があるのか、僕にはわからないなって思っただけで」

「年齢的に、新しい相手を見つけられる可能性は若い頃より低いし、面倒だっていうのもあるんじゃないかな? 高校一年生の村上君にはわからない、切羽詰まった感情に囚われているのかもね」

 なるほど……思い込みが強いと現実が見えなくなるのか……子どもが独立してるなら、離婚して婚活すればいいのに。

「先生の方はこれからどうするの? 僕は五月以降に動くつもりでいるけど」

「そうね……女の部分で突き崩せないなら、母親の部分を攻めてみるかな」

「母親?」

「そう。でも、これは私が動くより、東條先生に動いてもらった方がいいと思うから、頼んでみるわ。傘以外の証拠品が捨てられていないとしたら、どこかに隠している筈だしね」

「前に渡したあれ、役に立つかな?」

 僕は前回の連絡会の時に、林先生にとある情報が記載された紙を渡していた。

 それは今は家族の意向で情報が削除されていて、ネットでは見られないものだ。

「行方不明当時の、マンションの監視カメラに映っていた居住者じゃない女性の特徴だったわね」

「そう。行方不明者が住んでいたマンションのね。監視カメラが古くて画像が鮮明じゃなかったから、情報はごく限られたものだったけどね」

 始めに林先生に見せたビラに掲載されていた保護者の特徴は、ショートカットに、眼鏡なし。Tシャツにジーパン、黒のリュックに黒のスニーカーだった。

 でも、監視カメラに映っていた背丈の似た女性の特徴は、ストレートのロングヘア、丸いレンズの眼鏡、ローヒールの靴に黒いロング丈のワンピース。

 バッグも、いかにも女性らしい洒落たデザインのものだった。

「もしかしたら、変装していたのかもしれない。あくまで、もしかしたらだけど」

 僕は前に林先生から聞いた、東條先生が校長から言われたという言葉を思い出していた。

『私はね、執着されるのが嫌いなんだ。恋愛は刹那の燃え上がりが楽しい。まるで花火みたいに』

 執着されるのが嫌い。

 つまり、校長は苦手な執着を行方不明者からされていた可能性が高い。

 既婚者である校長に会いに行くことは、同じく既婚者の行方不明者にとって、家族や知人に知られたくない行動だったのではないだろうか。

「あれ、とてもいい情報だった。東條先生にお話したら、当時プリントアウトしたものを手元に持っていたわ」

 そうか、僕以外にもいたんだ。まだ諦めていない人が。

「近々、卒業生の娘さんに会いに行ってみようかしらって言ってた」

 なるほど、林先生がさっき言ってたのはこのことか。

 校長の奥さんの母親の部分を攻める、とは。

 納得した僕は、話題を変える事にした。

「先生が気にしてる金子さんのお母さん、校長の好みドンピシャだから、僕も気にしてるよ。金子さんの進路希望は多分大学じゃなくて専門だから、校長から誘われてもそれには乗らないと思うけどね」

 ちなみに金子さんの進路希望先は、輝からの情報だ。

「私、そんなに気にしてるつもりなかったんだけどな」

「そう? 金子さんは先生を気にしてたよ……スカーフが好きなところや声がハスキーなとこもお母さんとよく似てるって前に教室で盛り上がってたからね」

 僕は先生の中に、微かに湧き上がるゆらぎを見逃さなかった。

「私はまだ、恋人募集中よ。じゃ、またね」

「次に会う時は二年生になってるね。もう、春休みに入るから」

 林先生はいつものように笑って、僕にスマートな背を見せた。

 先生が好きなロングコートは、冬物から春物に変わっている。

 進路を決める二年生時に、学校の裏で行われている悪事もきれいさっぱり片付けたい。

 今のものも、過去のものも。

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