ストライキ その7

 安全パトロールなどをするようになって思ったことだが、現場での災害というものは、大別して二つに分けられる。

 一つは、作業従事者の心がけ次第で回避可能なもの……。

 そして、もう一つが、何をどう注意していても避けられない災害だ。


 今、俺に向かって落下してくる鉄骨……。

 これは、後者であると瞬間的に確信した。

 それもそのはずだ。

 問題の鉄骨は、まるで大昔の攻城兵器から放たれたような軌道で、外構部に出てきた俺へと落下してくるのである。


 一体、どれほどの力が加わって、厳重な玉掛けをすり抜けたのか……。

 安全のためあらかじめ設けておいた立入禁止区画など、軽々と飛び越えており、まず間違いなく、何らか不慮の事態が重なりまくったのだと思えた。


 そう思えたのは、ツスルを始めとする猫人たちへの信頼からか……。

 ああ、そうか。

 俺、あいつらのこと、仲間だと思ってたんだな。


 生まれが違えば、種族も身分も違う。

 そもそもは、自分の継承序列を高めないために、とことんまで足を引っ張ってやろうとした連中じゃないか。

 だけど、いつの間にか大事な仲間のように思えていたんだ。


 これはきっと、目を背けていた自分の本音である。

 そういう感情がなかったなら、純粋に労働環境を改善するだけで、工期を伸ばすことに寄与しない空調服導入などしなかったからな。

 自身の暑さ対策としても、自分やアンが着る分を作って終わりだったはずだ。

 だってさ。あいつら、俺が労働環境を改善してやったら、本当に嬉しそうにするんだもの。


 感謝の念を向けられたら、同じだけ暖かいものを返してやりたくなるのが人情というものであり……。

 そういった気持ちを贈り合う内、いつしか……俺は監督する猫人たちとの間に、心地良い連帯感を覚えていたのであった。


 でも、もう、それも終わり……。

 走馬灯っていうのは、こんな感じか……。

 引き延ばされた時間の中で、鉄骨はグングンと迫ってくるのに、肉体は反応しない。

 猫人も只人も、王族も難民も関係ない。

 平等な死が、俺に文字通り降り注いでいるのだ。


 ――俺って、こう死ぬのかあ。


 自分自身、意外なほどの冷静さで、落ちてくる鉄骨を見つめる。

 果たして、その瞬間に訪れる衝撃と痛みはいかほどのものか……。

 覚悟を固めつつあったが、予想していたものより遥かに弱い――そして、唐突なそれは、横合いから襲ってきたのであった。




--




「うっ……くっ……」


 重量物の落下というのは、ここまでの粉塵を生み出すのか……。

 場違いな感想を抱きながら、体を起こす。

 痛みは――ない。

 結構、強めに頭を打ちつけたのだが、そこはしっかりとヘルメットを装着していたおかげだろう。

 コブの一つもなく、体は万全の状態だ。

 そう、万全である。


 ただ、猛烈な勢いで鉄骨が落下したことにより、生まれた衝撃と轟音……。

 それにより、ひどい耳鳴りがした。


「何があった……?」


 あの瞬間……。

 俺は間違いなく、死んでいたはずだ。

 今は、目の前で横倒れになっている鉄骨……。

 これに押し潰され、リョーオーと同じか……あるいは、それ以上に無惨な死体と成り果てていたはずなのであった。


 だが、とりあえずは――生きている。

 立って、動くことができる。

 頭を、働かせることができる。


「誰かに、突き飛ばされた……?」


 思考を巡らせた脳が、そのような結論を導き出す。

 だとすると、一体、誰が……。

 あの時、外構部への出入り口は、騒ぎを聞いた猫人たちが集まっていて、誰が誰やらといった状態だった。

 あの中に、ただ呆けるしかなかった俺の救い主がいたはずなのである。


「誰が……」


 一歩、踏み出す。

 瞬間、踏み抜き防止用の鉄板付きインソールを通して、二チャリという、なんとも嫌な……粘性が高い液体を踏む感触があった。

 ゾクリとしたものを、感じる。

 見るまでもなく、今、踏んだのが誰かの血であることを直感し……。

 そして、その血を流しているのが、命の恩人であると悟ったのだ。


「あっ……うっ……」


 うめき声が聞こえたので、いまだ粉塵が晴れない中、しゃがみ込む。

 そうすると、倒れ伏している老猫人――ツスルの姿があったのである。


「――ツスル!?

 ……お前が?」


 膝が血に濡れようと構わずしゃがみ込み、うつ伏せに倒れた彼の姿を観察した。

 観察して、得られた結論は――。


 ――助からない。


 彼の下半身は、落ちてきた鉄骨の……。


「どうして……?」


 ありがとうでも、大丈夫かでもない。

 口をついて出たのは、そんな言葉だった。


「かっ……ひゅー……」


 どうやら――おそらく不幸にも――ツスルは、意識があるようだ。

 ほとんど吐息のような、かすれた声で言葉を絞り出す。

 俺は、それに全意識を傾ける。

 この言葉だけは、聞き逃せない。


「あな……たは……」


 最後の最後……。

 残された力の……生命の全てを振り絞って、ツスルが言葉を吐き出した。


「たか……ら……」


 言葉は、それきり。

 もう、吐息もない。

 ツスルは――死んだ。


 俺は膝から下を彼の血で濡らしながら、呆然とその場にしゃがみ込み続けたのである。

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