第10話 棘が刺さったままの校長 前編

「どうかね、今年の出来は?」

 失礼します、と言って部屋に入ってきた教頭に、私は開口一番に訊ねた。

「はい、何人か候補がいましたよ。こちら、リストです」

「うん、ありがとう。ところでその後、おかしなことは何もないかね?」

 私は教頭が机に置いた紙を手に取り、目を通す。

 ふぅん、今年はたったの三人か……つまらんな。

「その後……とは、校長まさか去年の例のこと、まだ気にしてるんですか?」

 そう聞くということは、このギャンブル中毒の教頭は、まったく気にしていないということだな。信じられんほどに図太い神経だ。

「私は気にならない方がどうかと思うがね?」

「だって、あれからもう八ヶ月も経ってるんですよ……年度も変わってますし……それに、もしあの時に私達のやってることが誰かにバレてたとしたら、私達はとっくにどうにかなってますよ」

 確かに教頭の言う通り、今はまだ何一つ変化はない。

「なんですか、まさか私に金を融通したくないから、もう関係をやめるとか言うんじゃないでしょうね?」

「いや、それはない。このリストはちゃんと頂いておく」

 私は机の引き出しから白い封筒を取り出し、渋い表情かおをしている教頭に差し出した。

 それを見た途端、教頭の表情がコロッと一八〇度変わる。

 本当にこの男は、金に意地汚い。

「仕事料、ありがたく頂戴しますよ」

 教頭は封筒を手にするなりその中を覗き込んで、嫌らしく笑って頷いた。

 この金とギャンブル大好き男は、腹立たしいことに私より上背もあるし胸板も厚い。顔の造りもまあまあだ。

 つまり、私より女からモテる要素を持っている。

 おまけにもうすぐ五十歳になるというのに、未だに独り身なのだ。

 それなのに、女と遊ぶよりギャンブルを選ぶ。まったく、私には理解できない。

「そんなに金が好きかね……女の方がよほど気持ちを満たしてくれるぞ、ギャンブルなんかより」

「校長、私は満たされたいんじゃないんですよ。スリルと興奮を味わいたいんです。どうです、そろそろ競争する馬達を見たくなったりしませんか?」

「いいや、全然ならないね」

 私は数年前に教頭から誘われて、一度だけ競馬場に行ったことがある。

 通い慣れた教頭の言う通りの馬券を買えばいいのはわかっていたが、私はすんなりと彼の言うことを聞きたくなくてあえて違う馬券を選んだ。

 もちろん、結果は惨敗だった。

 教頭は初めての時はこんなものだと言って酒をおごってくれたが、もう二度と行くもんかと思った。

 金は馬に使うものじゃない。女に使うものだ。

 それに私の場合は、金だけじゃなくて校長ならではの権力も女に使えた。ただし、こちらはほぼ一回限りだが。

 子どもの内申書に手心を加える代わりに、一度だけ大人の付き合いを。

 母親は我が子を少しでもいいところに進学させたいが為に、一度だけなら……と思いきる。もちろん、頷かない親も、中にはいた。

 その時は『冗談ですよ、では内申は期待しておいてくださいね』と言っておいて、特に何もしない。

 これを数年続けているのだが、去年少し気がかりな出来事が起きたのだ。

 文化祭謎のメモ事件、とでも呼ぼうか。

 私は鍵のかかるデスクの引き出しを開けた。

 そこには、二枚のメモ用紙がある。

『アノコトヲゼンブバラソウトオモウ』

 これが、私が受け取ったメモだ。

『モウゲンカイダコトワル』

 そしてこれが、教頭が受け取ったメモ。

 そのどちらにも書いてあったのが

『ゴゴニジオクジョウデマツ』

 だった。

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