ルタカの王族たち 前編

 王宮内に存在する大会議室は、張り詰めた静寂に支配されており、まるで、室内の空気そのものが、圧力を持っているかのようである。

 そんな空気を生み出している原因は、この場に集った王族――俺と腹違いだったりそうじゃなかったりする兄弟姉妹たちで、彼らの多くは、どこか焦燥した顔をしていた。


 例えるなら、これは……金がないのに迎えてしまった借金の返済日。

 出すべき時を迎えたというのに、差し出すべきものが何もない人間に特有の、追い込まれた雰囲気をまとっているのだ。


 彼らは、今回のスタジアム建設レース――王位継承権をかけた血族同士の競争へ、真面目に参加していた者たちである。

 真面目に参加していながら、担当する工区の作業が遅々として進展しない。

 果たして、王となってどんな国を造り上げるつもりだったのかは知らないが、その夢が泡となって消えつつあった。

 そりゃあ、焦りもするというものだ。

 父上式帝王教育を真面目に受け、その思想に染まっていたなら、王たらぬ自分に価値はないとまで思い込んでいるかもしれない。


 で、残りの兄弟姉妹……。

 俺含め、焦っていない方の人間は、大別して三つに分けられる。


 一つは、オンリを決め込んだ者。

 父上にはあいにくだが、その思想へ染まらず、今回の継承レースにやる気を出していない者たちだ。

 と、いっても、やる気を出していない理由に関しては、様々だろう。

 例えば、自分が成果を上げるのではなく、レースへ勝った誰かに取り入ろうと考えていたり……。

 あるいは、王位継承や宮廷内の派閥争いよりも、興味のある事柄が他にあるのである。

 例えば、趣味とかな。

 もし、リョーオーが生きていたなら、この中へ加わっていたことだろう。


 二つ目は、成果をキッチリ上げて自信満々な者。

 これは、要するに長兄ミチカチのことである。

 見よ! あの全方位対応式なドヤ顔を!


 ――いやー、参ったなー。オレが継承順位一位へ返り咲くに違いないわー。カッー!


 ――まあ、兄より優れた弟は存在しないからな。カッー!


 ……なんてことを考えてるのが、手に取るように分かった。

 まあ、好きにしてくれたらいい。

 あんたの治世で、俺は……そうだな。

 なんかこう、文化財とか管理するポジションをくれたら嬉しいや。


 で、最後の一つっつーか一人。

 三つ目は、この俺……何もかもが、思い通りとなった者である。

 そう、全ては――計画通り!

 リョーオーの死を、俺は無駄にしなかった。


 ――痛ましい事故が、これ以上起きることがないよう徹底した対策を講じる。


 ――さらなる災害を防ぐため、対策が完成するまでは全工事を中断する。


 錦の御旗を手にした俺は、ルンルン気分で工事を止めたのだ。

 すると、どうなるか……。

 テキストの入稿を間に合わせる(間に合ってはいない)べく、俺はこの世の地獄を知ることになる。


 いや、違う。そうじゃない。それもあったけど。

 工事は――大幅に遅れる!

 そりゃそうだ。作業止めてるんだもの。

 カッー! しょうがねえよなあ! 俺は兄の死に心を痛めている心優しい弟なんだからな! カッー!

 ……まあ、痛んではいるんだけどね。あの人、悪党だけど死ぬほどのことはしてないと思うし。

 猫人を酷死させているという点では、他の兄弟姉妹も変わらんからなあ。


 ……何か。

 ……何か、チクリとしたものを感じながら、居住まいを正す。

 会議の主催者にして、我が国の絶対権力者――父上が登場されたからだ。


 ――コッ! コッ!


 ……足音一つに威厳というか迫力を持たせられるのは、さすがという他にないだろう。

 上座――最も位の高い者が座る席に腰かけた父上は、じろりと俺たちを見回した。

 それだけで、身をすくめる者多数。

 やはり、俺たちにとって、最も身近で恐怖を感じる存在なのが父上なのである。


「まず、結論から述べよう……」


 そんな恐怖の大王が、ゆっくりと口を開く。

 そして、次に紡がれた言葉は、俺たちを震撼させるものなのであった。


「あと、三ヶ月……。

 その三ヶ月間で、最も工事の進んでいた者を次なる王とする」


 ごく、あっさりと……。

 なんならば、淡々と告げられた言葉……。

 それに、兄弟姉妹の多くがざわめく。


「ち、父上! お待ち下さい!」


 最初に立ち上がったのは、第二王子マサハだ。


「急に過ぎます!

