KING OF KING

 ルタカの王宮内に存在する会議室……。

 そこに急きょ、全王族が集まって開催されているのは、いつもの王族会議ではない。

 例えるなら、それは裁判であり、弾劾の場であった。


「――ゆえに、全ては部下が勝手に行ったことであり、オレは発砲許可すら出していない。

 そして、その士官は全面的に非を認めており、いかなる罰でも受ける覚悟だ」


 立ち上がったミチカチが、全員の注目を集めながらそう語る。

 彼の姿は、なるほど、堂々としており……。

 おそらく、その言葉通り、全く想定していない事態だったのだろうことが、うかがい知れた。


「しかし、監督責任というものがあるだろう?

 また、兄上の部下が行った所業により、ケンの担当工区は除去作業などに追われている。

 これは、言うなれば、他王子に対する妨害活動ではないか?」


 対面に立ち、スラスラと問い詰めるのは第二王子マサハだ。

 最上段で父上が見守る中、ミチカチが再び口を開く。

 俺は、呆けた状態でそれを聞いていたが……。


「……それに関しては、謝罪すると共に賠償したい。

 他の方法が思いつかぬため、金銭による賠償となるがな。

 また、人員に欠員が出たと報告で聞いているが、それに関してもオレの方で手配しよう」


 ――欠員?


 ――ツスルのことか?


 ――その代わりを、ミチカチごときが手配する……?


「――人員の手配は、必要ない」


 我知らず立ち上がり、そう宣言する。

 これは、誰にとっても意外だったようで……。

 全員が、驚いたような顔で視線を俺に向けていた。

 いや、父上のみは、いつも通り、悠然と腰かけているか……。

 どうでもいい。

 俺は、この感情を吐き出したいだけだ。


「金は受け取ろう。

 あって困るものではなく、必要なものだ。

 しかし、失われた人員に関して、補充は必要ない。

 誰にも、代わりは務まらない。

 ……いや、そうだな」


 ふと、妙案を思いつく。

 そして、ニヤリと笑いながらミチカチに宣言した。


「前言撤回だ。

 兄上が首謀者と睨んだ猫人……。

 そう、俺の工区へ逃げ込んだ者だ。

 彼をもらおう。

 大勢を扇動できる人間なら、死んだ者の……ツスルの代わりとして受けていい」


「――ぐぬっ!?」


 ミチカチが、くやしそうにうめく。

 どう詭弁を使ったところで、不利なのはミチカチだ。

 なら、せいぜい要求を押し通そうか。


「ケンよ。

 お主は、それでいいのだな?」


 ここまで、黙って場の成り行きを見ていた父上が、確かめるようにそう聞いてくる。

 二言はないので、うなずいた。


「――ならばよし!」


 立ち上がった父王――ショー・チョ・ルタカが、力強く宣言する。


「下手人であるその士官は、当然死罪。

 また、ケンは妥当と思える金額をミチカチに請求し、ミチカチはそれを支払う。

 さらに! 人員の補充として、今、話に出た猫人はケンの工区へ異動!

 以上をもって、本件に関しては解決したものとする!

 皆の者、異存はないな?」


 父上にそう聞かれて、異論を挟める者など居ようはずもない。

 これにて、裁判はお開きとなり……。

 俺は、何か話したそうにしているマサハやメキワをカン無視し、とある場所へ移動したのであった。




--




 墓地。

 街造りを行う上で、なくてはならないのが、これなる終焉の地である。

 この世に生まれ落ちて、死なない者などいるはずもなく……。

 先に死んだ者を弔うため……また、残された者が心を整理するために、死者が眠る場所は必要不可欠であった。


 だが、俺が今立っているこの場所を、墓所などという上等な言葉で、表してよいものだろうか?

