ストライキ その3
建築現場というものは、冷房を使っている休憩所以外、そのことごとくが蒸し暑いものであるが……。
外構部の暑さというものは、少しばかり質の異なるそれであるといえるだろう。
まずは、日光。
直接、熱射と呼ぶべきそれに晒されているのだから、これが暑くないはずなどない。
それに加えて、暑さを増しているのが敷き詰められた分厚い鉄板の存在だ。
敷鉄板というそのまんまな名前で呼ばれているこれら板は、特に大規模な建築現場においてなくてはならない存在であった。
その役割は、二つほどある。
まずは、地面に対する
大型の車両や重機が地面に与えるダメージというのは、これがなかなかに大きい。
冷静に考えて、何トンもの重量が動き回っているのだから、それはそうだろうという話だ。
で、剥き出しの地面でこれら車両を運用すると、そこら中でこぼこになって大変危ないため、このようにして保護し、平坦化を図るのであった。
もう一つは、地盤の強化だ。
特に、クレーン車などはアウトリガーと呼ばれる昆虫じみた足を伸ばし、吊り荷による転倒を防ぐわけであるが……。
当たり前だが、柔い地面の上でアウトリガーなんぞ伸ばしたところで、クソの役にも立たない。
そこで、敷鉄板を敷くことによって、踏ん張りが効くようにしてやるのである。
格闘家と重機にとって、安定した足場というものは何よりも大切だということだな。
そんなわけで、敷かない理由などない敷鉄板であるが……。
地面の上に鉄板が敷き詰められているのだから、日の光を反射するわ熱がこもるわで、暑さが倍率ドンとなった。
上からは日の光にさらされ、下からは反射光を浴び続ける……。
外構部での作業というのは、ロースターで焼かれる焼き魚の気分を味わいたいやつにオススメのそれなのである。
というわけで、今日も焼き猫人となりながら、懸命に働く我が監督工区の猫人たちであるが……。
いやはや、いつも通りの元気さであった。
確かに、腸詰め一辺倒だった朝食を改善し、焼き魚や目玉焼きなど、様々に献立を変更するようになっている。
塩気を含む特製ドリンクは飲み放題だし、空調服は全員に支給し、休憩もたっぷりと取らせていた。
さらに、最近では週に一度、氷菓が食べられるおやつタイムを設けるようになり、そちらも大好評だ。
だから、元気いっぱい士気旺盛なのは、分かるっちゃ分かるんだが……。
「ちょっとばかり、張り切り過ぎじゃないか……?
そんなに猛烈に作業したって、予算や俺の小遣いは限られているから、給料上げてやったりとかは出来ねえぞ?」
なんかこう、元気なのを通り越して、どこか鬼気迫るような表情の猫人たちを見て、若干引き気味につぶやいてしまった。
と、いっても、作業手順を省略したり、安全確認を怠ったりしているわけではない。
むしろ、互いに声をかけ合い、以前よりもずっと徹底するようになったのが見て取れる。
しっかりと手順を確認し、十分に安全を確保し、その上で……猛烈に働いているのだ。
「おいおい、どうしたどうした?
まーだ終わんねえのか―?」
「うるせえ! もう終わるさ!
