第23話 冷めていく恋心を無視する校長の奥さん
『私が心から信頼し、愛しているのはあなただけです』
『私の秘密を他に漏らしてしまえば、あなたもあなたの大事な家族も巻き添えになります』
『どうか冷静になってください。そんなふざけた嘘ではなく、私の言う言葉を信じてください』
私はスマートフォンが揺れ動くのをただじっと待っていた。
そして待ちに待った三上さんからの返信。
並んだ文字を素早く目で追う。
それは数秒で終了し、私の心は安堵した後、静かに地に落ちた。
愛しているのは、あなただけ。
それは、私が心の底から欲した言葉だった。
突然私宛に送られてきた写真の、あの若くてきれいな女ではなく……私だけを愛していると言って欲しかった。
だけど。
巻き添えになると三上さんが心配したのは、私だけじゃなかった。
私の家族……私をハウスキーパーとしか見ていない夫をも、彼は心配した。
いや、資産家である私の実家を、だろうか。
それとも、遠くで暮らす二人の娘のことを?
それは優しい気遣いにも見えたけれど、私が欲しかった言葉ではない。
胸の内に、ぽかりと暗い穴があいた。
『あなたがそういうつもりなら、私にも考えがあります』
三上さんが恐れているのは、あの黒いビニール袋の中身が世間に出ることだ。
それがわかっていたからこそ打ち込んだ、あのメッセージ。
考えがある、とは実に曖昧な表現だ。
私は、三上さんに何回もお金を渡してきた。
別荘を使いたいと言われれば、その鍵を渡してきた。
その度に、年老いた父に疑わしい視線を向けられたけれど、気にもならなかった。
三上さんが喜ぶなら……三上さんを、私に繋ぎ留めておけるなら。
こんなこと、いつまで続けるのだろう。
ふと、虚しさが込み上げた。
私だけを愛して欲しい。
この私の望みは、本当に叶っているのだろうか?
私は、これからも三上さんに会うことを望んでいる。
一緒にいて、肌を合わせたいと願っている。
それだけが私の望み。
三上さんは……それだけじゃない。
ううん、もしかしたら私を抱くのは、単に欲しいものを手に入れるためだけの手段なのかもしれない。
私が抱く欲と、三上さんの抱く欲のズレ。
本当は、ずっと前から気づいていた事だ。
『また金曜日が終わった真夜中に、あなたを迎えに行きます』
次に送られてきた三上さんからのメッセージを、ぼんやりと眺める。
ずっと見て見ぬふりをしてきた、ぽかりと空いた暗い穴。
それを覆い隠していた何かは、あっさりとどこかに吹き飛んでしまった。
きっと今までと同じように一緒に時を過ごしても、もう偽りの満たされた気持ちにはなれないだろう。
でも。
そうだったとしても……私には、もう三上さんしかいない。
私はゆっくりと息を吐きながらスマートフォンを手にとり、メッセージを打ち込んだ。
『はい、待っています』
と。
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