玉掛け その2

 俺とて王族であり、立場のある人間である。

 それはつまり、一般庶民よりもはるかに、冠婚葬祭へ参加する機会が多いことを意味していた。

 言ってしまえば、祝儀弔問のスペシャリストといったところだな。

 ただでさえ、血税で養われている立場なのだから、そうした儀礼へ積極的に参加し、王家という名のブランド維持に努めることは、継承序列に関係ない俺たちの義務であるといえるだろう。


 ……と、いうわけで、一学級作れるくらいの人数がいる俺たち兄弟姉妹は、ほぼ例外なく葬式という行事に慣れている。

 慣れている、が、この日、急遽催されたそれは、普段参加している葬式とは大きく毛色の異なるものだったのだ。


 まず、弔うべき対象が、普段とは違った。

 本日、俺たちから別れを告げられるのは、昨日事故死した兄――第五王子リョーオーなのである。

 そして、参列者の数……。

 これが、あまりにも少ない。

 というか、喪主である父上を除けば、俺たち兄弟姉妹だけだった。


 仮にも王族が死んだのだから、普通に考えれば、もっと人を呼ぶべきである。

 自分でも嫌なものの考え方しちゃうけど、先に述べた通り、俺たちは王家というブランドを維持するためのパーツであり……。

 もし、死んだならば、その葬式を通じて、各界の弔問客と、残された者たちが顔を繋ぐというのも重要な役割なのだ。

 死んだら死んだで、最後に生者同士をひきあわせるのが、王族最後のお仕事というわけだな。


 まして、リョーオーは金に目がない――悪い言い方をすると汚い人間であったので、大商会の重鎮などと、それなりに顔がきいたのである。

 まあ、あの人の死に様は、首から上がぺしゃんこになるというものだったらしいので、きかせるべき顔が残ってないんだが……。

 別に、父上もそんな不謹慎ギャグをかましたいわけではあるまい。


 で、あるからには、何らかの理由があるはずなんだが……。

 他の兄弟姉妹たちも、その辺が気になっているのだろう。

 王宮内に存在する聖堂の中、兄上の遺体が収まった棺に聖職者が祈りの言葉を捧げる間も、どこかそわそわとして落ち着かなげにしている。


 やがて、聖職者の出番が終わり……。

 俺たち遺族が、死者に別れを告げる段階となった。

 先陣を切ったのは、もちろん父上である。

 いつものゴージャスな王様服ではなく、シンプルな喪服に身を包んだ彼は、兄の棺を前にすると、朗々たる声でこう言い放った。


「おお! リョーオーよ!

 死んでしまうとは情けない!」


 終わり。

 ……え?

 ……ええ!?

 いや、あの、あんた……もう少し、何か言ってあげることはありませんか?

 ダース単位で残りが存在するとはいえ、仮にも息子の一人でしょう?

 他の兄弟姉妹も、そう思ったのだろう。

 さすがに、ざわついたりこそしないが、いぶかしげな視線を父上に向ける。

 父上は棺に背を向けると、そんな俺たちの視線を真っ向から受け止めた。


此度こたびのスタジアム建設は、いわば国の威信をかけた大戦おおいくさ……。

 そんな中で、これといった戦果も上げず死ぬとは、ルタカ王家の恥晒しよ!」


 ……恥晒しっすか。

 何だかなー。前々から思ってたけど、人の心とかないんかこの人。

 若干あきれる俺をよそに、父上は淀みなく言葉を紡いでいく。


「お前たちも、しかと心得よ!

 このスタジアム建設で成果を出せなかったならば、その者に王族の資格なし!

 一臣下として、第一の継承権を掴み取った者に仕えることとなるのだ!

 ――そして、ケン!」


「――え?

 は、はい!」


 急に名を呼ばれ、背筋を伸ばし立ち上がる。

 そんな俺に、父上は思いもよらぬことを言ってきたのだ。


「リョーオーめが預かっていた工区は、今日この時より、貴様の管轄とする!

 何故ならば、調べによれば、相変わらず貴様の担当する工区が最も順調に進捗しているからだ!

 機会とは、掴み取った者へ次々と与えられるもの……。

 他の者らは、これをひいきと捉えず、当然の流れであると心得よ!

 では、これにて不肖者の葬儀を終了とする!」


 ……トドメに不肖者ときましたか。

 ともかく、有無というものを言わせる父親ではなく。

 第五王子の葬儀は、そんな感じでバッサリと終わったのであった。




--




 結論から言おう。

 リョーオーは、とんでもない不肖者だった。

 彼の担当工区を引き継ぐと同時に、各種の発注資料を見た俺は頭上を仰ぎ見たものだ。


 あの兄は……横領を働いていたのである。

 それも、手口としてかなり杜撰ずさんな代物だった。

 本来の額より上乗せされた見積もりで発注してやり、国庫から金を流出させる……。

 そうやって流出した金は、取り引き先と自分とで美味しく分け合うわけだ。


 なるほど、こいつはいいアイデアだぜー!

 短期的にはともかく、長期的に見れば必ずバレるって点に目をつむればよぉー!


 何しろ、俺が気づけた理由は、明らかに全体の総額が高過ぎるからなのである。

 鉄骨やコンクリなど、各品目へ上乗せされた金額は大したものじゃない。

 だが、総額としては明らかに膨れ上がっているのだから、見る者が見れば一目瞭然なのであった。


 もし、父上が気まぐれで会計監査をすると言い出したら……。

 その瞬間、リョーオーの悪事は露見したことだろう。

 そうでなくても、いずれ他の誰かが正当な王位継承者になれば、兄弟姉妹の担当工区に関して精査の一つもしよう。

 そうなると、やはりバレる。


 で、父上は、国の威信をかけたスタジアム建設に使う金が着服されるなど、断じて許しはしない。

 どちらにせよ、彼は首から上がなくなる結末を避けられなかったわけだな。


 と、いうわけでだ……。

 俺は今、リョーオーの悪党仲間との取り引きをなかったことにしたり、粗悪な資材を納入され、使用していないか調べたりと、なかなか忙しく過ごしている。


 そんな日々の中、とある猫人と面談することにしたのは、生前のリョーオーと彼との間へ起きたという揉め事に、興味が湧いたからだった。


「まあ、楽にしてくれ。

 ケガの具合はどうだ?

 俺の兄が、無体をして済まなかったな」


 リョーオーが担当していた工区の休憩所……。

 今は俺が導入した魔道具のおかげで涼やかなそこの一角で、俺とその老猫人は向き合っている。

 粗末な造りのベンチに腰かけた彼の頬は腫れており、手当ての跡が痛々しい。


 話を聞いた感じだと、鉄骨が落下する直前、リョーオーの手で殴り飛ばされたことにより、九死に一生を得たようだが……。

 だから許せというのは、筋が通らないだろう。


 そんな俺の詫びを、聞いているのかいないのか……。

 じっとうつむいていた彼は、決然と顔を上げ、口を開いたのである。


「実は、ケン王子に是非、お願いしたいことが――」


「――断る」


 有無を言わさぬ、俺の言葉……。

 それを受けて、彼の顔が絶望に染まった。

 だが、そんな老猫人に向けて、俺はニヤリと笑いながらこう言ったのだ。


「お前の訴えたいことは予想できているが、それを聞き入れるつもりはない。

 ……何故なら、俺はもっと徹底的に、かつ、抜本的に問題を解決するつもりだからだ」


 ――全ては。


 ――工事を遅らせるために!


 俺の真意を知らない老猫人は、顔をパアッと輝かせたのである。

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