次の積み込みは、お前より早く終わらせてやっからな!」
「おーおー、言ってろ!」
等と言い合いながら、フォークでトラックに積み下ろしを行っている者たちがいれば……。
「おーい! 次に吊り上げる資材、重心見極めといたぞー!」
玉掛けを行っている間に、この先吊るす資材の重心を前倒しで見極め、印を付けている者たちもいた。
まるで、この現場事態が一つの生き物……。
皆が皆、連動的に作業へ当たり、効率的かつスピーディーに割り当てられた作業を終わらせていくのである。
「大変結構なことではありませんか。
人員の損耗がなくなり、パトロールや技能講習によって一人一人の練度が上がった結果、作業速度も上がっているのです」
俺と同様に作業着と空調服を着込み、ヘルメットと安全帯を装着したアンが、隣から無機質な声で語りかけてきた。
「別に、作業を早めさせるのが狙いじゃねえんだけどなー。
また何か、新しい策を講じないと……。
それに、何かこう、雰囲気が違わねえか?」
「違う、とおっしゃると?」
こくりと首を傾げ、俺を見上げる姿勢となったアンが問いかけてくる。
こいつは、こういう場の空気というか、他人の感情を読むのが苦手だからな。気づかないのも無理はない。
「なんというかな。
いつも頑張って仕事してるのは間違いないんだけど、今日はそれに加えて、急ぐぞ! ガンガン進めるぞ! って気持ちが上乗せされてる感じがするんだよ。
何かあったのかな?」
そう言いながら、現場内を見回す。
分からないことは、素直に聞くのが俺の流儀だ。
そして、こういう場合に尋ねるべきやつは、確か予定だと……あ、いたいた。
アンを伴い、周囲の安全を確認しながらそいつの下へ歩く。
「ツスル、今ちょっといいか?」
「あ、これはこれは……。
もちろん、大丈夫ですとも!」
ひょっとして、進捗が良いから、もうちょっと余分に資材を吊り上げるつもりだったのだろうか……。
紙片を手に、玉掛けの作業実行者たちと打ち合わせをしていた老猫人が俺へと向き直った。
「なんか、皆えらく張り切っているというか、すごく急いでる感じするんだけど、何かあったのか?
休み明けなんだし、普通はもうちょっとダルさとか感じてもいいと思うんだけど」
「あー……」
俺の言葉に、ツスルは何か言い淀んでヘルメットをかく。うん、そんなことしたってかゆみは取れないと思うぞ?
代わって答えたのは、ツスルが打ち合わせをしていた猫人たちである。
「オレたちは、このスキに工事をドンドン進めていくつもりなんです!」
「ああ! この機会を逃す手はないぜ!
そうして差を付けてやれば、他の工区で働いてる連中の待遇も、早く改善されるかもしれねえ!」
「このスキ……? 機会……?
え、どういうこと……?」
ツスルに顔を向けると、老練の職人はどう説明したものかと、考え込んでいるようだった。
「実は、一昨日の夜にあったことなんですが……」
そして、考え込んだ末、時系列順に話し始めたのである。
「……と、いうことで、ケン王子が我々に良くしてくれているというのが、他で働いてる奴らにも知られまして……」
「ふうん、そうなのか……。
いや、別に隠すつもりはなかったし、別に構わないんだけどな。
でも、それがなんで急ぐことに繋がるんだ?
なんか、この工区が急ぐと他の工区で働いてる奴も助かるような口ぶりだったけど?」
「それが、実は……」
言い淀むツスル。
代わって口を開いたのが、やはり、さっきの猫人たちであった。
「他の工区は今、一斉に座り込みをしてるんですよ!
自分たちの工区も、おれたちと同じような待遇にしないと仕事しないぞって!」
「――何?」
興奮した……いや、高潮した様子で話す猫人。
そんな彼に、俺は鋭く問いただす。
「座り込みって、俺のとこ以外全部でやってるのか?
ミチカチの所でも?」
「ミチカチって、一番人を集めてるっていうクソ王子でしょ?
もちろんですよ! あそこが一番人数いる分、迫力あるんじゃないかな!」
第一王子ミチカチ……。
火砲と筋肉大好きなあいつの性格を知らない猫人が、能天気にそう語る。
ひどく……。
ひどく、危険な予感がした。
おそらく、よその工区に配置されている者だろう……。
空調服を着ていない猫人が駆けつけて来たのは、そんな時だったのである。
「おーい! みんな、聞いてくれ!
第一王子のやつを、追い返すことに成功したぞ!」
まるで、敵将の首を討ち取った兵のように……。
その猫人が、大声で叫ぶ。
――ワッ!
歓声を上げたのは、その言葉を聞いた他の猫人たちだった。
「いいぞ! やれやれ!」
「向こうが折れるまで、絶対に仕事すんじゃねえぞ!」
「その間に、こっちはドンドン進めて他の王族を焦らせてやるからな!」
――現場の中で走るな。
その言葉は、口にするまでもなくかき消される。
興奮する猫人たち……。
彼らを止める手段は――特に他工区に対しては――存在しないだろう。
だが、このまま行き着けばどうなるか。
俺の脳内では、漠然とした予想が出来上がりつつあったのだ。
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