第7話 密偵を依頼される輝君
『それ僕の友達だから、定期連絡ちょうだい。特ににやにやしてたら突っ込んで……こっちにいる彼女とのことに違いないからさ……よろ』
「よろ、ってさぁ……見返りは何くれるの? ……っと」
僕はスマホに従兄弟への返信を打ち込んだ。
ここは福岡。メッセージをよこした従兄弟がいるのは埼玉だ。
『従兄弟のよしみでタダにしろ』
「ざっけんなよ」
僕はすぐさま返ってきた返信にイラッとした。
「報酬なしで面倒な定期連絡なんかしていられるかってんだよ! 僕の好物知ってるだろ? 送信っ!」
僕の好物。それは昔住んでいた埼玉県某市にある、和菓子屋の菓子だ。
陽はその隣の市に住んでいるから、買えないはずがない。
『わかった。僕が納得するような仕事をしてくれたら、菓子を送ってやる』
「あーあ、ケチくせ……成功報酬制かよ……まあ、いいや」
仕入れたネタがつまらなかったら、適当に盛りゃいいし。
僕は脳裏にターゲットである、森優斗の顔を思い浮かべた。
二学期のスタート時、うちのクラスに転入生がやってきた。
ひょろ長でおとなしそう。それが森君の第一印象だった。
彼は皆の前で先生に紹介されて、緊張したようにやたら良い姿勢で名前やなんかを言っていた。
僕はその時、新しいクラスメートに大した興味は抱かなかった。
ただぼんやりと、名前くらいは覚えておくか、モリって二文字だけだしなぁ……と眺めてたくらいだ。
そうしたら、向こう……森君と目があって、その瞬間、森君はものすごくびっくりしたような表情になった。
なんだ? なんでそんなに驚くんだ?
で、その後の休み時間に森君から彼が驚いた理由を聞いた。
今度は、僕の方が驚いた。
「陽の友達なんて……なんって偶然だ!」
良い知らせか悪い知らせかというと、間違いなく後者だ。
僕たちはどちらも父親に似て……つまり、陽と僕はよく似ていた。生まれたのは陽の方が三ヶ月早い。
陽と輝。
太陽の陽に、光り輝くの輝。
陽の母親とうちの母親は、揃って明るい子に育ちますようにと願って僕たちに名をつけた……らしい。
で、実際に育ってみてどうだったかというと、陽も僕もみごとな陰キャになっていた。
まあ、そんなもんだ。望みなんてそうそう叶うもんじゃないんだよ。
だけど、陰キャレベルは陽の方が上だと思う。五段階くらい。
双方の母親からは、似た者同士だし歳は一緒だし、仲良くやっていたように見えたかもしれない。
だけど僕と陽が小学四年生の時、僕は父さんの仕事の都合で福岡に転校しなければならなくなった。
父さんと母さんは、申し訳無さそうな
やった、これで陽と離れられる!
陽は僕にとって、段々と不気味さが増す不安材料でしかなかった。
実際には福岡に引っ越した後も、爺ちゃんの家が陽の家の近くにあるから、夏のお盆と正月の年に二回は陽と顔を合わせなきゃならなかった。
でもそのくらいの頻度なら、僕は我慢できた。
僕と陽の関係は、そんな感じだった。
「僕、嬉しいよ! 福岡なんて馴染みがないし、友達も一人もいないしで心細かったんだ……ねぇ、村上君は下の名前なんていうの?」
森君は、ほっとしたような顔で僕に聞いてきた。
間違いない、森君はいいヤツだ。それによく見ると顔も悪くない。特にちょっと垂れた目がかわいかった。
「
あ、でもよく考えたら、陽もそうだったっけ。
「僕の友達の村上君も、そんな感じだったよ。あ、そんなこと知ってるよね、従兄弟なんだもんね……陽君はよく当たる占いでアドバイスしてくれたから、一部の男子からけっこう頼られてたんだよ。実際、僕も助けてもらったし」
占いか……そういや、タロットにハマってるって何年か前に言ってたな……
「輝君もそういうのやってるの? 占いみたいなこと」
やめてくれ、僕は
「いや、占いはしないけど……面倒なことは嫌いだから……でも、勘は鋭い方だと思うよ。で、陽になにを相談したの? 彼女のこと?」
「えっ……あ、う、うん……なんでわかったの?」
森君はサッと顔を赤くした。
純粋っぽいなぁ……これ女の子だったらヤバかったよ……
「僕らの年頃ような男子の悩みごとなんか、そう沢山種類なんてないだろ? それに引っ越す直前に悩むことなんて、ちょっと考えたら相当的が絞れるさ」
「あ……そっか……なるほど」
「で、陽になんて言われたの?」
「え……あぁ、すぐに夏休みに入るんだから、もしうまくいかなかったとしても彼女の顔をあまり見ずに済むだろって言われた」
なるほどね……
「で、うまくいったわけだ?」
「えっ! なんでわかるの?」
こいつ……自分が他人に感情読まれやすいってわかってないな……
「失敗してたら、陽から言われたことを説明する時、暗〜い
「あ、そっか! どっちの村上君もすごいや!」
「森君、そのまま陽の近くにいたらカモられてただろうね……こっちに来て良かったんじゃない?」
「カモって?」
おいおい……ていうか、そうか……森君は陽の性格をそこまで知ってるわけじゃないもんな……
「いいように利用されなくて良かったな、ってことだよ」
「そんな……確かに苺牛乳はおごったけど、一週間だけだったし」
「一週間も? あのたった一言だけで?」
「あっ……いや……でも僕……嬉しかったから」
森君……ひとが良すぎだよ。
僕は天を仰いだ。
「森君が嬉しかったのは彼女への告白がうまくいったことだろ? 陽の一言じゃなくて!」
「え? まあそう言われたらそうかもしれないけど、でも村上君が背中を押してくれなかったら、僕は何もできなかったかもしれないし……それに、サラちゃんに伝える場所も考えてくれたんだよ」
「森君、まさか陽と連絡先交換してないよね?」
もし交換していたら、アドレスを変えるように森君にアドバイスしよ。
「ううん、してないよ」
あぁ、良かった……これで森君の恋路は守られたな……
「なら良かった、陽の話はもうこれくらいにしようぜ、よろしくな森君……僕のことは輝って呼び捨てにしていいから」
「うん、じゃあ僕のことも優斗って呼んでね!」
と、いかにも友達になりました、というこの会話をした日の夜のことだ。
『それ僕の友達だから、定期連絡ちょうだい。特ににやにやしてたら突っ込んで……こっちにいる彼女とのことに違いないからさ……よろ』
という、陽からのメールが届いたのは。
しまった……優斗のこと、陽に言うんじゃなかった。
僕は自分の失敗を悔やんだけれど、もう遅かった。
だけど優斗の恋バナを聞くのも面白そうだし、まあいっか……自分に甘くてごめん、優斗。
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