ケン・ヨーチ・ルタカは眠れない(事実をありのまま端的に述べたサブタイトル) その2

 ツスル老人の死を、きっかけとしたのだろうか……。

 あるいは、その原因となった第一王子による弾圧事件が原因だろうか……。

 ともかく、ケン王子が監督する工区の作業ぶりは、大幅に変わった。


 いや、これは表現として、的確ではないか……。

 何しろ、猫人たちは五日間の時をかけ、他工区で作業する者たちと交流を図り、バラバラだった状態から、一つの組織として生まれ変わったのである。


 つまり、正確には、ケン王子の監督工区のみが変わったのではない。

 他の工区まで飲み込み、スタジアム建築現場の大半が、改革され始めたのであった。


 まず、見た目として大きいのは、各外構部に存在した他工区との仕切りを撤廃したことである。

 どれだけ薄い造りであろうと、鋼の仕切りというものは、視覚的にも、実際的にも、それぞれを分断してしまうもの……。

 これが取り払われた外構部というのは、実に広々としており……。

 自分たちがケン王子の下、一つとなった事実が明瞭となった。

 しかも、これだけ広々とした空間が確保されたことにより、人や物の行き来というものがスムーズとなったのである。


 同様に、建屋たてや内においても、ケン陣営の工区においては、行き来の制限がなくなった。

 これもまた、各種の移動を助け、結果として細やかな作業時間短縮へ繋がったのは語るまでもない。


 それ以外にも、大きな変化は多い。

 例えば、メキワ王子やミケコ王女の担当工区がヤードとなり、荷揚げ――揚重ようじゅうをも一手に引き受けることとなった。


 これまでは、各工区ごとに溜め込んでいた資材が一箇所に集約され、必要に応じて運び出されていく……。

 その効果たるや、抜群なり。


 何しろ、建築資材というものはとかく巨大で、重く、場所を取る。

 それらがヤードへ集約されたことにより、他の工区はますます移動が容易となり、整然とした空間は、心理的にも余裕をもたらしたのだ。


 また、前述の通り、ケン陣営の猫人は一つ組織として再編され、各種の職人ごとでチームを作ることとなった。

 陣営の工区全体を一個の建築現場として捉え直し、各種作業の一元化を図る……。


 まだ、この体制で動き出してはいない。

 仕切りの排除や二箇所のヤード作りに加え、バラバラだった猫人たちが新たにチームとなり、交流を図らねばならなかったのだ。

 相応の時間は必要であり、むしろ、五日間でそれが済んだというのは、驚異的であるといえる。


 これは、抗議活動の要求が通るばかりか、より高い次元でそれをかなえてもらった猫人らが奮起した結果であり……。

 全体の流れを監督し、細やかな指示を出したケン王子の奮闘も大きいだろう。

 特に、後者へ関しては、まるで一睡することすら許されず、少しでもウトウトしようものなら、容赦なく鞭でしばかれているかのごときものであった。


 そして、猫人たちにとって最も嬉しいもの……。

 それは、地下構内に存在する。


 すでに内壁造りなど、基礎的な工事をあらかた終えている地下構内は、剥き出しのコンクリートに四方を囲まれたまこと殺風景な空間であるが……。


 そこへ、再編されたチームごとに長机やベンチを設置し、いくつもの『島』を作り出すと、一気に生活感というものが溢れ出した。

 それだけでなく、内部は待望の魔道具――冷房によって、涼やかな状態が保たれており……。

 ばかりか、中心部へ簡素ながらも厨房が作られ、ここで朝・昼・夕の三食が支給されるようになったのである。


「はいはい、押さないでねー」


 厨房で働いているのは、例の青空酒場で働く猫人娘たちだ。

 いかなる伝手を用いたのか、ケン王子は猫人娘のさらなる雇用をしており、酒場の経営は維持しつつも、こちらへ新たに人手を向けることに成功したのであった。

 当然……彼女らの制服は、きわどい改造メイド服!


 ――さっすがケン王子!


 ――話が分かるー!


 ニコニコ顔な猫人たちであったが、それは何も、朝っぱらから前の尻尾がおっ勃ちそうだからではない。


「次の人ー?