 薄暗い……お世辞にも整備されているとはいえない、王都郊外の一角。

 墓石となっているのは、小さな……実に小さな、なんの装飾もない石くれだ。


 しかしながら、墓そのものの規模は――大きい。

 疫病などを防ぐため、ここに埋葬される遺体は、その全てが火葬されている。

 火葬され、遺骨となってしまえば、人間は実にコンパクトな形へ収まってしまうのだが……。

 墓と定義されている――そうでなきゃ単なる小汚い空き地だ――一帯は、広い。

 実に……広い。

 しかも、掘り起こされた跡が無数にあり、埋め直しているだけ温情が感じられるという有り様だった。


 広大な上、ごく近々に何度となく掘り起こされ、埋め直されている墓地……。

 それはつまり、ここへ埋葬されている種族が、それだけ頻繁に犠牲となり、友たちと共に埋葬されていることを意味する。


 竜に故郷を滅ぼされ、難民となった者たち……。

 流れ着いた地で、過酷なスタジアム建設へ半ば無理矢理に従事させられ、命を使い捨てられている者たち……。

 ここへ立っていると、猫人たちの怨嗟が足の裏から響いてくるかのようだった。

 その中に、ツスルの声は混ざっているだろうか……。


「………………」


 猛暑に晒されながら、粗末な墓石の前で佇む。

 何を思っているのか、自分でも分からない。

 他に、何かやらなきゃいけないことがあるような気もする。

 でも、全てが億劫で、今はこうしてここに……そう、熱中症にでもなるまで、突っ立っていたい気分だった。


「あの……もしかして、ケン王子様でいらっしゃいますか?」


 俺の背に声がかかったのは、そうしていた時のことである。

 年若い、少女の声……。

 しかし、聞き覚えがないそれに、振り向く。

 そうすると、立っていたのは……十代半ばだろう猫人の少女であった。

 格好は、みすぼらしい。

 顔にも疲労の色が濃く、猫人のご多分に漏れず、過酷な労働をしているのだと推測できる。


「君は……?」


 問いかけると、少女はうつむくようにしながら口を開いた。


「スタジアム建設現場で働いていた猫人の……孫です。

 ツスルという、お爺さんなんですけど」


 ――ツスル。


 少女の口から出てきた名前に、俺は電撃的な衝撃を受ける。

 そんな俺に構わず、少女は……ツスルの孫は、言葉を続けた。


「あたしは今、紡績工場に住み込みで働いていて……。

 お爺ちゃんが死んじゃったから、特別に、少しだけお墓参りの時間をもらえたんです。

 お墓といっても、ここには他の人たちも眠ってますけど……」


「ああ……済まないな」


 なんに対しての済まないか……。

 自分でも、判然としない言葉を吐き出す。

 そうして地面を……ツスルたちが眠っている場所へ視線を向けた俺に、少女はなおも続ける。


「でも、まさか、ケン王子様にお会いできるなんて……。

 お爺ちゃんが、手紙に書いていた通りの方です。

 こうして、お墓参りにも来て下さる、本当にお優しい方……。

 お爺ちゃんや他の人たちも、きっと喜んでいると思います」


「そうかな……」


「そうです」


 ずっと地面を見ているので、少女の顔は分からない。

 ただ、何か救いを得たような……晴れ晴れとした彼女の感情は感じてしまった。


 ――やめてくれよ。


「では、あたしは行かないとなので……。

 その、本当にありがとうございます」


 ペコリとお辞儀をしたのだろう少女が、墓所を去って行く。

 その足音が聞こえなくなってからも、十分に時間を置き……。

 それで、ようやく口を開いた。


「なんだよ、お前……。

 いるじゃないか。

 俺なんかより、よっぽど大事な宝が……」


 吐き出したい感情は、とめどない。

 けど、それは言葉にしてしまえば、そう大したものではなかった。

 大したことのない、恨み言だった。


「お前は、俺を庇って死んだりしちゃ、いけなかったんだ……。

 もっと長生きして……それで、ひ孫ができたりして……それで……それで……。

 大勢に見守られて、静かに……安らかに息を引き取らなきゃ、いけなかったんだ……!」


 誰も、答える者はいない。

 いや、一人……。

 背後から、足音が聞こえる。

 その主が誰であるか、俺は確信しながら、天を仰いだのであった。

 仰ぎながら、口を開く。

 誓うべき連中は、足元に埋まっているが……。

 こういうのは、魂が昇っていった場所に告げるべきだろう。


「俺は決めたぞ!

 ――王になる。

 ミチカチではなく、この俺が王にな!」


 そして、振り返った。

 そこに立つ人物……。

 アンは、一体どんな表情を――。


「――あ、はい。

 このメキワ、非力ながらお手伝いします」


「……うん、ありがとう」


 ――この人、絶対に人違いしてキメ顔晒しちゃったよ。


 弟の曖昧な表情からは、そんな感情がありありと伝わってきたのである。

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