ケン・ヨーチ・ルタカは眠れない(事実をありのまま端的に述べたサブタイトル) その1

 ――王になる。


 そうと決めてからの行動は、我ながら迅速なものだった。

 いや、これに関しては、マサハやメキワの尽力が大きいか……。

 二人は陰ながら動き、兄弟姉妹で俺に好意的な者たちを集め、まとめてくれていたのである。

 だから、協調してくれる者全員で話したいと言った時、彼らは素早く集まってくれた。


「皆……よく集まってくれた。

 この場には、俺より先に生まれた兄や姉も多いが、その上で宣言する。

 ――俺は王になる。

 と、いうより、このスタジアム建築においては、今より王そのものとして振る舞う。

 皆には、その力となって欲しい」


 文官にお願いして借りた王宮内の会議室……。

 背後にアンを従え、大円卓の上座へ着席した俺は、開口一番にそう宣言する。

 その言葉にまず反応したのは、マサハを始めとする王子たちだ。


「存分にやってくれ。

 今より、我らは貴様の臣下だ。

 兄と思わず、自分の手足がごとく扱うがいい。

 ――と、これは主君に対する言葉遣いではないかな?」


 第二王子の言葉に、兄弟たちが笑みをこぼす。


 ――器でなければ見限る。


 暗に、そう告げているからであった。

 だから、俺も苦笑いで返す。


「そういうのは、正式に王となってから変えてくれれば……。

 なんなら、生涯気にする必要はない。

 何がどうなったって、兄は兄で、弟は弟なんだから」


 続いて俺は、王女たちを見る。

 こちらはこちらで、結構な人数がおり……。

 そもそも、継承レースに興味がないだろうミケコはともかく、これだけの人数が俺を支持するため集まったのは意外だった。

 というか、これほぼ全王女だよな?


「姉上たちも、よろしいですか?」


「もちろんです」


 俺の言葉に、第一王女――キュー・ハイ・ルタカがうなずく。


「わたくしたちの狙いは、あなたを傀儡かいらいの王として据え、真の王――ミケコ様による楽土を築くこと。

 ミケコ様にとって最も操りやすいあなたが王となるのは、願ったりかなったりですわ」


 ――フ。


 ――


 王女たちの笑い声が、会議室に響き渡る。


「――フ、さすがだ。

 我が国の出生率が右肩下がりなのは、てめーらが原因であると確信できる」


 どうあがいても――絶望。

 その事実に、兄弟全員で震え上がりながら、俺は不敵な笑みを浮かべた。


「……それで、お兄ちゃんは、わたしたちにどうして欲しいの?」


 兄を超える妹……。

 真なる次代の王。

 KING OF KINGたる妹姫ミケコが、いつも通り気怠く眠そうな態度――理由は推測すまい――で、俺に問いかける。


「……やはり、全員で一丸となって、ケン兄様に資金や人員の提供をし、数の暴力で工事を進めるミチカチへ対抗するのでしょうか?

 こう、一肌脱ぐような形で」


 メキワが、恐る恐るといった様子で挙手した。

 ただし、こいつが恐れているのは、別に俺ではない。

 その視線が向いているのは、ミケコであり……。


「ふひひ」


 我が妹が気色の悪い笑みを浮かべると、恐怖で身を縮こまらせたのである。

 ……確かこいつ、抗議活動をした猫人たちの要望をかなえるため、ミケコに借金を申し入れたんだっけ?

 そうか、一肌脱いだだけで済んだか。


……」


……」


 ――


 ……いや、最終的にその程度じゃ済まねえな、これ。

 俺の背後に立つアンや、王女たちの不気味な笑い声に身をすくませながら、首を横に振った。


「いや、俺一人にリソースを集中する必要はない」


「――そんな!

 王子たちで組んずほぐれつ、大乱交レッスルパーリィをする特典イラストの計画が、白紙に戻ると言うのですか!?」


「やはり、俺らに借金負わせて、いかがわしい企画のモデルをやらせるつもりだったか……。

 そんなパーリィは、てめーらの脳内だけでやってろ」


 背後から悲嘆的な言葉を発したアンに、振り返ることなくそうつっこむ。

 ……なんだろう。倒すべき敵をミチカチとして結集したのに、真に倒すべき巨悪は他に潜んでいるっつーか、ド真ん前に集結している気がしてならねーぞ!

