序列22位の俺が現場の猫人にとことん優しくしたら、なんかめっちゃ慕われて工事もはかどり、王位継承筆頭にされたからヨシ! ……いや、ヨくねえ!
ケン・ヨーチ・ルタカは眠れない(事実をありのまま端的に述べたサブタイトル) その4
ケン・ヨーチ・ルタカは眠れない(事実をありのまま端的に述べたサブタイトル) その4
王というのは、孤独なもの。
さりとて、人は一人で生きられるものではなく……。
どうにも埋めがたきものを埋め合わせるため、ショー・チョ・ルタカの取った行動が、十人以上もの側室を
それは、あるいは逃避的な行動であったのかもしれない。
しかし、誰も自分を責めることはできないだろう。
ルタカ王国は、近年になって発見された豊富な魔石鉱脈により、急激に国力と国際的立場を増した国であり、一代でその躍進を担ったショーに課せられた重責は、余人の想像が及ぶものではないのだ。
もっとも、そのツケが、晩年を迎えつつある今、回ってきているわけであるが……。
「ふん……。
どうやら、あのスタジアム……。
本当に完成するやもしれぬな」
手にした紙片をテーブルに放り捨てると、向かい側でワイン片手に読書をしていた正妃が、こちらに顔を向けた。
「あら……?
スタジアム建設は、国の威信をかけた
おそらくこれは、女性にとって理想の老い方……。
年老い、瑞々しい美しさは失ったものの、それに代わって深い教養と品格を身に付けた最初の妻が、氷のような眼差しをこちらに向ける。
並の男がこのような視線に晒されれば、萎縮すること間違いなしだろう。
ショーは、並の男ではない。
しかし、やはり萎縮し、視線をずらした。
何故ならば、妻の手にしている書物……その表紙と表題とが、目に入ってしまったからだ。
本の表題は、『反逆の王子と支えし兄弟 ~紡がれしは
――やめて。
――父親の前で、実の息子たちが題材になったナマモノ本読むのやめて。
――というか、マサハとメキワに関しては、あんたがお腹痛めて産んだ子なんだからね!
「……フヒヒ」
自分の祈りなど通じず、妻の紙片をめくる音が響き渡った。
「――うおっほん」
それは努めて無視し、室内の豪奢な調度に目を向けながら、先の質問へ答える。
「
が、実のところワシは、本気でスタジアム完成に向けて動いてなどいない」
「あら、そうなの?
あれだけのお金をかけているのだし、事実として、歴史が浅い我が国にとっては、必要なモニュメントだと思うのだけど?
そう、例えばこの場面でメキワに生じているような、本来ありえない穴のように――」
「――やめて! 見とうない!
……あの、そういう本を持ってるとワシが知ってから、かえって堂々と読むようになったの、本当にどうかと思うよ。僕ぁ」
「久しぶりに、あなたが自分を僕と呼ぶのが聞けたわね。
これは、
――いや、心底からあなたと、あなたが持ってる本に恐怖して素が出ただけなんですが。
――つーか、マジで誰が描いて誰が配布してるの? その本?
……言いたいことの全てを飲み込み、真面目な解説に戻った。
「確かに、必要な建物ではないし、いずれは必ず完成させるつもりだった。
だが、このように馬鹿げた競い合いの果てに完成するとは、思っていなかったさ」
ふと、広々とした部屋の窓際……そこに置かれたティーセットを見やる。
甘党なショーの嗜好を満たすべく、そこには常に何らかの甘味が用意されており……。
今日、そこに用意されていたのは、小さなホールケーキであった。
あらかじめ切り分けられているそれを、ホールのまま、元のテーブルへと運んだ。
「我が子たちに課した、スタジアムの建設レース……。
それはつまり、切り分けられたピースの状態でケーキを焼き上げてから、一つのホールケーキとしてまとめるような作業だ。
不可能とは言うまい。
しかしながら、非効率的なことはなはだしい」
王へ供す品にふさわしく、フルーツ類がふんだんに使われたケーキを見ながら、語る。
「そうと分かっていながら、あえて、個々人にピースのケーキを作らせようとした。
その心は、何かしら?」
「ひとえに……団結」
正妃の言葉へ、間を置かず答えた。
「本気で、スタジアム建築を成し遂げたいならば……。
自分たちの力で、国家事業をやり遂げたいならば……。
一つにまとまり、ホールケーキを作るかのごとく事へ当たる必要があると、気づいて欲しかった」
「じゃあ、今回の建設レース……。
試金石は試金石でも?」
「試しているのは、個人の才覚のみではない。
