黄金の力 前編
「ご飯、炊けたよー!」
「トースト、順次焼き上がります!」
「目玉焼きの用意はオッケー!
魚も、もう焼き上がる!」
「ゴマちゃん、サラダの準備できてる!?」
「はい! できています!」
陽が昇るよりも前に従業員が集結し、早くも戦場の様相を呈している厨房の中で、ゴマは元気よく返事をした。
本日、自分が受け持った調理は、サラダである。
調理そのものはさほどの手間でもないが、これを個別の器へ盛り付けるとなると、やはり相応の時間が必要だ。
ならば、大きな器に盛り付け、個々人が好きに取ればよいのではという案も出たが、何しろ、現場の猫人たちは腹を空かせている。
その形式にすると、必ず食いっぱぐれる者が出るし、人気のおかずばかりに
「さあ、開店の時間だよ!」
チーフである年長の猫人娘がそう言うと、調理を終えた各人は、慌てて自分の持ち場へ付く。
正確に言うと店ではないため、開店ではないのだが、やはり、気分としては料理屋のそれである。
それも、そんじょそこらのそれではない……。
一度に二百人から相手をする、大繁盛店だ。
「ゴマちゃん、おはよう!
パンで!」
「ゴマちゃんは、今日もちんまいなあ。
こっちは、ライスで」
各人の役割はローテーション化されており、今朝、ゴマの役割はカウンターでの接客と受け渡しである。
「あはは、ありがとうございます」
にこやかな笑顔を浮かべつつ、必要な料理が乗せられ、完成したトレーを他の娘から受け取り、猫人の職人たちへと渡していく。
まさしく、これは――流れ作業。
淀むことなく、素早く受け渡しをしていくことが要求されるのだ。
「今度、おれとデートしない?」
「あはは、駄目ですよ。からかっちゃ」
その間、職人たちへ愛想を振りまくことも忘れてはならない。
正直な話、ゴマ自身は、自分に女としての魅力をあまり感じていない。
どうにも小柄で、実年齢以上に幼い体つきであるし、顔立ちだって童顔だ。
自分と共に工場から引き抜かれた娘たちは、皆、見目麗しくグラマラスな体つきであり……。
彼女らと共に、このかわいらしくも露出の多い制服へ袖を通すのは、少々気後れしていた。
ケン王子が姿を現わしたのは、ゴマがそのような思いと共に食事を配り続け、いよいよ朝食の配給も終盤に差しかかった場面である。
「おはよう、ゴマ。
元気にやっているか?」
「おはようございます!」
今ばかりは、作ったものではなく、心からの笑顔を浮かべて王子の顔を見た。
見た、が……。
「ケン王子様は、あんまり元気じゃなさそうですね……。
その、一時期よりは随分と顔色が良くなりましたけど」
「ああ……。
まあ、無理をしすぎれば反動もくるな。
でも、食欲も戻ってきたし、もう大丈夫さ」
ケン王子が、げっそりと肉の削げ落ちた顔で、無理矢理に笑みを作る。
それを見逃す、猫人娘たちではない。
「だったら、たくさん食べなきゃ!」
「ヘイ! ケン王子様用のスペシャルモーニング一つ!」
「王子様には、しっかり力を付けてもらわないと!」
ゴマが注文を聞くまでもなく、他の娘たちにより、パンからライスから……可能な限りの料理を載せたスペシャルプレートが作られた。
「ほら、ゴマちゃん!
とびっきりの笑顔でね!」
そして、ウィンクと共にこれを渡されれば、奥手なゴマといえど、奮起せぬわけにはいかない。
「そ、その……ケン王子様!
これを食べて、元気になってください!」
「お、おお……。
食い切れるかな……?」
山盛りの朝食を渡された王子が、やや引きつった顔で答える。
そして、去り際、こう言ったのだ。
「そういえば、ゴマ。
その制服、よく似合っているぞ」
「え、えへへ……!
