ケン・ヨーチ・ルタカは眠れない(事実をありのまま端的に述べたサブタイトル) その4

 王というのは、孤独なもの。

 さりとて、人は一人で生きられるものではなく……。

 どうにも埋めがたきものを埋め合わせるため、ショー・チョ・ルタカの取った行動が、十人以上もの側室をめとり、多くの……実に多くの子供を作るというものであった。


 それは、あるいは逃避的な行動であったのかもしれない。

 しかし、誰も自分を責めることはできないだろう。


 ルタカ王国は、近年になって発見された豊富な魔石鉱脈により、急激に国力と国際的立場を増した国であり、一代でその躍進を担ったショーに課せられた重責は、余人の想像が及ぶものではないのだ。


 もっとも、そのツケが、晩年を迎えつつある今、回ってきているわけであるが……。


「ふん……。

 どうやら、あのスタジアム……。

 本当に完成するやもしれぬな」


 手にした紙片をテーブルに放り捨てると、向かい側でワイン片手に読書をしていた正妃が、こちらに顔を向けた。


「あら……?

 スタジアム建設は、国の威信をかけた大戦おおいくさだと公言していたのは、どなたかしら?」


 おそらくこれは、女性にとって理想の老い方……。

 年老い、瑞々しい美しさは失ったものの、それに代わって深い教養と品格を身に付けた最初の妻が、氷のような眼差しをこちらに向ける。


 並の男がこのような視線に晒されれば、萎縮すること間違いなしだろう。

 ショーは、並の男ではない。

 しかし、やはり萎縮し、視線をずらした。

 何故ならば、妻の手にしている書物……その表紙と表題とが、目に入ってしまったからだ。


 本の表題は、『反逆の王子と支えし兄弟 ~紡がれしはNTニュータイプの愛~』であり、変なポーズでくねり、交わりながら天に手を伸ばしている表紙絵の三人は、多分ケンとマサハにメキワである。


 ――やめて。


 ――父親の前で、実の息子たちが題材になったナマモノ本読むのやめて。


 ――というか、マサハとメキワに関しては、あんたがお腹痛めて産んだ子なんだからね!


「……フヒヒ」


 自分の祈りなど通じず、妻の紙片をめくる音が響き渡った。


「――うおっほん」


 それは努めて無視し、室内の豪奢な調度に目を向けながら、先の質問へ答える。


おおやけに対しては、そのように宣言している。

 が、実のところワシは、本気でスタジアム完成に向けて動いてなどいない」


「あら、そうなの?

 あれだけのお金をかけているのだし、事実として、歴史が浅い我が国にとっては、必要なモニュメントだと思うのだけど?

 そう、例えばこの場面でメキワに生じているような、本来ありえない穴のように――」


「――やめて! 見とうない!

 ……あの、そういう本を持ってるとワシが知ってから、かえって堂々と読むようになったの、本当にどうかと思うよ。僕ぁ」


「久しぶりに、あなたが自分を僕と呼ぶのが聞けたわね。

 これは、胸襟きょうきんを開いての話ということでよろしいかしら?」


 ――いや、心底からあなたと、あなたが持ってる本に恐怖して素が出ただけなんですが。


 ――つーか、マジで誰が描いて誰が配布してるの? その本?