兄弟姉妹、手を取り合えるかの協調性……。
そして、これまで競い合ってきた者たちをまとめ上げられるリーダーシップ……。
王の器が、あるかないかだ」
再び着席し、放り捨てていた紙片を手に取る。
そこへ書かれているのは、報告だ。
各王子王女の配下には、ショーの息がかかった者を必ず潜ませており……。
彼らから、各陣営の動きは、事細かく伝えられているのであった。
「それで、その器があるのは……。
察するところ、ケンの坊やかしら?」
「フ……そこで、ミチカチめの名は挙げてやらぬのだな?」
「あの子は器ではありませぬ」
自ら腹を痛めて産んだ息子……。
しかも、第一子である長男を指して、正妃が冷酷に断ずる。
「務まるのは、せいぜいが指揮官……。
それも、何も考えず力押しが効くような局面に限定されることでしょう。
そもそもが、誰かを指揮して輝く
むしろ、自らが体を張るような……。
一兵士として働く方が、よほど資質に合っているでしょうね」
「フフ……ハッキリと言いよる」
「ただし、攻め受けでいくならネコの方が合って――」
「――やめて! 聞きとうない!」
両耳を塞ぎ、目もつぶって叫んだ。
我が子に愛を持てとは言わない。
そのようなものとは、縁遠い教育を施してきたのが、ショーである。
ただ、せめてアレな欲望の対象にはしないでやって欲しかった。
「と、ともかく……ケンのやつは、バラバラに行動していた兄弟姉妹の過半をまとめ上げ、自分の下で統一した。
組織として再編されたあやつの陣営は、猫人たちを効率的に活用する体制が整いつつある。
これならば、スタジアム全体の完成も間に合うかもしれん。
まあ、間に合うといっても、建設レースで競い合わせるため、相当に余裕を持って遅く設定していた工期にだがな」
「ケンの坊やは、必ず間に合わせることでしょう。
何事も、為せば成るものです」
いやに自信たっぷりな態度で、正妃が告げる。
「後書きによれば、この突発コピー本も、なんと一晩で描き上げたそうですもの」
「いちいち、そっちの方向に持っていくのやめてよおっ!
……ともかく、これで
「
「その末路など、知れたものよ」
正妃の問いかけに、さらりと答えた。
「勝者へ従うならよし。
負けてなおも潔くできぬなら、その時は、な……」
「まあ、恐ろしい王様ですこと」
彼女の言葉は、何度となく自分に向けたものだ。
そして、その度に……自分の中へ潜む王は、こう答えるのである。
「そうよ。
王というのは、人の心……親としての情を捨てねばならぬ。
それでこそ、国が栄えるのだ」
--
さて、ルタカの王族は例外なく王宮で暮らしており、で、あるからには、廊下を歩いている際など、王族同士が偶然に出くわすこともあった。
ショーがその日、ケンと出会ったのも、そんな偶然であったのだが……。
「あー……」
半開きとなった口の端からは、ヨダレが漏れ……。
「うー……」
両目は白目を剥いていて、それでよく前が見えるものだと思わされる。
「あー……」
両手を前に出し、たどたどしい歩みで歩く様は、さながら幽鬼のごとしであり……。
「うー……」
その顔色はドス黒く、内臓から何から限界に達しているのが瞬時に見て取れた。
「なっ……あっ……」
あまりといえば、あまりなケンの姿……。
しかし、真に恐るべきは、彼を取り巻くマサハたちである。
「そら、キビキビ歩け。
この調子でいけば、今夜中には実行予算書が完成するぞ」
「むー……りー……」
「ケン兄様。
無理というのは、嘘吐きの言葉なんですよ。
途中で止めてしまうから無理になるんですよ。
……途中で止めなければ無理じゃなくなります。
止めさせません」
マサハがケンの手を引き、メキワはすかさず、怪しげなドリンク瓶をケンの口へ突っ込む。
「ミケコ様。
鞭だけでは、そろそろ効果も薄まっていますし、ここは一つ、ロウソクも使ってはいかがでしょうか?」
「ん……グー」
一方、そんな男連中について歩きながら、ケンのお付きメイド――アンとミケコは、恐ろしげな会話を交わしていたのであった。
「お……お前たち」
かくりと外れそうなあごを押さえつつ、どうにか言葉を紡ぐ。
このようなものを見せられては、こう叫ぶしかない。
「ひ……人の心はないのかあっ!?」
ショー・チョ・ルタカ、真の外道共と出会った日のことである。
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