第9話 村上君に相談する田口先生 後編
「その前に先生に聞きたいことがあります」
「え、あ、あぁ、なんだい聞きたいことって?」
「覚悟がありますか、ってことですよ。嘘をつく」
嘘をつく……のは正直苦手だが、あの教頭の誘いをうまく断れるのなら、そんなことは言っていられない。
「うん、あるよ。で、なんて言って断ればいい?」
「金を貸す相手ができた、と言えばいいんですよ」
「お金を貸す相手……そんな理由で、あの教頭が納得するかな?」
私は脳裏にしつこく競馬に誘ってくる教頭の姿を思い浮かべた。
「納得する、というよりやりにくさを感じるでしょうね。田口先生から金を搾り取ろうとしている教頭から見れば、自分がしようとしていることと同じことをその相手がしたわけだから。自分も同じように、田口先生から金を借りたいとは言いにくくなる。ここで大事なのは、心底嫌だけど、どーしても貸さなきゃならないっていう真実味を、田口先生がどれだけ醸し出せるかです」
「なるほど……真実味ね」
つまり、嘘を相手に信じさせる演技力が必要とされるわけだ。あまり、自信がないな……
「できれば、半分本当の方がいいんですよね……誰か周りにいませんか、金に困っていそうな遠い親戚とか」
「遠い親戚かあ……うーん……あっ!」
私は少し考え込んだ末、ここ数年音信不通になっている母方の叔父を思い出した。
自家製の洋菓子店を営んでいる母の実の弟だ。
「いた。ケーキ屋さんをやっている叔父が……実際に何年か前にうちの母親からお金を借りていて、その返済のことで揉めてるんだ。今じゃすっかり音信不通なんだけど」
「それはリアリティがあっていい。先生は、お母さんに矛先が向かないように自分が手を差し伸べることにしたって言えばいい。ケーキ屋さんがどうしてお金に困っていたのかも知っていたら、もっといいんだけど」
「うん、知っているよ。材料費の高騰や、流行りに客足が左右されたりね……なるほど、事実を織り交ぜると嘘をついてるっていう罪悪感も軽くなるような気がするよ」
「罪悪感ね……先生、あの教頭によくそんな感情が持てますね」
あの教頭って……この子はいったい教頭の何を知っているというのだろうか?
「いや、罪悪感というよりは私のプライドの問題かもしれない……嘘をつくのは悪い大人で、教員である自分は良い大人の見本でなきゃならないのに、って」
「先生、真面目すぎです。少し肩の力を抜いたら、きっとかわいい彼女ができますよ」
「はあ⁉ い、いや、私はそんな……」
「あの校長と教頭、裏でなにかしてるっぽいんですよね……保護者巻き込んで」
私は耳を疑った。
「保護者を巻き込んで? ちょっと待って、村上君はなぜそう思うの?」
「だっておかしいでしょ、校長室から保護者が出てくるなんて……なんの用かな? って思いませんか?」
「え……それは進路のこととかPTAがらみとか……あ、いや、進路は関係ないか」
「思い詰めたような、後ろめたいことをして後悔してるような
全員……ってことは、一人じゃないってことか……しかし相手が全て母親、つまり女性なのはなにか意味があるんだろうか?
「村上君は、実際にそれを見たんだね? いつ頃の話?」
「一学期の、三者面談の後です」
「三者面談か……」
人を疑うことは良くない事だと思うけど、村上君の言うことはものすごく気になった。
「なにかに気づいているのに放っておく方が、よほど良くない事だと思いますよ……まあ、先生がどう思おうと僕は揺さぶりをかけるつもりですけどね」
「揺さぶりだって?」
村上君、こんなに大人しそうなのにすごい行動力がある……
私の中に微かな高揚感と羨ましさが生じる。
「そうです。自分達の口から、何をやっているのか喋ってもらうんですよ」
「自分の口から? そんなことできるの?」
「手は考えてあります。あとは実行するだけです……先生、知りたいでしょその結果?」
村上君は無機質な印象の目にじっと見つめられ、私は頷いた。
そりゃ、私だって教頭と校長が何をしているのか知りたいし、もしそれが良くない事なら止めなきゃならない。だけど……
「そりゃそうだけど、それよりどうやって? バレたら村上君、大変な事になるんじゃないの?」
「でしょうね、だからバレないように工作するんですよ……この先を知りたければ先生、僕と取引をしましょう」
「取引?」
「僕はこの計画の内容を話し、学校で気づいたことを先生に定期連絡する。だから、その見返りをください」
見返り……テストの答案をこっそり見せるとか? いや、それはできないな……
「そう言われても、私になにができるかな?」
「先生に彼女ができたかどうかを教えてください。定期連絡の時でいいので」
え? 彼女⁉
「そ、そんなことでいいの?」
「はい。僕、思春期真っ只中なんで。他人の恋バナとか羨ましく……いや、興味津々なんですよね」
まあ、それはわからなくもないけど……
「彼女、できないかもしれないよ?」
自分で言ってて辛いものがあるけど。
「それならそれでいいんですよ。先生も僕と一緒なんだって安心しますし。じゃ、今日は連絡先を交換してお開きにしましょう」
安心するのか……なんだかなあ……
私はもやっとしながら、村上君に促されるままスマホを手にしたのだった。
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