ルタカの王族たち 中編

 ルタカ王国の第二王子マサハ・レ・ルタカには、夢がある。

 それは、ルタカ王国を世界でも屈指の技術大国へと押し上げるというものであった。


 ――ルタカ王国。


 生国たるこの国は、近年になって発見された豊富な魔石鉱脈により、莫大な外資が流れ込み、大いなる発展を遂げている。

 だが、マサハはそれに満足してはいない。

 確かに資源という面において、魔石というなくてはならないそれを握っているこの国は、極めて優位な位置にあった。

 逆にいうならば、それ以外、特に目を向けるべき点がないということ……。


 経済力に反して、国際的な発言力は極めて小さく、さながらそれは、小鳥のさえずりがごときものである。

 列強国からすれば、ルタカという国に望んでいるのは魔石の安定供給のみであり、それ以外のことは何も期待していないし、して欲しくないのだ。


 なんという――屈辱。

 あり余るほどの金と資源を備えていながら、実態として、ルタカ王国は列強に魔石という名の年貢を納め続ける百性に過ぎないのであった。

 これを、どうにかしたいというのが、マサハが幼い頃から抱いた大願であり……。

 そのための道筋として見い出したのが、技術力と工業力を高め、輸出国として台頭する道である。


 そして、それをする上でどうしても邪魔なのが、長兄にして唯一の兄――ミチカチなのであった。

 ミチカチの考え方は、マサハのそれとは全く異なる。


 ――軍備増強。


 ミチカチは、魔石によって得た金により最新鋭の装備を整え、軍事力でもって国際的な発言力を高めようとしているのだ。

 これは、マサハからすれば、論外といえる考え方であった。

 まず、ルタカという国は人口が少ない。

 国の威信をかけたスタジアム建設に、猫人のごとき難民を使っているのは、安価な労働力という理由以上に、深刻な人手不足があるのである。


 そんな国が、軍事力を高めるとしよう。

 なるほど、ディフェンスの面においては効果的だし、一定の投資が必要だとマサハも認められた。

 だが、オフェンスに関しては、これはどうにもならぬ。

 そもそも、肝心の兵員が足りないのだから、兵站線を構築することすらままならないのだ。

 よって、他国からすれば怖くもなんともなく、それによって発言権を得ようというのはナンセンスの極みなのである。


 だから、兄が王になることだけは阻止しなければならない。

 魔石により十分に国が潤った今こそは、技術投資をする好機であり、これを逃せば、国家百年の計など夢のまた夢なのであった。


 しかし、悲しいかな……マサハ自身が王となる道は、断たれたと見てよいだろう。

 ミチカチは、軍部からの強力なバックアップを背景に、他業界へ散っていた猫人すらも集め、数の暴力で工事を進めている。

 一番好きな軍事面では数の重要性を理解していない割に、この継承レースでは、それを前面に押し出してきているというわけだ。


 こうなると、従来通りの方法で工事を進めていたマサハに、勝ち目などあるわけなく……。

 ならば、別の道を模索する方法があった。

 よりマシな者を、王に据えるのである。

 そのマシな者とは――ケン。

 今でこそ工事の中断によりミチカチへ逆転を許したが、それまでは圧倒的に首位へ立っていた第22王子こそ、残された最後の希望なのだ。


 どうやら、そう考えていたのはマサハだけではない。

 会議後、どこかへ去ろうとするケンを追いかけるのは、自分の他にもう一人……。

 第24王子メキワ・ルス・ルタカである。

 十代後半――自分より一回りも若い王子が、隣にピタリとくっついて歩く。


「どうやら、マサハ兄様も僕と同じ考えのようですね?」


「ああ、ケンに手を貸し、奴を王へと押し上げる。

 ミチカチとケン……王にするならば、後者だ。

 全く目を向けていなかった下位の王子だが、それは私の見る目がなかっただけだと、結果で証明された。

 あいつがどんな治世を目指すかは、本人に聞くしかないが、軍事狂いよりはマシだろうよ。

 お前はどうだ? ケンとは年もかつての序列も近かろう?」


 問いかけると、甘いマスクで宮廷中の女をときめかせる24王子は、微苦笑を浮かべてみせた。


「あいにくと、あまり交流がありません。

 僕やマサハ兄様は正妻の子……。

 それに対して、彼は側室……それも、遥か東国から招かれた女の息子ですから」


「……だな。

 だが、これからはそんなことを気にせず、奴を押し上げていかなければ……。

 ――む」


 一体、そんなに急いで、どこへ行こうというのだろうか……。

 お付きの銀髪メイドと共に、王宮内の廊下……強いていうならば、王妃や姫たちが暮らす後宮の方へ歩んでいたケンを見つける。

 メキワと目を交わし、駆け足でケンの前方へと回り込む。

 そうすることで、強制的に第22王子の足を止めた。


「兄上に……メキワ。

 一体、どのようなご用件かな?」


 まるで、本当に心当たりがないかのような……。

 とぼけた仕草で、ケンが尋ねてくる。


「知れたことよ。

 貴様が今、最も欲しているもの……。

 それは、私たちの手助けだろう?」


「僕たちは、ケン兄さんのためになんでもするつもりです」


「ん?

