序列22位の俺が現場の猫人にとことん優しくしたら、なんかめっちゃ慕われて工事もはかどり、王位継承筆頭にされたからヨシ! ……いや、ヨくねえ!
ケン・ヨーチ・ルタカは眠れない(事実をありのまま端的に述べたサブタイトル) その3
ケン・ヨーチ・ルタカは眠れない(事実をありのまま端的に述べたサブタイトル) その3
時に女と
それ以外の場合において、ミチカチ・ラッカ・ルタカの朝は――早い。
日が昇るのとほぼ同時に、バネ仕掛けのごとくベッドから起き出し、洗顔や髭剃りなど、欠かせぬ朝の身支度へと移行するのである。
その後は、朝食だ。
他の王族たちと異なり、ミチカチが朝食をとるのは、大体において王宮内に存在する近衛兵用の食堂であった。
そこには、自らが腹心として登用している士官たちが先んじて集まっており……。
ここで、ボリュームと味の濃さに定評のある食事を食べながら、部下たちとのコミュニケーションを図るのである。
朝食後に赴くのは――スタジアム建築現場だ。
以前まで、ミチカチは現場に対してほぼ無関心であった。
軍の伝手を使い、猫人共の大増員を行って以降は、せいぜいが必要な書類にサインをするくらいで、派遣した配下が監督するに任せていたのである。
今は、違う。
相変わらず、将来を見込んでの顔つなぎがあるため、終日というわけにはいかぬが……少なくとも、朝は必ず立ち寄ることにしていた。
そこで、ミチカチを出迎える者たち……。
それは、間違っても下賤な猫人共ではない。
鍛え抜かれたルタカ王国軍の部隊――ミチカチ親衛隊と呼ぶべき兵士たちである。
彼らはいずれも、最新式の小銃に加えて、警棒など手加減が容易な武装を所持しており……。
必要な時には、容赦なくそれを振るうよう命じてあった。
振るうべき対象は、言うまでもない……ミチカチの現場で働く猫人共だ。
だが、実のところ、それらが実際に使われる機会は少ない。
「ありがたくも、ミチカチ殿下が見ておられるぞ!
ヘタレた姿を見せるでないわ!」
兵士の一人がそのようにすごむと、うつむきがちに持ち場へ歩いていた猫人が、一瞬、怯えた様子を見せた後……。
しゃきりと背筋を伸ばし、緊張した表情で歩くようになるのだ。
そのような光景は、現場のそこかしこで散見された。
少しでも、手を抜いたりしようものならば、それを見咎めた兵士が鋭く叱責する。
まして、勝手に休息するなどは厳禁で、こればかりは警棒などが情け容赦なく振るわれ、猫人共に再び痛みを思い出させた。
今、ミチカチの現場を支配するものは――恐怖。
支配者たる自分と、その力に……猫人共は心から畏怖し、従属しているのだ。
厄介者でしかない難民共が、そうして頭を垂れる姿は、実に心地良い。
ミチカチは大いに満足し、この場を預ける中佐と言葉を交わす。
「実に良い感じだ……。
しかし、これだけの兵を常駐させるにあたっては、貴様に随分と世話をかけてしまったな」
「なあに、大したことはありません。
上には、いざ難民共が暴徒と化した際に対応するための訓練ということで、話が通っています。
軍としても、殿下に正統な王位継承者となって頂くことは必須事項……。
いかなる協力も惜しまないことでしょう」
「――大変結構!
では、ここは任せたぞ!
オレはいつも通り、顔つなぎに行かねばならぬのでな!」
中佐にそう言い残し、現場を後にする。
ミチカチを待ち構えていたのは、部下が運転する魔動車であり……。
開かれた座席への歩みは、栄光ある未来への歩みそのものと思えた。
--
俺の朝は――超早い。
何しろ――寝ていない!
寝ていない以上は、朝が訪れれば自動的に目覚めているということになる!
「あー……。
うあ……!」
全身の関節はバッキバキ。
もはや意識が朦朧とし、死んだ爺ちゃんの幻覚とかが見え始めた状態で、なおも手と脳を働かせる。
いや……もう、頑張る必要はないか。
俺、疲れたよ……。
――バシイッ!
