第27話 過去を回想する晶
どんなに欲しい言葉を聞いても、それを信じられなければ意味がない。
他人の心は目には見えない、体感もできないからだ。
どんなに想像しても、言葉を聞いても、ほんとうのところはどうやったってわからない。
未知なる世界は、永遠に未知のままなのだ。
その言葉……俺はお前から聞きたくなかったよ。
あの頃、私はそう思った。
まだ自身のことをよく理解していなかった高校生時代、私は自分のことを私ではなく俺と言っていた。
「なんの冗談だよ、笑えないぜ」
冗談じゃないのは、わかっていた。
そんな真剣な眼差しで嘘を吐く奴じゃないってのは、幼なじみの俺が一番よく知っていたからだ。
俺の視線の先で固まっていたのは、優希だけじゃなかった。
俺と優希と小学生の頃からの腐れ縁、正美。
高校生の今じゃ男の俺らの方が背が高かったが、小学生時代は女の正美だけが飛び抜けて背が高かった。
正美は飾らないボーイッシュな性格で、ドッヂボールがめちゃくちゃ強かった。正美をチームに引き入れようと小競り合いが起きるほどに。
単に遊んで笑って……楽しかったのは小学生の頃までだった。中学に入ると、俺達の関係は微妙に変化し始めた。
ただそんな中でも、やれスカートが似合わないだの、背が伸びてようやく追いついたか、みたいな会話はしていた。
そんな屈託のない会話をしていたけれど、その裏でどんなに目を背けていても、やはり中学時代は成長期なのだった。身も心も。
幸か不幸か、俺達三人は同じ高校に進学した。
高校の先は、いよいよ俺達はバラバラになるだろう。
少し猪突猛進なところのある俺と違って、落ち着きがあった優希。
優希は……いつから気がついていたんだろう?
『俺は、晶が好きだ』
一瞬、目眩がした。
日が傾いていく教室はしんとしていて、その場にいたのは俺達だけだった。
俺と正美を、優希が呼び出したのだ。そして告げられた、好き、の言葉。
俺はカッとなった。
『それ……それは! 言う相手が違うだろうが!』
俺は叫ぶと正美を見た。
正美は、優希が好きだった。なぜそれがわかったのか……それは、俺が正美を好きだったからだ。
中学の時から、俺の視線は気づくと正美に向かっていた。その先にいた彼女が見つめていたのは、他の誰でもない優希だった。
俺はその事実を、何年もかけて知っていたから、目の前の黙り込んだ優希にめちゃくちゃ腹がたった。
『正美は、お前のことが好きなんだ!』
『やめて、晶!』
それまでずっと俯いていた正美が叫んだ。
『実は知ってたんだ……優希が、晶のこと好きなの』
正美は笑ってそう言った。
『私……思ったなあ……もし私が女じゃなくて男だったら、晶と張り合えたかもしれないのに……なんてさ……でも、こればっかりは仕方ないもんね』
『正美……晶は、お前の事が好きなんだ』
優希の声が静かに響いた。
『おい、優希!』
俺は焦った。俺は正美への思いを伝える気なんて、少しもなかったからだ。
『晶……もうこの際だから、はっきりさせた方がいい……俺達は皆、片思いをしているんだ』
冷静そのものの優希の言葉に、俺は一気に気まずくなった。
正美がどんな顔をしていたか、見ることすらできなかった。
『俺、県外の大学を受験することにした。今までの交友関係は、全部なかったことにするつもりだ』
『なっ、なんでだよ!』
『本当の自分を見つめ直して、自分らしい姿で生きていきたいんだ。俺は、見た目は男だけど……心は女なんだ……気持ち悪いだろ、そんなのが幼なじみだなんてさ』
見慣れていた優希の笑顔が、どこかさみしげに見えた。
『優希は優希じゃん!』
正美が叫んだ。
その力強い、どこか泣きそうに聞こえた声は、一瞬で俺の心を鉛のように重くした。
『ありがとう、正美……でも俺は、晶に思いを伝えられたら、もうそれだけで十分なんだ。ていうわけで、俺は再来年にはこの地からいなくなるから、二人で仲良くやってくれ』
『ふざけんな! そんなこと、勝手に決めんなよ!』
俺は叫んだ。
どうして、どうして……こんなにもうまく行かないんだ……俺は、優希と正美の仲を見守っていく気でいたのに。
『そうだよな……ごめん、晶……でも、どうしても自分の気持ちに嘘はつけないんだ』
自分に、嘘を。
高校二年の夏、俺達三人の気持ちはそれぞれに行き場をなくした。
俺が……私が自分の中の違和感に気がついたのは、この三年後のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます