第13話 もやもやしまくる輝君

「でね、サラちゃんが進路で悩んでるみたいなんだよね……勉強は嫌いだけど、普通科の高校からいきなり就職は不安があるから、専門学校に行こうかなって言ってて……ねぇ輝、どう思う?」

 それ、僕に聞く?

 まあ、僕は小学四年生までその辺りに住んでいたから、土地勘がまるでないわけじゃない。

 だから優斗の彼女、金子サラちゃんの高校卒業後の進路先事情を一緒に考えることができる。

「埼玉ったってさ、都内に出やすいとこに住んでるんだから、色んな専門学校が選べるじゃん。まあ、お金のかかる話だからさ、卒業まで頑張れそうなとこがいいんじゃない? 選択肢が沢山あって選べないっていうんなら、世間の需要のあるなしを考えるとかさ」

 僕は優斗と一緒に、学校から一番近いファーストフード店にいた。

 僕達は特に部活動に所属しておらず、週に三日ほど塾通いをしている。さらに優斗は、アルバイトまでしていた。

 そうした次のスケジュールまでのわずかな隙間時間に、僕達はくだらないことを喋って気を紛らわせているのだ。

 実はこの時に仕入れている情報を、僕は従兄弟の陽にメールで送っている。

 陽はサラちゃんと同じクラスだっていうのに、なぜか僕からの情報を要求してくるのだ。

 まあ、そうする理由はわかってる。

 自分でも認めたくないが、僕も陽も女子生徒から敬遠される傾向があるのだ。

 だから陽は、サラちゃんから二人のことを直接聞き出せないんだろう。

 そう思うと、なぜかちょっとだけ気分が良くなった。

 それに女子生徒からモテる関連では、僕の方には変化が見られている。

 きっかけは、一年生の二学期に転校してきて仲良くなった優斗だ。

 ここ福岡から遠く離れた埼玉に彼女がいるというのに、優斗はわりかし女子生徒ウケが良かった。

 そりゃ、優しくて顔も……まあまあ良けりゃそうなるだろう。

 僕はその友達として、女子生徒から優斗攻略方法を訊かれたりしていた。

 攻略方法ね……

 毎朝二人の間で交わされている『むぎゅ』だの『大好き』だのの、あっまあまなメッセージ。

 それをにやにやしながら眺めている優斗に、隙なんかあるわけがない。

 だけどせっかく相談してくれた女子生徒に、気の毒な情報をそのまま伝えるのも忍びない。だから僕は、代替え案を提案している。

 君に思いを寄せている人が、近くにいるんじゃないのかな? って。

 いや、それが実在していようといまいと、女子生徒の意識が優斗から逸れさえすればいいのだ。

 というわけで、僕は今までにないほど女子と会話する機会が多い。

 どうだ、陽め、まいったか! と言うのは、ちゃんと彼女と呼べる存在ができてからにしようと決めている。

 今はまだ、その時じゃない。

「優斗は東京の大学目指すんだろ? その為にバイトしてるんだもんな」

 僕はコップの底に残ったバニラシェーキを一気に吸いこみながら訊いた。

「うん。そうしないと、サラちゃんと一緒にこの先を過ごせないから」

「お前、ほんと一途だよな……松尾さんだって、かわいいじゃんよ」

「松尾さん?」

「あ、いや、なんでもない!」

「サラちゃんは僕と違って一人っ子だし、やっぱりご両親の近くにいたいだろうなって思うし……」

 ほんとに、どこまで先の未来を描いてるんだか……

「輝は福岡ここから動く気はないって言ってたもんね……そんなに嫌なんだね、埼玉むこうが」

 いや、僕が嫌ってるのは陽だけだよ。

 僕は最後のポテトを口にする優斗に、それを言えなかった。

「うちには弟がいるから、僕は東京に出てもいいって言われてる。そういえば、輝って兄弟いるの?」

「いるよ、妹。今、小二」

「へぇ……輝の妹さんなら、やっぱり明るいイメージの名前なんだろうね?」

 あ、それ訊いちゃう?

せい……静かって漢字で」

「え? なんだか輝と逆なんだね」

「おまけに性格まで真逆だよ。っとに、うるさいったらない」

『子どもって、ここまで親の期待を裏切るものなのね……』

 いつだったか、僕と静とを見比べた母親が、ため息混じりにぽつりとこぼした一言だ。

「ちなみに陽にもいるんだぜ、妹。しかも歳と名前の読み方が一緒で、性格まで似てんの。忄に星って書いて、せいっていうんだけどさ」

「へえ……面白いね……」

「面白いか? 僕は妹より彼女が欲しいよ」

「そうなの? じゃあ、さっき言ってた松尾さんはどう?」

 なに⁉ 優斗、さっきの僕の台詞を覚えてたのか!

「聞きにくいなら、僕が松尾さんに彼氏がいるか訊いてみようか?」

 こういうとこが、ニブイんだよな……松尾さんは、お前に気があるんだっての……

「いや、いいよ……僕は勝ち目のない勝負には手を出さない主義なんだ」

「そうなの? 好きな人とうまくいったら、毎日ハッピーになれるんだよ?」

 それはな! よーく知ってるんだよ! サラちゃんとお前が仲良くしてるのを、僕はすぐ近くで見てるんだから!! くそ……僕だって、お前みたいにハッピーになりたいよ!

 優斗のバッグにくっついている、ブロッコリーみたいなデザインのマスコット。なんでも、けやこちゃんとかいうらしい。

 それは前に優斗が通っていた、つまりサラちゃんと陽が今現在通っている高校の、去年の文化祭で売られていたものだ。

 実は僕も同じものを持っている。

 陽がデザインし『けやこちゃん』と名付けたもので、本人が自慢気に送りつけてきたのだ。

 このブロッコリーもどきのマスコットに、センスがあるかないかなど、僕にはわからない。

 ただこの『けやこちゃん』、優斗のけやこちゃんにはあって、僕のものにはないがある。

 それは、背面に貼り付けられた淡いピンク色の平仮名とマークだった。

『ゆうと♡』

 くそっ……ただのマスコットにすら、こんなにイラッとするとは……

『こっちは文化祭の日に面白い作戦を決行するんだ。どんな事をするのか、聞きたいだろ? まだ教えてやらないけどな……ふふふ、どうだ、なんだかモヤッとするだろ? かわいいけやこちゃんを見るたびにモヤッとするといいよ』

 けやこちゃんと一緒に送られてきた、陽からの手紙。

 バカ陽め! 僕はお前の目論見とは違うとこで、けやこちゃんを見る度にモヤッとしてるんだよ!

 でも、確かに気にはなってるんだ……

 まだ僕は、陽からその結果を聞いていない。

 あいつが通ってる高校で、いったいなにがどうなってるっていうんだ……

 ファーストフード店を出たところで、またなと優斗に手を振った。

 でも、陽の思惑通りになるのはどうしても嫌だから、このモヤッとは無視する。

 僕は自転車に跨りながら、できる限りの選択肢を頭に浮かべたのだった。

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