 パンとライスどっち?」


「パンで!」


 カウンター越しに猫人娘が尋ねると、その職人は明瞭な声で答える。

 すると、彼には素早く、パン、スープ、目玉焼き、サラダの乗せられたトレーが手渡され、次の者へ交代するのであった。

 交代してもらった者はライスを頼んでおり、こちらの場合は、ライス、ミソスープ、焼き魚、漬け物が乗ったトレーを渡される。


 そう……。

 新たな配給体制においては、食事の内容を――選べるのだ。


 朝は、パンかライス。

 昼は、ドンブリか麺類。

 夕飯は、二種類の主菜からどちらかを選べる定食というのが、献立であった。


 これが、大きい。

 ろくなものを食べていなかった他王族の工区はもとより、ケン王子の担当工区においても、食事は一種類を配給されていただけである。

 そこに、二者択一とはいえ、選べる楽しみが加わった。


 ――今日は、いつもより日に当たって食欲がない。ヒヤシソバというやつで、つるりといこう。


 ――午後からはきつい作業だ。オヤコドンという料理で、しっかり力を蓄えねば。


 このような思考が生まれ、ただ精の付く食べ物を与えられただけではなく、自分でそれを選んだという納得感までもが得られるのだ。


 涼やかで快適で、より現場から近い……というよりは、そのものな地下の休憩所。

 これを実現できたのは、バラバラだった各工区を統一し、地下に広々とした空間を確保したからであった。


 そして、そこで食すことができる、選べる二種類の食事に、やはり飲み放題の特製ドリンク……。

 それらだけでも、猫人たちを大いに満足させ、抗議していた者らも、手のひらを返して一生懸命働くと誓ったものだが……。

 真に猫人たちが切望していた品は、この日、届けられた。




--




 ――コオオォォ。


 ――コオオォォ。


 涼やかな地下休憩所内部で、支給された空調服の具合を確かめるファン音が、無数に響く。


 ――まるで、一つの村……いや、町だな。


 そんな猫人たちの様子を横目にしつつ、慣れないヘルメットを装着したクフ・ヤカズスは、そのような感想を抱いていた。

 周囲は、四方八方が無骨なコンクリートに囲まれており……。

 無数に長机やベンチが並べられ、簡易的な厨房や仮設のトイレが存在するこの空間は、ここを職場とする猫人たちの生活感に満ちている。

 それぞれが持ち場所としているのだろうベンチには、各人の仕事道具などが置かれており、場合によっては、余った板切れなどへフックを取り付け、即席の道具がけとしているのだ。


 あまりに……あまりに大人数が蠢く建築現場。

 その休憩所内における光景からは、このスタジアム建築へ投じられた金の巨額さをうかがい知れた。


「済まないな。

 これだけの人数へ支給する空調服……ほぼ原価で用意してもらって」


 隣へ立った青年……。

 第22王子にして、クフの投資対象たる人物が、言葉と裏腹に、悪びれた様子なくそう告げる。


「いえいえ、たまたま大量に在庫を用意していましたから……」


「たまたま……?

 この空調服が金になると踏んで、大量生産に乗り出していたんだろう?」


「ホッホッホ……」


 愛想笑いと共に放った言葉は鋭く切り返され、クフとしては笑って誤魔化す他ない。

 そんな自分へ、ケン王子は腕組みしながら続けた。


「まあ、いいさ。

 早めに用意してもらって、助かったのは確かだし。

 それで、捨て値でこれだけの空調服を売ってくれて、おまけに、自分の工場で働かせている猫人の娘まで、十人近くこちらへ回してくれた。

 見返りとして求めるのは、空調服のアイデアを無償で使用する権利か?」


「さすが、話が早い……」


 我が意を得て、今度は心からの……にんまりとした笑みを浮かべる。

 本来なら、謝礼金を積み立てるなどして、権利を得ようと思っていたが……。

 ケン王子から、早期に大量の空調服を再び納品して欲しいと頼まれ、この線へ切り替えたのだ。

 賄賂というものは、相手が最も好むものを用意してこそ、意味があるのである。


「いいぜ。

 好きに使いな」


 果たして、その甲斐はあったらしく、王子が気安く承諾した。


「どうせ、俺は近々、金に困らなくなる身だしな」


「ホッホッホ……。

 ケン殿下がその地位に就くこと、このワタシもお祈りしております」


「おう。

 その暁には、またボロい話回してやるよ」


「ホホ、それは嬉しい限り……」


 薄い笑みの下で、そろばんを弾く。

 やはり――次代の王として投資すべきは、この男。

 類稀なるアイデアを生み出すのもそうだが、巨額の金に使われてしまうことなく、これを乗りこなしている。

 それが、どれだけ稀有な素質であるか……身一つから大商人としての地位を築いたクフは、よくよくわきまえていた。


 それにしても、だ……。


「殿下……。

 何か、ひどくお疲れではありませんかな?」


「別に、どうってことないですヨ?

 なんなら、背中に十二枚くらい翼を生やしてるような身軽さですヨ?」


 頬はこけ、目のクマは色濃い……。

 で、ありながら、瞳は不気味な生気に満ち、爛々らんらんと輝く……。

 ヤバめのアレをガンギメしている人間特有の顔つきで、王子は答えたのである。

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