 今、なんでもするって言ったよね?」


 ――言質を得た。


 そう言わんばかりの態度で、ケンがメキワに念を押す。

 その様子に、若年の弟はやや気圧されたようだが……。


「……もちろんです。

 なんでもしますとも」


 決意と共に、答えたのであった。


「……なるほど」


 ケンが、静かにうなずく。


「確かに、これは俺一人では厳しいところがあると思っていました。

 まさか、兄上とメキワが手助けしてくれるとは……。

 早速、ついてきて頂きたい」


 メキワと顔を見合わせ、二人揃ってケンにうなずいた。

 ここからは、兄弟三人の共同戦線だ。

 いや、場合によっては、他の兄弟姉妹も合流することだろう。


「こちらです」


 ケンが導いた場所は、それを証明するかのような場所である。

 第28王女――ミケコ・ヨーチ・ルタカ。

 ケンと母を同じくする妹姫の私室だ。




--




「メキワ兄様、もう少し目線をこちら側にやって。

 ん……それでいい」


 魔道照明で照らされた室内の中、ミケコのひそやかな声が響き渡った。


「こ、こうか……」


 赤面したメキワが、言われるままに目線をくれてやる。

 その吐息が、頬をかすめた。

 それも、当然のことだろう……。

 今、マサハとメキワは上半身裸となり、抱き合うような……。

 と、いうよりは、マサハが押し倒すような形で、くんずほぐれつの姿勢となっているのだから。


「な、なあ……ケンよ?」


「なんですか、兄上?」


 部屋の主であるミケコは、間近で自分たちを観察しながら、一心不乱にスケッチブックへ鉛筆を走らせており……。

 母も父も同じ兄であるケンは、そんな自分たちの様子を見ながら、心から安堵した表情で腕を組んでいる。

 そんな彼へ、自分に押し倒されているメキワが、素朴な疑問をぶつけた。


「僕たちは、一体何をやらされているのですか?」


「何って、絵のモデルだよ?

 ミケコが趣味で描いてる、男同士の肉体愛を描いたやつ」


 何気なく吐き出された言葉……。

 それに、背筋がぞわりとする。


「お、男同士の肉体愛だと……!?

 それは要するに、アレがナニをするやつか?」


「そうですよ。

 具体的にいうと、メキワがネコで兄上がタチです」


「やめて下さい! 聞きたくもない!

 それで、なんで僕たちはそんな絵のモデルをさせられてるんですか!?」


「なんでって……。

 テキストの絵を描かせた代償に、俺がミケコからモデルを頼まれてたのを知って、助けに来てくれたんじゃないの?」


 己の腕に抱かれたメキワと、目を合わせた。

 そして、同時に口を開く。


「「そんなわけあるか!?」」


「お前……私はてっきり、工事に関する何がしかがあるのだと!」


「僕もです! 何が悲しくて、こんなおっさんと半裸で抱き合わなきゃいけないんで!?!?」


「おっさ……。

 お前、私は若作りで通っているんだぞ!

 いや違う。そうじゃない!」


「……うるさい」


 抱き合いながら抗議していると、ミケコがぼそりとつぶやく。


 ――ミケコ・ヨーチ・ルタカ。


 普段は影の薄い……いるのかいないのか、よく分からない姫である。

 全兄と同じ黒髪は、適当に伸ばされ、ろくに手入れもされておらずボサボサであり……。

 せっかく素材はいいのに、全てを台無しにしていた。

 とてもではないが、末席なれど王家の姫君とは思えない。


 そんな、根暗な……そう、根暗な少女の瞳……。

 それが、怪しい光を発している。

 しかも、それは物理的な圧力すら宿して、兄である自分たちを萎縮させているのだ。


「ポーズを崩さないで。

 ……デッサンがしづらくなる」


「あ、ああ……」


「はい……」


 この迫力は、ある意味――父王を超えている。


「がんばって下さい、ミケコ殿下。いえ、先生。

 代表作『孤独な王が妖艶 ~幾人子供をもうけても癒えぬ熱情が、いかにして癒えたか~』を超えるのは、今です」


 ケンお付きのメイド――確かアンという名だ――が、無機質な声で淡々と応援した。

 マサハは、その中に出てきた表題へ、言い知れぬ悪寒を覚えながら、全弟と二人、様々なポーズ……いや、体位を取り続けたのである。

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