 ……言いたいことの全てを飲み込み、真面目な解説に戻った。


「確かに、必要な建物ではないし、いずれは必ず完成させるつもりだった。

 だが、このように馬鹿げた競い合いの果てに完成するとは、思っていなかったさ」


 ふと、広々とした部屋の窓際……そこに置かれたティーセットを見やる。

 甘党なショーの嗜好を満たすべく、そこには常に何らかの甘味が用意されており……。

 今日、そこに用意されていたのは、小さなホールケーキであった。

 あらかじめ切り分けられているそれを、ホールのまま、元のテーブルへと運んだ。


「我が子たちに課した、スタジアムの建設レース……。

 それはつまり、切り分けられたピースの状態でケーキを焼き上げてから、一つのホールケーキとしてまとめるような作業だ。

 不可能とは言うまい。

 しかしながら、非効率的なことはなはだしい」


 王へ供す品にふさわしく、フルーツ類がふんだんに使われたケーキを見ながら、語る。


「そうと分かっていながら、あえて、個々人にピースのケーキを作らせようとした。

 その心は、何かしら?」


「ひとえに……団結」


 正妃の言葉へ、間を置かず答えた。


「本気で、スタジアム建築を成し遂げたいならば……。

 自分たちの力で、国家事業をやり遂げたいならば……。

 一つにまとまり、ホールケーキを作るかのごとく事へ当たる必要があると、気づいて欲しかった」


「じゃあ、今回の建設レース……。

 試金石は試金石でも?」


「試しているのは、個人の才覚のみではない。

 兄弟姉妹、手を取り合えるかの協調性……。

 そして、これまで競い合ってきた者たちをまとめ上げられるリーダーシップ……。

 王の器が、あるかないかだ」


 再び着席し、放り捨てていた紙片を手に取る。

 そこへ書かれているのは、報告だ。

 各王子王女の配下には、ショーの息がかかった者を必ず潜ませており……。

 彼らから、各陣営の動きは、事細かく伝えられているのであった。


「それで、その器があるのは……。

 察するところ、ケンの坊やかしら?」


「フ……そこで、ミチカチめの名は挙げてやらぬのだな?」


「あの子は器ではありませぬ」


 自ら腹を痛めて産んだ息子……。

 しかも、第一子である長男を指して、正妃が冷酷に断ずる。


「務まるのは、せいぜいが指揮官……。

 それも、何も考えず力押しが効くような局面に限定されることでしょう。

 そもそもが、誰かを指揮して輝くたぐいの人間ではないのです。

 むしろ、自らが体を張るような……。

 一兵士として働く方が、よほど資質に合っているでしょうね」


「フフ……ハッキリと言いよる」


「ただし、攻め受けでいくならネコの方が合って――」


「――やめて! 聞きとうない!」


 両耳を塞ぎ、目もつぶって叫んだ。

 我が子に愛を持てとは言わない。

 そのようなものとは、縁遠い教育を施してきたのが、ショーである。

 ただ、せめてアレな欲望の対象にはしないでやって欲しかった。


「と、ともかく……ケンのやつは、バラバラに行動していた兄弟姉妹の過半をまとめ上げ、自分の下で統一した。

 組織として再編されたあやつの陣営は、猫人たちを効率的に活用する体制が整いつつある。

 これならば、スタジアム全体の完成も間に合うかもしれん。

 まあ、間に合うといっても、建設レースで競い合わせるため、相当に余裕を持って遅く設定していた工期にだがな」


「ケンの坊やは、必ず間に合わせることでしょう。

 何事も、為せば成るものです」


 いやに自信たっぷりな態度で、正妃が告げる。


「後書きによれば、この突発コピー本も、なんと一晩で描き上げたそうですもの」


「いちいち、そっちの方向に持っていくのやめてよおっ!

 ……ともかく、これで蠱毒こどくはおおよそ成った」


蠱毒こどくに敗れた者は?」


「その末路など、知れたものよ」


 正妃の問いかけに、さらりと答えた。


「勝者へ従うならよし。

 負けてなおも潔くできぬなら、その時は、な……」


「まあ、恐ろしい王様ですこと」


 彼女の言葉は、何度となく自分に向けたものだ。

 そして、その度に……自分の中へ潜む王は、こう答えるのである。


「そうよ。

 王というのは、人の心……親としての情を捨てねばならぬ。

 それでこそ、国が栄えるのだ」




--




 さて、ルタカの王族は例外なく王宮で暮らしており、で、あるからには、廊下を歩いている際など、王族同士が偶然に出くわすこともあった。

 ショーがその日、ケンと出会ったのも、そんな偶然であったのだが……。


「あー……」


 半開きとなった口の端からは、ヨダレが漏れ……。


「うー……」


 両目は白目を剥いていて、それでよく前が見えるものだと思わされる。


「あー……」


 両手を前に出し、たどたどしい歩みで歩く様は、さながら幽鬼のごとしであり……。


「うー……」


 その顔色はドス黒く、内臓から何から限界に達しているのが瞬時に見て取れた。


「なっ……あっ……」


 あまりといえば、あまりなケンの姿……。

 しかし、真に恐るべきは、彼を取り巻くマサハたちである。


「そら、キビキビ歩け。

 この調子でいけば、今夜中には実行予算書が完成するぞ」


「むー……りー……」


「ケン兄様。

 無理というのは、嘘吐きの言葉なんですよ。

 途中で止めてしまうから無理になるんですよ。

 ……途中で止めなければ無理じゃなくなります。

 止めさせません」


 マサハがケンの手を引き、メキワはすかさず、怪しげなドリンク瓶をケンの口へ突っ込む。


「ミケコ様。

 鞭だけでは、そろそろ効果も薄まっていますし、ここは一つ、ロウソクも使ってはいかがでしょうか?」


「ん……グー」


 一方、そんな男連中について歩きながら、ケンのお付きメイド――アンとミケコは、恐ろしげな会話を交わしていたのであった。


「お……お前たち」


 かくりと外れそうなあごを押さえつつ、どうにか言葉を紡ぐ。

 このようなものを見せられては、こう叫ぶしかない。


「ひ……人の心はないのかあっ!?」


 ショー・チョ・ルタカ、真の外道共と出会った日のことである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る