 一体、どうしてそのような――」


「――黙れ」


 第二王子の言葉を、父上が一蹴する。

 同時に、その瞳は鋭くマサハを射抜いており……。


「う……うう……」


 このような目で睨まれては、マサハも座り込む他になかった。


「理由を知りたいというなら、教えてやる」


 嘆息と共に、父上が語り出す。

 その口調は、あくまで静かなもの……。

 だが、彼が最も不機嫌なのはこういう時であると、俺たちは全員が知っている。


「それは、お前たちの大多数が、あまりに無能だからだ」


 ――無能。


 実の子供に向けるとは思えない言葉を放った父が、全員の顔を見回した。


「スタジアム建設工事の遅れ……もはや、見るに堪えぬ。

 このまま、お前たちにやらせていては、我が一大事業は完成するどころか、遅々として工事が進まず、諸外国から物笑いの種にされるわ」


 その言葉に、マサハはおろか、彼に同調して反発の姿勢を見せていた者たちも、黙り込んだ。

 仕事ができないなら、ポストから外す。

 これは、どこの世界でも当たり前に行われている話であり、俺たち王族であってもそれは例外じゃないのである。


「よって、あと三ヶ月を区切りにすることとした。

 三ヶ月後……。

 最も工事が進んだ者を正当な後継者とし、スタジアム建設の全権を託す。

 他の者たちは、それなる者に従い、まずはスタジアム完成に尽力するのだ」


 こうなっては、もう、誰も反対意見など出せない。


 ――三ヶ月。


 近くて遠い未来が終着点であるかのように思えた継承レースは、唐突に最終コーナーへと差しかかったのだ。


「そして、現時点で最も工事の進んでいる者を発表する。

 ――ミチカチよ」


「――はっ!」


 ――待っていました!


 そう言わんばかりの俊敏さで、ミチカチが立ち上がった。

 おーおー、野戦服の上からでも、大胸筋がピクピク動いてるのを見て取れるぜ。兄貴、有頂天だな。


「今現在、貴様の監督している工区が最も工事を進めている。

 よって、先の例にならい報奨金を授けよう」


「ありがたき幸せ……」


 ミチカチが、大仰な仕草で礼をする。

 しながら、俺の方をチラ見。

 ……一番上のお兄ちゃんは、とってもイイ笑顔を浮かべていた。


「せっかくだ。

 他の者たちに、秘訣を述べてみせよ」


「ははっ!」


 応じたミチカチが、俺たち全員を見回す。

 そして、得意げな顔で言ったのだ。


「かねてより、オレは軍部を通じて各界に伝手つてを作っていた。

 今回はそれを利用し、他の仕事へ散っていた猫人共を強力に狩り集めたのよ。

 いわば、これまで築いてきたものの集大成……」


 そこで、ミチカチはちらりと父上を見る。


「父上いわく、今回の建設工事は国の威信をかけた大戦おおいくさ……。

 いくさであるというならば、これまで培ったもの……己の全てを活用したところで、問題はありませんな?」


「あろうはずがない。

 存分にやれ」


「ははっ!」


 満足いく回答を得られたミチカチが、着席した。

 さて、前回と同じなら、これにて解散となるが……。

 今回は、そうならなかった。

 父上は、続いて俺の方を見てきたのである。


「さて、ケンよ……。

 貴様は、長期間あえて工事を止め、結果としてミチカチの逆転を許した。

 これに対し、何か申し開くことはあるか?」


「ありません」


 あえて立ち上がるまでもないと思い、座ったまま、きっぱりと告げた。


「全ては、必要なこと……。

 結果が、全てを物語るでしょう」


 ――新王ミチカチ誕生という結果がな!


 いや、王になるのは父上が退位したらだけど。

 俺は、これからも精力的に各種の講習などを充実させ、いちいち工事の進捗を遅らせるつもりだ。

 コネにモノを言わせ、数の暴力で攻め立てるらしいミチカチの勝利は確実だろう。

 戦いとは、大体いつも数的優位に立った者が制するのだ。あとは、囲んだり挟んだりした者。


 言うべきことは言った。

 俺は、奥歯を食いしばって待ち構える。

 何をって? 父上の雷だ。


 ――お前は、事の重大さが分かっているのか!?


 ――この工事には、国の威信がかかっているのだぞ!


 ――それを止めておいて、申し開きもせぬとは思わなかったわ!


 ……こんな感じで、怒り狂うと思ったのだが。


「そうか……」


 意外や意外。

 父上は、それだけ告げて、だんまりを決め込んだのである。

 これには、拍子抜けだった。

 しかし、それを顔には出さず、あくまでキリリとした表情のキープに努める。

 変に態度へ出して、せっかく爆発しなかった怒りに火を付けたくはない。


 それに、父上の気持ちも分かるのだ。

 なんのかんのいって、彼は息子を一人失っているのである。

 それを思えば、リョーオーの死因へ対策を講じた俺は、ある種、敵討ちをしたようなものなのだろう。


「では――これにて解散とする」


 父上が、そう言い放ち……。

 二度目の……そして、最後の継承レースに関する会議は終わった。

 次にこれが開かれるのは、次代の王が決まった時……。

 抜かりはない。

 ミチカチが生まれた年のワインは、きっちり上物を揃えてあるのだから!

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