とろりとまぶたを閉じそうになった俺だが、それを、背中へ走った激痛が遮った。
「――あぎゃあっ!?」
悲鳴を上げながら、飛び上が――ろうとしたが、それはかなわない。
何しろ、俺の下半身は革ベルトで厳重に椅子へ拘束されており……。
ついでにいうと、鞭打ちの威力を最大限に高めるべく、上半身は裸となっているのである。
「……ケン殿下。
まだ、再編した自陣営の実行予算書は完成していません。
それが完成するまでは、このアン……心を鬼にして鞭を振るわせて頂きます」
――バシイッ!
「――うおぎゃあっ!?
いや、なんでもう一回叩いた!?
ぜってーぶっ叩きたいだけだろ! てめえ!」
「アン。
背中側の傷はもう十分だから、今度は前側の作画資料が欲しい」
「承知いたしました」
椅子の上で体育座りし、膝をイーゼル代わりにスケッチしていたミケコがそう言うと、鞭を手にしたアン――何故か目元が隠れるマスクを装着している――が、俺の前方へと移動した。
「え?
ちょ……待っ……!」
そして、俺の懇願は無視し――鞭を一振り!
――バシイッ!
「――うわぎゃおっ!?
……ミケコ! てめーの作画資料目的で、実の兄に鞭を振るわせるんじゃない!
これ、マジでメチャクチャいてーんだからな!」
「必要なこと。
それに、お兄ちゃんもこれで目が覚めた」
椅子の上で体育座りした妹が、スケッチブックに走らせる鉛筆は止めないまま淡々と語る。
どうでもいいけど、お前、スカートでそんな座り方してるとパンツ見えるぞ?
「――交代の時間だ。
ふむ……まだ舞えるようだな」
「ですが、痛みで覚醒させるにも限度があります。
いざとなったら、容赦なくこのスーパードリンクを投与しましょう」
そんなやり取りをしていると、マサハとメキワが二人揃って俺の部屋へ姿を現わす。
「おや、もう朝礼の時間でしたか?」
「なら、わたしたちはもう帰って寝る。
寝不足は美容の天敵」
アンと、いつの間にか普通に椅子へ座っていたミケコが、そう言って部屋を後にする。
そんな二人には目もくれず、俺が視線を注ぐのは――メキワが手にした手提げ袋だ。
「あー……ドリンクら……。
翼の生えるドリンクなのら……」
「どう、どう。
落ち着け。まだ飲むには早い」
「そうですよ。
これは本当に、いよいよという時になったら飲むものなのですから」
ヨダレを垂らす俺の拘束が、兄弟たちの手で解かれていく。
「では行くぞ!
一日の始まりだ!」
「本日の作業工程表に関しては、すでに用意してあります。
車の中で目を通して下さい」
二人に連れられ、俺は自室を後にした。
これから向かう現場でせねばならないことは、多岐に渡る。
まずは、朝礼……。
ここで一日の作業や、立ち入り禁止区画の周知などを行わなければ、危なくて作業などさせられない。
次いで、現場内の巡回だ。
以前から俺の工区で働いていた者はともかく、他から混ざった者は、まだまだ安全意識が足りない。
感知バーの正しい使用など、俺自らがパトロールして徹底させていかねばな。
午後になってからは、俺の陣営に加わった王族たちと打ち合わせだ。
ついでに、ここで彼ら彼女らにも送り出しと呼ばれる教育を行っている。
今はまだ、知識不足により、マサハとメキワくらいしか、現場内に立ち入らせられないが……。
いずれは、俺と同様に監督組織として機能してもらう予定であった。
打ち合わせ後は、再び現場の巡回を挟んでから王宮へ戻り、作業工程表の制作など、翌日の準備を行う。
これに関しては、マサハとメキワも手伝ってくれるので、多少は負担が軽減されている。
そして、二人が就寝する時間になったら、アンとミケコが監視役を交代し……原価管理のお時間だ。
――原価管理。
早い話が、材料費や人件費を始めとするコスト管理である。
何事も、予算を割り振らなければ回らないもの……。
俺の陣営は、急に一つの組織として再編したため、この管理が
全体の予算を一つにまとめ合わせ、その上で、適切な配分を新たに行わなければならないのだ。
これ以上、工事を止めることはできないため、現場を回しながらの並行作業となる。
一刻も……。
一刻も早く実行予算書を完成させ、全体の見通しを立て直さなければ……!
さもないと、見切り発車中の現場は、近い内に大混乱へ陥ることになるだろう。
もう、何日寝ていないだろうか……。
でも、大丈夫!
俺には、合間合間に飲んでるスーパードリンクがついているんだから!
――バシイッ!
「――はうぎゃあっ!?」
……それと、アンの振るう鞭も。
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