そうですか……?」
天にも昇る気持ちとは、まさにこのこと。
ゴマは両手で頬を抑え、はにかみながら答えたのである。
朝食を手に去って行く王子を見ながら、こう思う。
――お爺ちゃん。
――わたし、ケン王子に褒められちゃった。
天国にいる祖父――ツスルも、きっと喜んでいるに違いない。
--
立入禁止の処理をした区画の中は、これから生コンクリートを流し込む木の枠で囲まれており、なんとも言えぬ圧迫感が漂っている。
「以上が、今日の作業になります」
そんな中、その猫人青年――ワクはそう言うと、周囲で円陣を組む者たちの様子を見やった。
「へへ……今日もなかなかの作業量だな」
「ああ、手際よくやらねえと、計画書通りには終わらないぜ」
他の猫人たちが、そう言って不敵に笑う。
――自分たちなら、こなせる作業量。
全員が、そう確信しているのだ。
そして、それは当然ながら、この計画書を作成したワクも同様なのである。
「体制を一新すると共に、計画書を提出して許可が得られていない作業は、一切禁止になりましたからね。
事故の元だし、進捗が把握できなくなるからって。
だから、最初から一日で目一杯可能な作業量で申請しないと」
「へへ、張り切ってるな。ボウズ」
「皆さんもでしょう?
まあ、おれの場合は、特にですけど。
何しろ、ケン王子が引き取ってくれなきゃ、ミチカチに殺されるだけだった」
苦笑いしながら、つい先日の過去を思い出す。
ワクは、型枠職人の息子として生まれ、幼い時から家業を手伝ってきた。
型枠とは、簡単にいえば、木の枠へコンクリートを流し込み、壁などを成型する作業……。
下手くそがやったり、段取りが悪ければ、気泡だらけの情けない壁面として出来上がってしまうわけで、その重要性は語るまでもない。
ゆえに、腕前と経験を見込まれ、ミチカチの工区では、若さに見合わず代表ヅラをしていたのだが……。
結果、自身が先頭に立っての抗議活動はモノの見事に叩き潰され、自分は情けなくもケン王子の工区へと逃げ込んだ。
逃げ込み、その騒動が元で……ツスルというかけがえのない職人を失ってしまった。
事前に、ツスルからケン王子の忠告を聞いていたにも関わらず、である。
正直な話、今すぐにでも、首を吊って償いたかった。
それができなかったのは、自らの生き汚さが原因であり……。
また、ミチカチから引き取られると決まった時、ケン王子がこう言ってくれたからである。
――職人なんだろう?
――なら、その腕で償えよ。
……ひどく、救われた気がした。
どうしようもないくらいに自分が情けなくなり、暗闇の中へいるような気分だった時、その言葉は、光を与えてくれたのである。
だから、決して気は抜かない。
全員、ケガ一つなく……それでいて、最速で作業を進め、御恩返しをするのだ。
「では、安全確認いきます」
円陣を組んだ全員で、人差し指を突き出す。
「周囲の確認、よいか!?」
――周囲の確認、ヨシ!
「足元の確認、よいか!?」
――足元の確認、ヨシ!
「頭上の確認、よいか!?」
――頭上の確認、ヨシ!
「安全帯、よいか!?」
――安全帯、使用ヨシ!
ワクの言葉に従って、仲間たちが同時に確認ヨシと唱和する。
これらは、おざなりな儀式ではない。
真に、これらへ注意し作業する余裕と落ち着きが、ワクたちには備わっていた。
「構えて下さい」
最後に、全員が右拳を軽く掲げる。
「今日も一日、安全作業でがんばりましょう」
――おうっ!
また今日も、一日の作業が始まる。
明日も、そのまた明日も……。
そうやって、一日を積み上げていった先に建物の完成はあるのであり……。
合間、合間には、作業従事者にとって特別な日も挟まるのであった。
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