 さておき、気を取り直して俺の計画を説明する。


「まず、俺たちはこうして集まったことで、圧倒的な利を得ている。

 他でもなく、効率の利だ」


 あらかじめ用意していた図面を、円卓の上に広げた。

 そこに描かれているのは、スタジアム建築現場全体の見取り図であり……。


「……青く色分けしてあるのが、この場に集った人間の担当工区だ。

 さすがに、数が集まっただけのことはあるよな。

 飛び地になってる工区もあるけど、隣り合っている工区が実に多い」


 俺がそう言うと、全員が見取り図を覗き込む。

 その上で、疑問を口にしたのがマサハである。


「しかし、工区同士が隣り合ったりしたところで、大して変わりはないのではないか?」


 他の者たちも同じなのか、今ひとつ、理解が及ばないという顔だ。

 そこら辺は、現場へ実際に行かないと分からないだろう。


「それが、大きく変わる。

 例えば、資材の搬入出……。

 これまでは、各王族がそれぞれバラバラに、種々様々な資材を自分の工区へと搬入させ、用済みの品を搬出していた。

 これって、目茶苦茶効率悪いよな。

 宅配の荷物を届けようってんじゃないんだ。

 建築現場の搬入出っていうのは、相応の時間がかかる。

 だから――だ」


 見取り図の中……。

 メキワと、それからミケコの担当工区にペンで印を付けた。

 離れ小島となっている工区を除けば、俺たちの勢力は大きく二分化されている。

 この二人が担当する工区は、二分化されたそれぞれの中間点に位置していた。


「メキワとミケコの担当工区には、資材の搬入出を引き受けてもらい、ヤードとなってもらう。

 それだけじゃない……。

 荷揚げ――揚重ようじゅうだな。

 これらも担当してもらい、俺たち全体での作業効率化を図る。

 安全な揚重ようじゅうのために必要な人員は、こちらで手配する。

 それだけじゃなく、皆の工区で働く猫人にも講習を受けさせよう」


 スラスラと語った俺の言葉に、数名が感心の吐息を漏らす。


「なるほど。

 どこかに仕事を一極化することで、全体の効率が上がる、か……。

 バラバラに競い合っていては、絶対に出ない発想ですね」


 重要な役割を得たメキワが、目を輝かせ……。


「問題ない。

 創作においては、誰が攻めて誰が受けるかの役割分担は非常に大事。

 時には、その段階で作品の良し悪しが決まる」


 ミケコもまた、無感情な顔でそう言い放つ。

 ……俺の妹を関わらせると、いちいち話が脱線する。


「非常に狭い創作世界の論法を、一般論として語らないよーに。

 ……さておき、一極化するのはそれだけじゃねーぞ。

 これからは、ここにいる全員が抱えている猫人を、一つの組織としてまとめ上げる。

 まとめた上で、各分野ごとに長を決め、作業計画も練り直す。

 ケン陣営の工区全体が、一つの生き物として動く。

 隣り合っている工区同士は、通行可能にして動線を作り、人と物の行き来に関しても効率化を図る」


 その言葉に、待ったをかけてきたのが長女キューだ。


「お待ちになって。

 それだと、肝心のあなたが他工区へかかりきりになって、進捗を遅らせてしまうんじゃなくて?

 わたくしたちの目的は、あくまで、あなたを王に据えることでしてよ」


 その上で、ミケコが支配する闇の帝国を築き上げるんですよね? よーく分かっております。

 そんな彼女へ、俺は自信と共に口を開く。


「多分だけど、こうすれば結果的に、俺の工区も作業が早まるさ。

 まあ、見ていてくれ」


 こう断言すると、文句もないのだろう。

 皆が、押し黙る。

 ここで、俺はあえて黙っていた問題点を俎上そじょうに載せることとした。


「ただ一つ、これをやる上で問題点があるとしたら……」


「問題点があるとしたら……?」


 マサハが、力強い視線を向けてくる。

 俺は、疲れ果てたような……どこか諦めのこもった笑みを浮かべながら、答えた。


「俺が、寝れなくなる」

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