決着 中編

 一見すれば、それは前面にいくつかの突起が付いた単なる四角い箱に見える。

 しかして、これは他の品と正しくつなぎ合わせることで、神の飲料を生み出す魔法の装置なのだ。

 その真価を発揮すべく……。

 猫人たちが、迅速に――それでいて、確実に、各種の部品をつなぎ合わせていく。


「炭酸ガス接続、ヨシ!」


 ある者が、緩みなく炭酸ガスボンベに減圧弁を接続し……。


「生樽との接続、ヨシ!」


 またある者が、神の飲み物を生み出す源泉――金属製の樽へ、ディスペンスヘッドと呼ばれる部品を装着する。


「氷の投入、ヨシ!」


 接続の済んだ樽はポリバケツへ入れられ、同時に、多量の氷がそこへ投じられた。

 氷が冷やすのは、生樽のみではない……。

 蓋を開けられた箱の中にも、四角い特大氷――貫目かんめ氷が収められる。

 箱の内部には、コールドプレートと呼ばれる部品が存在し、この氷でそれを冷やすことにより、排出される神の飲料を急速に冷却することができるのだ。

 そう、神の飲料……。


「キンキンに冷えたビール、ヨシ!

 ――ぷはあっ!」


 ――生ビールを。


「おいこら、ちゃっかり一杯飲んでるんじゃねえ!」


「そうだそうだ! おれにも飲ませろ!」


 組み立てたビールサーバーの前へ、プラコップを手にした猫人たちが押しかける。

 会場である地下構内は、いつも通り冷房で涼やかにされていたが、やはり、労働で火照った体を冷やすには生ビールが一番だ。

 しかも、本日は、ケン陣営の猫人にとって、何よりも嬉しい祝いの宴なのだから、酒の味はますます高まった。


 そして、地下構内へ持ち込まれたのは、ビールサーバーのみではない。


「よっしゃ! ケン王子の直伝焼きそば! ジャンジャン焼いていくぜ!」


「フランクフルト、焼けたやつを取っていきな!」


 地下構内各所には、大型のバーナーや鉄板が設置されており、そこでは肉や焼きそばが、有志の手により次々と焼かれているのだ。

 猫人たちは、生ビールが入ったプラコップや、焼けた肉などが盛り付けられた船皿を手に、思い思いの席へと座って、酒盛りに興じる。

 その際、決まって最初の一言となるのは、この言葉であった。


「「「ケン王子に、カンパーイ!」」」


 この宴……ケン王子が、継承序列一位を勝ち取った宴にふさわしい一言。

 皆が皆、それを口にしながら、プラコップを打ち合わせる。

 そして、一気にこれを煽った。


「くうーっ!」


「うめえーっ!」


「現場で飲む酒、サイコー!」


 その味たるや、極上なり。

 ただ、このビールが美味いだけではない。

 休憩所にしている地下構内とはいえ、普段なら、絶対に酒など持ち込めぬ現場内……。

 そこへあえて、サーバーや生樽を持ち込んでの宴会というのが、開放感たっぷりで気分を高めてくれるのである。

 それに、何よりも、ケン王子が継承序列一位となったこと……。

 その事実が、最良の肴となって猫人たちに酒を飲ませていた。


「それにしても、ケン王子による開催の言葉……。

 ありゃあ、名演説だったな!」


「ああ、この現場だけでなく、ゆくゆくは他で酷使されている猫人たちも救ってくれると、約束してくださった!」


「ありがてえ! おれは一生、あの人についていくぞ!」


 多くの猫人たちがそんな会話を交わして盛り上がる中、黙々とヘラを扱い続けているのが、志願して焼き場に立った者たちだ。

 中でも、ワクという猫人青年の眼差しは真剣そのもので、何キロもの量がある麺を豪快に下からすくい上げ、見事に焼きそばを作り上げていく。

 そんな彼に声をかけたのが、今日ばかりは休業している厨房で働く少女――ゴマである。


「すいません……焼きそばを一つ、頂けますか?

 その……ケン王子に頼まれたものなので、美味しいところを……って、焼きそばでそう言うのも、変ですよね?」


「ケン王子に!?

 ヨシ! 焼き立てを用意するぜ!」


 焼き場の机には、パックへ詰めた焼きそばがいくつも並んでいたが……。

 ワクはそれで済ませず、たった今、出来上がった直後のものをパックに詰めて手渡した。


「はいよっ! こっちが箸ね!

 熱いから気をつけて……。

 でも、良かった。

 ケン王子、食べる暇もないくらい忙しそうだったから……」


「ふふ。

 職長さんや他の王族様と、ずっとお話されてましたもんね。

 でも、さすがにお腹が減ったみたいで、たまたま通りがかったわたしや、お付きのメイド様に料理を頼んで、話していた方たちにも解散を命じたんです」


 ゴマが語る通り、ケン王子は祝勝会の主役であるにも関わらず、歓談や挨拶で実に忙しそうにしていたものだ。

 それが、料理を楽しもうと気持ちを切り替えたのは、きっと良いことであるに違いない。


「では、これで」


「ああ!

 ケン王子によろしく!」


 焼きそばを受け取ったゴマが、ケン王子の下へと早足で向かう。

 地下構内は、酒と料理を求める猫人や、あるいは単に騒いでるだけの猫人でごった返しており、その間をすり抜けるだけでも大変だった。

 そうして、辿り着いた先……。

 地下構内の片隅に、ケン王子は――。


「あれ、いない?」


 そう言って、焼きそば片手に周囲を見回す。

 しかし、周りの席では、すっかり出来上がった猫人たちがが騒いでいるだけであり、あの聡明な王子の姿は見つけられない。


「もぐもぐ。

 これは、間違いありません。

 私たちを置いて、どこかに行かれましたね。

 もぐもぐ」


「――きゃっ!?」


 脇からぬるりと現れた女性……。

 ケン王子付きの銀髪メイドに話しかけられ、思わず飛び上がる。

 ちなみに、彼女がもぐもぐ言いながら食べているのは、おそらく王子に頼まれたフランクフルトだ。


「おそらく、お付きの私や、ずっと殿下に視線を注いでいたあなたへ頼み事をすることで、姿をくらましたのでしょう」


「くらましたって……。

 なんでですか?」


「男の世界には、色々あるということです。

 もぐもぐ」


 無機質な表情でフランクフルトを平らげたメイドが、今度はゴマの手にしたやきそばへ視線を落とす。


「――あ、あげませんっ!」


 ゴマは思わず、手にした焼きそばを後ろへ隠したのである。

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